135 悪役令嬢と推測
「パトリシア、カイル様が来られるから、先に応接室に行こうか」
今日は一昨日の件で、カイルがうちの屋敷にやって来るようだ。
昨日はお父様の帰りが遅かったため、話をすることはできなかったけど、ダリルから聞いた話も合わせて、二人に伝えておいた方が良いだろう。
「ダリル、君も一緒に来てもらうよ」
ダリルも一緒なのか、なら私から伝える必要はなさそうだ。
お父様に抱きかかえられて、応接室のソファに座らせてもらった。
ダリルとお父様は部屋から出ていってしまったが、五分も経たないうちに扉が開いた。
「……パトリシア」
カイルが消え入りそうな声で呟いた。
悲しげな表情をして、拳を強く握っていた。
「座ったままですみません」
「…私の事は気にせず、楽な体勢を取って」
「お心遣いありがとうございます」
私の代わりに、お父様が頭を下げた。
「では、本題に入るけど……」
お茶が運ばれてくると、早速話が始まった。
「昨日の明け方、パトリシアを誘拐した男達全員が、服毒死した」
「え!?」
服毒死……何故?
「取り調べを行っても、中々口を割らなくて時間を開けて、再度行う予定だったんだ」
自供はしなかったのか……私にはあんなにベラベラと話していたのに。
ん?待てよ、服毒死した…あの男達が!?
馬車を放置したり、詰めの甘かった人間がそこまでの責任感を持っているようには思えない。
となると……誰かに殺された!?
その線だと、ダリルが目撃したローブの男が怪しい。
「余程の切れ者ですよね。殺すことを失敗した際に情報が漏れないようにするなんて」
でも、お城にある牢獄なら警備もしっかりしているはず、忍び込んで毒を盛るなんてできるのかな?
「殺す?……パトリシア、あの日の事を話してもらえるかな?」
お父様が私の肩を掴んだ。
口調は穏やかだが、怒りと悲しみが入り混じったような表情をしている。
「あの日は――」
私は少し嘘を混ぜて話した。
無差別に貴族を狙ったものではないこと、馬車に私が乗っていることを知っていたことを伝えた。
ダリルがついていたのに…と言われるだろうから、そこは少し嘘を混ぜた。
馬車が突然停まり、驚いた私がダリルの静止も聞かずに、勝手に馬車を出たことで捕まった。
ダリルは私を人質に取られて、その場はどうすることもできなかった……ということにした。
「でも、おかしな点が沢山あって……私を殺す事が目的だったのに、馬車を直接狙わなかったこと。それから、私の着ていたドレス等を売ってお金にしようとしていた人と、私に乱暴をして殺した後馬車に戻すと言っていた人がいて……」
殺すのが目的ということは変わらないけど、一貫性がないどころではない。
「パトリシアに乱暴を……」
「罪も償わずに死ぬとは……」
お父様とカイルから禍々しいオーラが溢れている。
「その前に、抜け出したので何もされてないですよ」
腕を縛れていたわけだし、ドレスを脱がせるには切る必要がある。
ぞんざいに扱われた様子もなく、あの時点では破れや汚れもなく、ドレスは綺麗だったから特に手は出されていないはずだ。
二人には「そういう問題ではないよ」と怒られてしまったけど……
「ダリル、君にも聞きたいことがあるんだけど…君はあの日、不審な人物を目撃したと言っていたようだけど、それは確かかな?」
「はい、家紋の入っていない馬車にローブを纏った男が近づく所を目撃しました」
「そう、それから君は、あの日雨が降ることを言い当てたようだけど、何故分かったのかな?」
「雲の流れと、匂いで……村に住んでる人間なら、大抵分かります」
匂いでも分かるなんて凄いな。
作物を育てたりする上で、天気は重要だ。
村で生活していると、自然と身についてきたんだろう。
「君は男達が死んだことについてどう考える?不敬だなんだと言うつもりはない。正直に言ってほしい」
「男達の服毒死は、王宮で働く人間よる犯行ではないでしょうか。それに、王宮の人間ならパトリシア様が王宮へ伺うことを知っているでしょうし」
確かに、警備のしっかりしている王宮で、侵入者に気づかないなんて事は考えにくい。
王宮で働く人間……警備兵か騎士かは分からないけど、それなら牢獄に入ることは容易いだろう。
「君も十分疑わしいけど」
ダリルが!?
「男達が死んでいた事は別として、パトリシアが王宮へ行くことは、護衛だから把握している。それに、ローブの男と借馬車を目撃しているのは君だけだ」
カイルの立場からしても、王宮に間者がいるかもしれないなんて信じたくないだろう。
「まあ、君がパトリシアを傷つけるような事をする人間ではないことは分かっているよ。少し、君を試しただけだよ」
良かった……ダリルが王宮に連れて行かれたりするわけではなくて。
「ダリルの言っていた、ローブの男が見つかっていないのは事実だから。警戒する必要があるけど、必ず捕まえるから大丈夫だよ」
お父様は私の背中を擦ってくれた。
「それから…」
お父様はカイルに目配せをすると、立ち上がってダリルと部屋を出ていった。
何?事情聴取とか?でも、さっきちゃんと話して……
「パトリシア、包帯を外すね」
カイルが私の側に来て、私の足を取った。
傷を治してもらうために、お父様はダリルを連れて部屋を出たのか。
温かい光に包まれて、足の痛みがみるみると和らいでいく。
「あえて完全には治していないけど、歩くことはできるはず。それから、これを…」
カイルが上着のポケットから、小さな箱を取り出した。
「保湿用のクリームだよ。傷が突然治ったら、君の侍女達が驚くだろうから、そのクリームを傷を癒す軟膏と言うことにして塗ってもらうといいよ」
なるほど、だからあえて完全に治さなかったのか。
「ありがとうございます。傷を治すだけでなく、保湿クリームまで」
「私には、こんな事しかできないから。君が大変な時に駆けつけられなかった」
カイルは包帯を巻き直しながら、そう呟いた。
王族がそんな危険を冒す必要はない。だから、気にしなくてもいいのに。
「私は傷を治してもらえて嬉しいです。またアリシアのダンスの練習に付き合えますから」
「そっか……でも、アリシアだけでなく、私とも踊ってほしい。当分は王宮に招待はできないから、私がこちらにお邪魔することになるだろうし」
「はい。男性パートばかり踊っていたので、女性パートが不安で、カイル様が練習に付き合ってくれるなら安心です」
アリシアのために男性パートのを完璧に踊れるようにしたせいで、女性パートをまともに踊れる自信がない。
「敬語……外にフローレス公爵がいるから仕方ないけど…」
カイルが少し拗ねたように言った。
実際、お父様に聞かれたとしても、カイルの許しを得ているため、怒られたりはしないだろう。
でも、色々と配慮をしてもらったんだ、敬意を払うべきだろう……
「そろそろ、行かないと。次に会う日を楽しみにしているよ」
カイルが私の手の甲にキスをして、立ち上がった。
「カイル、ありがとう」
帰り際に、手にできた傷も治してくれるなんて。それにしても、キスでも治せるのか凄いな。
「え?」
カイルは帰ろうとして、立ち上がっていたのに何故か私の隣に座った。
「すぐに会いに行くからね」
カイルが私を抱きしめた。
ムスクの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
そういえば、色々あって忘れていたけど、あの日も……
……なんだか、顔が熱くなってきた。
「今度こそ帰るね」
カイルは私から離れると、満足気に笑みを浮かべて部屋を出ていった。
一体何だったんだろう。




