リックとフローレス姉弟
お嬢と坊っちゃんが社交シーズンに入り、二人も俺を含め従者達も夜会の準備で忙しくなってきた。
そんな中、お嬢に
「リックと一緒に行きたい所があるんだけど」
なんて言われ、少し期待したが…
「セシル、狭くない?」
「大丈夫だよ」
「リック、もう少し詰めてくれ」
「へいへい」
セシル坊っちゃんとダリルも一緒だったとはな…まあ別にいいけど
「で、どこ行くんだ」
外の景色を見ても、今どこを走ってるのか分かりゃしない。
「着いたら分かるわ」
お嬢は、ダリルをチラッと見たあとそう言って笑った。
ダリルは知っているのか…
「そろそろですね」
ダリルが外を見てそう言った数分後、馬車は停まり御者の「着きましたよ」という声が聞こえた。
「ここは……」
馬車から降りたその場所は、何年も暮らしていた村だった。
「ほら、行きましょう」
「…俺は馬車で待ってる」
村へ連れてこられたって、俺は受け入れてもらえるわけがない。村を荒らし、子供達を誘拐した犯人の息子の俺が…この地に足を踏み入れてはいけない。
「大丈夫だから」
お嬢は俺の手を握り、歩き出した。振り払おうと思えばいくらでも振り払えるが、それができなかった。
「リックだ…」
「何でここに?」
やはり、俺は戻ってきてはいけなかったんだ。そう思い、お嬢の手を振り払おうとするも、先程よりも強い力で握られている。
剣の稽古をしているだけあって、意外と力があるんだな。
でも、俺はこの場から早く消えないといけない。
「パトリシア様、リックは何故ここに…」
叔父がなくなったあと、俺を引き取ってくれたヒューゴが言った。面と向かって言われると結構堪える。
「リックが何か粗相をしてしまいましたか?解雇されてしまったんですか?」
解雇されたわけではないけど、戻ってきてほしくないんだろう。
「違いますよ。彼は引き続き、僕の従者として働いてもらいます」
「ええ、今日は元気な顔を見てもらおうと思い連れてきたんです」
坊っちゃんとお嬢はそう言うが、みんな俺が来たことを嫌がっているように見える。
「良かった、ってきりこいつの勤務態度が悪くて解雇されたのかと…村にいたときもしょっちゅうサボっていたし…」
「まあ、勤務態度は良くはないですよ」
坊っちゃんはズバッと言った。
「ハハッ、ですよね。リック、パトリシア様やセシル様にあんまり迷惑をかけるなよ。それから……みんなお前に会いたがっていたんだ。元気そうで本当に良かった」
ヒューゴはシワだらけの顔をさらにクシャっとさせて笑った。
「何で…」
俺を許すのか…いや、ヒューゴだけだろう。他のみんなは…
「リック、おかえりなさい」
ダリルと一緒にやって来た村長は、ガキの頃から知っている笑顔で迎えてくれた。
「子供達がリックはいつ帰って来るんだって、寂しがっていたんだ。顔を見せに行きなさい」
村長の言葉を聞いたあと、お嬢の手が離れた。
「ね、大丈夫でしょ」
お嬢は柔らかな笑みを浮かべた。
俺を責める人間は誰もいなかった。みんな、今までと変わらない様子で俺を受け入れてくれた。
「パトリシア様とセシル様が前もって、村長に話していたんだよ」
子供達に揉みくちゃにされて、疲れて休んでいるとダリルがりんごを俺に渡してきた。
「最初は、サナの両親はリックが帰ってくることに反対していたんだ」
それはそうだろう。五歳の子供が誘拐されたんだから
「反対されたときに、パトリシア様はこう言ったんだ。
『私達貴族の世界では、子供がしたことでも、爵位や領地を取り上げられる事があります。
それだけではなく、死をもって償わさせることもあります。もちろん逆に、親がしたことを子供も償わさせられます。…でも、リックがそうならなかったのは何故だと思いますか?
彼は、リック=エイベルではなかったからですよ。貴族ではなく、ここでみんなに愛されて育った。平民のリックだったからです』
その言葉を聞いた。サナの両親はリックが戻ってくることを受け入れてくれたんだ」
ダリルの話を聞く限り、サナはずっと俺に会いたがっていたようだ。
子供達の相手をした時も、サナは俺からなかなか離れなかった。
それに村長達に話をつけたのはセシル坊っちゃんだったらしい。
そろそろ帰る頃だと、ダリルが立ち上がった。俺も立ち上がると、お嬢と坊っちゃんがこっちに向かって来た。
「二人ともここにいたの…ね」
俺は思わず、お嬢を抱きしめていた。
「ありがとう。本当にありがとう」
情けないことに、涙が出そうになった。
お嬢はコロコロと笑いながら、俺の背をさすってくれた。
「おい、リック。そろそろ姉さんから離れ…うわっやめろ」
俺は、お嬢を離したあとセシル坊っちゃんを抱きしめた。
坊っちゃんは離せとジタバタともがいていたが
「僕は、それなりにお前を気に入っているから、辞めさせたりはしないからな」
と言った。
本当にこの姉弟は……俺はフローレス家に拾ってもらえて幸運だ。
きっと、フローレス家で働く人間は同じ考えだろう。
ダリルに目をやると、屈託のない笑顔で笑っていた。




