ある日のフローレス兄妹
姉さんに、アリシアのダンスの練習相手を任せるようになってから、アリシアが、やたらと僕の予定を聞いてくるようになった。
今日は、散々足を踏まれた仕返しに、少し意地悪をしようと思う。
僕はアリシアに、今日は予定があると嘘をついて、アリシアが、待っている部屋の扉を開けた。
「お姉様、お待ちして……げっ、何でお兄様が?」
キラキラとした瞳から、一瞬で光が消えて、露骨に不快そうな顔をした。
「姉さんに任せっきりもよくないからね」
姉さんは優しいから、僕に気を使って、アリシアの練習相手を名乗り出てくれた。
「それはそうですが、それなら前もって言ってくれても良かったじゃないですか、お姉様が来てくれると期待していたのに…」
「言ってしまったら、お前の残念そうな顔が見れないだろ」
見られたのは、残念そうな顔ではなかったけど…
「お兄様って、良い性格していますね」
「お前にだけは言われたくない」
姉さんとの練習の成果か、今のところは足を踏まれていない。
「お兄様、そのピアスは…」
「ああ、姉さんとおそろいでつけてるんだ」
「やっぱり……それ、引き千切って良いですか?」
踊っている途中で、アリシアは僕の左耳に手を伸ばそうとしてきた。
「あっ、姉さんだ」
「お姉様!?違うんです、今のは……」
アリシアは焦った表情で、慌てて扉を見た。
姉さんなんて、来てはいないのに。
「私を騙したんですか?」
アリシアがヒールの部分で、足を踏んできた。
「痛っ、お前……姉さんだ」
「ふふん、その手には乗りませんよ」
いや、今回は冗談ではない。
「セシル、大丈夫?」
「お、おおお姉様!?違うんです」
本当に、姉さんがいることに気づいたアリシアは困惑している。
「アリシア、落ち着いて」
姉さんはアリシアに近づいて、なだめている。
「姉さんは、どうしてここに?」
今日は僕が行くからと、伝えておいたのに。
「二人の練習している所が見たくて、来ちゃった」
可愛い…でも、普段の練習風景はとても姉さんに見せられるものではない。
「アリシア、大丈夫よ。私との練習のときは一度も踏まなかったじゃない。久しぶりに、セシルと踊ったから踏んでしまっただけよ」
姉さんは、アリシアが誤って僕の足を踏んだのだと思っているようで、アリシアを慰めている。
「お姉様…」
アリシアは、姉さんに抱きしめられて、恍惚とした表情をしている。
僕と目が合った一瞬で、したり顔に変わったけど。
「それにしても、二人は本当に仲が良いわね」
「「全然良くないよ(です)」」
「ふふっ、喧嘩するほど仲が良いって本当ね」
否定をしているのに、姉さんは楽しそうに笑っている。
考えてみると、姉さんは、僕とカイル様が揉めていても、微笑ましいものを見るような目をしていた。それも仲が良いと思って見ていたのか。
「私は、二人に叱られるばかりで、喧嘩することなんてないから、少し羨ましいなって…」
姉さんは、そんな事を気にして…
「姉さんは、すぐに反省して謝ってくれるから、喧嘩にならないんだよ。アリシアは言い返してくるから、喧嘩になってしまうけど」
「言い返すのではなく、正当な反論です」
姉さんの前だからか、アリシアは頬を膨らませてあざとく怒っている。
たまに僕も煽るときはあるが、そもそもアリシアの沸点が低過ぎるだけな気もする。
「なるほど、反論…」
姉さんは真面目な顔をしてそう言った。姉さんに余計な事を言ってしまった気がする。
「お姉様は当日、カイル様と踊るんですか?」
「ええ、一応婚約者だから、そうなると思うけど」
一応…カイル様が聞いたら、ショックを受けそうだ。
今回は、エリオット様もエリーゼのエスコートがあるだろうし、姉さんが心配だ。
「姉さん、カイル様と二人きりならないように、気をつけてね」
アリシアも激しく、頷いている。
「アリシアは初めての社交界だものね、できる限り、二人の近くにいるつもりだから、大丈夫よ」
そういう事では、ないんだけど…多分、分かっていないんだろうな。
でも、カイル様にはこの間のことを話しておかないと、ナイセル伯爵令嬢はパトリックの正体が、姉さんだと気づいたはずだ。今後、何かしらの形で、接触してくる可能性がありそうだ。
それに、久しぶりに剣の稽古もつけてもらいたい。
あの日、姉さんは迫ってきた男を投げ飛ばした。
細い腕で、相手の勢いを利用してというのは分かっているけど、咄嗟に動ける姉さんはすごい。
姉さんを護るには、もっと強くならない。




