130 悪役令嬢は狙われる。
迎えの馬車が到着し、ようやく帰路につくことになった。
シャルルのおかげで、カイルの膝から降りることはできたけど、王宮を出るときにおでこにキスをされてしまった。
「はぁ…」
それにしても、カイルは私のどこが好きなんだろう。初めて会ったときは、まだ本物パトリシアだったわけだし。
好かれるようなことはしていない。となると……顔かな?
「お疲れですか?」
ダリルが心配そうな顔をして言った。
王宮の中へは、基本的に招待された人間の使用人や護衛でも、立ち入りを禁止されている。
そのため、中へは一緒に入ることはないが、送迎の馬車には同乗してくれている。
「うん、少しね」
どうせなら、ダリルの意見を聞いてみようかな。
「私の事を好きになる要素ってある思う?」
何か恥ずかしいな。やっぱり聞かなかったことにしてもらおう。
「何でもな――」
「ありますよ」
ダリルは私の手を取ると、ギュッと握った。
「誰かのために一生懸命になれて、強くて優しくて…俺は…そんなパトリシア様の事を――」
「ぐあっ」
男性のうめき声が聞こえたと同時に、馬車が停まった。
何?もしかして事故!?
私が立ち上がり扉を開けようとすると、ダリルに止められた。
ダリルは人差し指を立て、馬車の外の様子をうかがっている。
私は自分の口を塞ぎ、耳を澄ませた。
「…確かにこの馬車なんだよな?フローレス家のお嬢様が乗っているのは」
「ああ、間違いない」
馬車は何人かの男達に囲まれている。
さっきのうめき声は御者のおじさんの……
「お嬢ちゃん、出てこないと痛い目見ることになるぞ」
男達は私を狙って…
「パトリシア様、絶対に馬車から降りないでくださいね」
ダリルが扉に手をかけた。
「駄目っ」
私はダリルの腕を掴み、首を振った。
「私が行く、あの人達も私が目的だから」
何故狙われているかは分からないけど、関係のないダリルを巻き込むわけには行かない。
「いけません!!俺は貴方の護衛です。すぐに終わらせますので、そこで待っていてください」
すぐにって…ダリルの強さは知っているけど、馬車にいる私を護りながら戦うなんて容易ではない。
「私の事を知っているということは、身代金目的か何かだと思うの。だとしたら、いきなり殺されるなんて事はないわ」
でなければ、無理矢理にでも馬車を襲うだろう。乗っている私を、傷つけるわけにはいかないから。
「ですが!!」
「これはお願いではなく命令よ」
「……分かりました」
「男達がいなくなったら、応援を呼んで欲しいの。ダリル、頼むわね」
「これを持って行ってください」
ダリルに渡されたのは、全長十センチ程のダガーだった。
「ありがとう」
私は受け取ったダガーを袖に入れ、できるだけ腕のあたりに来るように隠した。
「必ず助けに行きます」
私は頷き、扉に手をかけた。扉が開いても、ダリルの存在を気づかれないように。
「ようやく降りてきたか、さあこっちに来い」
そこまで怖くはないが、怖くて馬車から降りられなかったか弱い令嬢を演じないと。
足を震わせて、怯えた表情で恐る恐る歩く。
「手を縛れ」
馬車を囲んでいたのは六人、今その男達のうち四人は私の近くにいる。もう二人は、乗ってきたのであろう荷馬車を取りに行った。
幸いなこおに、私達が乗っていた馬車を調べられなかった。
「叫ばれても面倒だ」
そう言って、男の一人に薬品のついた布を顔にあてられた。
「中々の上物じゃねぇか、本当に殺しちまって良いのか?売っちまったほうが金になるだろ」
「すでに金貰ってんだ。売ったのがバレちまったらどうすんだ」
「どうせ殺すなら、身包み剥いで売れるもんは売っちまうか、ドレスとかピアスとか良いもんつけてるんだ。それぐらいは良いだろ」
男達の声で目が覚めたが、私は自分が考えていたよりも事態が重いことにも気がついた。
身代金目的ではなく、私の死を望む人間に依頼されての犯行のようだ。
でも、何故あの場で殺さなかったのだろう。
とりあえず、どうにかして縄を解かないと。
一刻も早く、応援を呼ばないと。
俺は馬車から降りて、馬の輓具を外した。
御者のおじさんを馬車に乗せるために身体を持ち上げようとした瞬間。
「うぅ…はっ!!奴等は!?」
悪漢達の攻撃で命を落としてしまったと思っていたが、気を失っていただけだったようでホッとした。
「パトリシア様を連れて何処かへ…」
「なんと…ダリル、お前…」
「パトリシア様に頼まれたんです。応援を呼んでほしいと」
パトリシア様はあの短時間で、ご自分の置かれた状況を理解して俺に指示を出した。
「すみません。動けるようでしたら、応援を呼んで来てもらえませんか?」
「分かった。ダリル、早くお嬢様の元へ」
俺は馬に跨り、駆け出した。




