安らぎのひととき
事件から一週間程経った。
今も、パトリシア様の側で護衛をしているが、アリシア様やセシル様、カイル王子が来ると部屋を追い出されてしまう。
パトリシア様と二人で過ごすときは、一緒にお茶をしながら話をしている。
少し前までは、親衛隊の飲み会につき合わされていたせいか、パトリシア様とお茶する時間に安らぎを感じていた。
今日はセシル様もアリシア様も予定があり、カイル王子が来る予定もない。
「ダリル、訓練場に行こうと思うんだけど、今日はクラウド副隊長はいるのよね?」
パトリシア様は、クラウド副隊長に借りた上着を返しに行くつもりなのだろう。
クラウド副隊長が任務で不在だったりで、タイミングが中々合わなかったようで、俺が代わりに返しに行こうとしたが、パトリシア様は直接返しに行きたいと言っていたので、クラウド副隊長の予定を聞いておいた。
「もう少しで休憩に入るはずなので、今から行きますか?」
「ええ、そうしましょう」
パトリシア様が立ち上がり、借りていた上着を準備し始めた。
「ニャ~」
「ふふっ、貴方もついていきたいの?」
俺と同じ名前をつけられた黒猫が、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、パトリシア様の足にまとわりついている。
パトリシア様がしゃがむと、黒猫は前足を伸ばした。
「訓練場は危ないから、抱っこして行きましょう。ダリル、上着をお願いしても良い?」
パトリシア様に抱かれている黒猫は、ここ数日見ているはずなのに、何と言うか……
「その猫太りました?」
「やっぱり、ダリルもそう思う?ご飯も決まった時間にしかあげてないし、運動もさせているのだけど……」
「重そうですし、俺が運びましょうか?」
俺が手を近づけると「シャー」と威嚇しながら、むっちりした前足で手を叩かれた。
「大丈夫?私は平気だから」
パトリシア様が困ったような笑顔で、黒猫をあやした。
フンッとため息ついて、俺のことを睨みながら尻尾を振っていたのに、パトリシア様に撫でられると甘えたように鳴いている。
訓練場に到着すると、ちょうど休憩に入るところだった。
「パトリシア様、歩いても大丈夫なんですか?」
「ええ、カイル様から頂いた軟膏のおかげで」
フィル先輩が近づいてくると、黒猫は唸り声をあげだした。
「早く治って良かったですね。それにしても、チビダリルは相変わらず男嫌いですね」
黒猫のこととはいえ、俺よりも背の低いフィル先輩に、チビと言われるのは何とも言えない気分だ。
「ところで、クラウド副隊長は?」
「そこで、サイラス先輩と話して…痛たっ」
フィル先輩の視線の先にクラウド副隊長が見えた。
フィル先輩は黒猫にちょっかいをかけて、手を噛まれている。
俺達がいることに気づいたのか、クラウド副隊長がやって来た。
「パトリシア様、何か御用ですか?」
パトリシア様はフィル先輩に黒猫を預け、上着をクラウド副隊長に渡した。
「クラウド副隊長、先日は上着をありがとうございました。返すのが遅くなってごめんなさい」
「いえ、わざわざありがとうございます」
「うおっ」
「わっ」
フィル先輩の声とほぼ同時に、パトリシア様の肩に黒猫が飛び乗った。
「大丈夫ですか!?」
「びっくりしたけど、平気よ」
パトリシア様は笑っているけど、絶対に重たいだろう。
「その猫…パトリシア様の猫だったんですか?」
クラウド副隊長が珍しく驚いている。
数年前から飼われているのに、クラウド副隊長が知らなかったとは。
「はい……?」
「すみません。猫を飼われているのは知っていましたが、この子だとは思わなくて…」
黒猫とクラウド副隊長の目が合うと、黒猫はパトリシア様の肩から、クラウド副隊長の胸に飛び込んだ。
「え!?」
「男嫌いのチビダリルがクラウド副隊長に甘えている」
黒猫は喉を鳴らし、頭を擦り付けている。
「この子はチビダリルというのですか?」
「ダリルに似ていたので、ダリルと名付けたんです。クラウド副隊長に懐いていたんですね」
パトリシア様は、嬉しそうに笑っている。
「ダリルという名前とは知らずに、コレを用意していたんですが」
クラウド副隊長がポケットから取り出したのは、女性がかぶる顎でリボンをするような帽子の小さいサイズのものだ。
「可愛い、クラウド副隊長が作られたのですか?」
「はい。……ダリルのも作ってあげよう」
クラウド副隊長は俺を見ると、親のような目でそう言った。
「いや、いらないです」
冗談を言うようなタイプではないため、素で言っていそうだ。
「それにしても、チビダリルがクラウド副隊長に懐くとは」
「……迷い猫だと思って、ご飯を与えていたら懐いてくれたんだ」
「ああ、チビダリルが太った原因は、クラウド副隊長だったんですね」
「何処かで、餌付けされているのだろうと思っていたけど、犯人がこんな所にいたとは……」
「そろそろ休憩も終わりますし、行きましょうか」
「ダリルは参加しなくても良いの?」
パトリシア様は少し不安そうに、見上げた。
数日前から、パトリシアは俺が鍛錬が出来ていないのではと、心配してくれていた。
「鍛錬は今でなくてもできますから」
「ふふっ、それなら一緒にお茶にしましょうか」
俺の安らぎのひとときが始まる。




