112 悪役令嬢と観光
国境を越えた辺りから、雪が降ってきた。
積もる雪というより、さらさらとした粉雪だ。
「うわぁ、すごいこれが雪…綺麗ですね、お姉様」
眠りから覚めたアリシアは、まだ眠っているエレノア達に気を使って声は抑えているものの、興奮気味な様子だ。
私は落ち着いて「そうね」と答えたが、前世ぶりに雪を見たため、少しテンションが上がっている。
王都に向かう前に、一度宿に泊まる。到着までもう少し時間があるため、私とアリシアは皆を起こさないように、持ってきていた本を二人で読んだ。
ダリルもちゃんと眠っているようで安心した。
宿に着いた私達は、荷物を預けて観光がてら街に出た。
各々見たい所を、好きに見に行っている。
気温は低いものの、雪はそこまで積もっていない。
それにしても寒すぎる。
カイロなんて存在しないし、前世では雪国に住んでいたけど、別に寒さに強かったわけではない。
辺境でこんなに寒いなら、王都に向かうにつれもっと寒くなってくるんじゃ…
そういえば……
「アリシア。マフラー、一緒に使いましょう」
アリシアの作ってくれた、長いマフラーを巻けば子供体温のアリシアにくっついていられる。
「こうすれば、迷子にならないわね」
マフラーを巻き、アリシアと手を繋ぐ。
「…嬉しいです」
アリシアの体温が上昇して、よりあったかくなった。
「コホン…パトリシア、そういうのは恋人同士でするものなんじゃないかな?」
カイルが咳払いをして、こちらに近づいてきた。
私はアリシアが私のために作ってくれた、長いマフラーを使いたいのと、暖を取るためにこういう使い方をしているだけなんだけど…
「そうなんですか?」
「うん。だから…私と」
ん?恋人同士って言ってたのに、何故カイルと?私とカイルは婚約者というだけで、別に恋人ではないような。でも、ルミネージュには婚約者として来ているわけだし…
「今はアリシアと使っているので、そのうち…」
「分かったよ。今だけは、アリシアに譲ってあげる」
カイルはそう言って笑った。
「お姉様、駄目ですよ。こんな往来で男女が密着するなんて、破廉恥です!!」
アリシアはぷりぷりと怒っている。アリシアは怒っていても可愛いな。
まあ、確かにアリシアの言葉も一理あるし、カイルと二人で使うことはないだろう。
「お姉様、あれ何ですかね?とても綺麗です」
アリシアが指差す先にあるのは、スノードームだった。
「少し見てみましょうか」
私達は、スノードームを置いている露店に近づいた。
そこには、兵隊さんや動物、お家など沢山のスノードームが並んでいた。
「お嬢さん達、仲がいいね。そんな二人にはこれがおすすめだよ」
露店のおじさんが勧めてくれたのは、小さな二人の女の子が手を繋いでいる人形がついたスノードームだった。
「可愛い…お姉様と私みたいですね」
アリシアはキラキラとした目で、スノードームを見つめている。
イリース王国では見ることはないし、せっかくだから買ってあげよう。
「それください」
スノードームを受け取り、露店から離れる。
「はい、アリシア。プレゼント」
「ありがとうございます、お姉様。一生大切にします」
アリシアは愛おしそうに、スノードームが入った箱をギュッと抱きしめた。
その後もゆっくりと街を歩いていると、挙動不審な大柄な男がいた。
怪しい…私はアリシアの手を握って、その男から距離を取った。
皆にも注意するように、言わないと…そう思っていると、男はエレノアとエリーゼのいる方へ走り出した。
間に合わない…
男はエリーゼを突き飛ばし、エレノアの荷物をひったくった。
アリシアもその光景を見ていたため、私達は二人の元へ走った。
そのときだった…
小柄な男性が、その男を投げ飛ばした。
「二人とも大丈夫!?」
「エリーゼ!!」
私達と同様に、エリオット達も走って駆けつけた。
投げ飛ばされた大柄な男は、気絶していた。
「大丈夫か?」
エリオットがエリーゼを立ち上がらせると、エリーゼはゆらゆらと揺れながら、大柄な男に近づいていった。
「この私を突き飛ばすなんて…」
そう言って、エリーゼは男の頭をグリグリと踏みつけている。
「あ…拘束をしていないので、まだ待ってください」
私達はエリーゼを見て、唖然としている中、小柄な男性は平然とした様子で、大柄な男を拘束した。
「これでよし、好きに踏みつけてもらって大丈夫ですよ」
男性は屈託のない笑顔で言った。エリーゼは再度、大柄な男をゲシゲシと足蹴にしている。
この光景に驚かないということは、この国では普通なのか?
「最近は観光客を狙った盗難が増えていまして、あっ、申し遅れました。自分はルミネージュ王国騎士団グレンダと申します」
ルミネージュ王国の騎士団…それにグレンダって、女性の名前じゃ…
でも、いきなり女性ですか?って聞くのは失礼だよね。でもよくよく見ると喉仏はないし、手も男性に比べて小さいし、やっぱり女性だよね。
「ルミネージュ王国は女性の騎士もおられると聞いていましたが、ここで出会えるとは思いませんでした」
私がそう言うと、皆驚いている。皆も、男性だと思っているんだろう。
「…よく私が女だと分かりましたね。初対面で気づかれたことなんてありませんでした。流石、イリース王国の王太子妃になられる方は素晴らしい目をお持ちでいらっしゃる」
よかった…間違えていたら失礼なんてもんじゃない。
え…今、イリース王国って言った?
「臣下を助けていただき感謝いたします。イリース王国第一王子。カイル=ルーク=アルフォードです。ルミネージュ王国騎士団は優秀な方々が揃っていると伺っていましたが、これほどまでとは」
私が声を出せなくなっていると、カイルが私の前に立って挨拶をした。
「いえいえ、自分はまだ若輩者なので…」
「…カッコいい」
私と背丈は変わらないのに、大柄な男を簡単そうに投げ飛ばせるほどの力を持っているのに、謙遜するだなんて
「パトリシア!?」
私ももう少し鍛えたら、あんなふうに投げ飛ばせるようになるのかな?
「…お近づきになりた…わっ、え?何」
急に視界が真っ暗になった。
「パトリシア、私という婚約者がいながら」
「お姉様、駄目ですよ。初対面の方にお近づきになりたいだなんて」
声を聞く限り、私はカイルとアリシアに目を塞がれているようだ。
「ご心配されなくても、自分にそちらの趣味はありませんよ」
グレンダは苦々しく笑った。
私もそっちの趣味はない。
「では、引き続きご観光をお楽しみ下さい。ルミネージュ王国騎士団がしっかりと警備を務めますので」
そう言って、グレンダは敬礼をした。
本当にカッコいい人だな。
でも、この辺の警備をしているということは、王都に着いたら会えないんだろうな。




