苦労性のエリオット
最近のパトリシアは、変な方向に向かって頑張っている。
今日はフローレス邸には、フローレス家の人間はパトリシアしかいないようで、パトリシアが危ないことをするといけないからと、俺はセシルに呼ばれて来た。
気難しいセシルに信頼を置いてもらえているのは嬉しいと同時に、俺がパトリシアに何とも思われていないと突きつけられているようで、少しやるせない気持ちになる。
パトリシアは温室にいると聞いて、慣れた足取りで温室へ向かう。
温室の前に着くと、パトリシアが数本のボトルを抱えているのが見えた。
前みたいに、薬の治験とかでなければいいのだけど…
「何してるの?」
温室の扉を開けて、声をかける。
「エリオット!?」
パトリシアは目を見開き、ビクッと肩を揺らした。
「…昼間からお酒?」
作業台に置かれているのは、お酒のボトルだった。
「これは…その事情があって…」
まあ、パトリシアがやけ酒をするタイプではないのは知っているけど…
「リックが平民は水の代わりに普段から、エールを飲んでいるって教えてくれて…それに、怪我をしたときの消毒には、その…ワインを使うこともあるって言うし」
パトリシアは目を逸らしながら、しどろもどろになりながら答えた。
「私、お酒が弱いみたいなんだけど…分解が遅いだけなのか、身体に合わないのかを知りたくて…」
そういえば、夜会でもパトリシアがお酒を飲んでいるところを見たことはない。
社交界デビューのときに、お酒を飲んだあと寝てしまったと聞いたときは、特に何とも思わなかったけど、お酒が弱かったのか
「それで、こんなにお酒を集めたの?」
「…腕につけて、少し置いて赤くなったら身体に合わないって分かるけど、もし赤くならなかったら、どのくらいの量なら酔わないかを試したくて…」
平民になったときと、怪我をしたときのためだろう。
「でも、一人でやるのは危ないから…」
「……ごめんなさい」
パトリシアは目線を地面に落として、シュンとした。
俺は別に止めようとしているわけではないんだけど…
「危ないから、俺も手伝うよ」
俺がそう言うと、パトリシアの表情はパァッと明るくなった。
「本当?ありがとうエリオット」
パトリシアは可愛らしい笑顔で俺の手を握って、上下に振っている。
「そこにガーゼがあるから、早速試してみましょう」
パトリシアは楽しそうに準備をしている。
俺は今更ながら、セシルに怒られたりしないだろうかと不安になってきた。
パトリシアがガーゼに数滴お酒を垂らし、腕に当てた。
五分程経過し、ガーゼを取るも特に赤くなったり、発疹が出ている様子はなかった。
「大丈夫そうだね」
「良かった、これで怪我をしてもワインで消毒できる」
そもそも、何故に怪我をする前提で話をしているんだろう。
「トリシャちゃんいる?」
ミシェルの声が聞こえ、パトリシアが扉を開けると
「トリシャちゃん…とエリオット」
ミシェルはパトリシアを見て笑顔になったあとに、俺の顔を見て何とも言えない顔をした。
「ミシェルどうしたの?」
「トリシャちゃんに会いたくて来ちゃった」
「ふふっ、今お茶を用意するわね」
パトリシアがお茶の準備をしていると、ミシェルは俺に耳打ちしてきた。
「エリオットもセシルに呼ばれて来たんでしょ」
「ミシェルも?」
俺はセシルに完全に信頼されているわけではなかったのか…
「そんなことより、二人で何をしてたの?こんなにお酒を用意して」
ミシェルの目が据わっている。
「ミシェル。はい、お茶」
「ありがとう、トリシャちゃん」
ミシェルは一瞬で笑顔になった。パトリシアのおかげで助かった。
「トリシャちゃん、このお酒どうしたの?」
「えっと、お酒の強さを知りたくて…」
パトリシアは少し濁して言った。
「そっか、具合は悪くなってない?」
ミシェルがパトリシアの頬を持ち上げる。
「まだ飲んでいないから大丈夫よ」
「良かった、危ないから僕が量を決めるね」
「二人は普段からお酒は飲むの?」
パトリシアはミシェルが、少しだけ注いだグラスを受け取りながら言った。
「僕はあまり飲まないかな」
「俺はたまに父さんと飲むことはあるけど」
父さんもあまり飲む人ではないから、ごくたまにだけど
「そっか、セシルもお父様と飲んでるみたいだけど、私は呼ばれないのよね」
パトリシアは拗ねたように、唇を尖らせながらグラスに口をつけた。
「トリシャちゃん、ゆっくり飲んでね。もし具合が悪くなったらすぐに言ってね」
こくこくと頷きながら、ミシェルの忠告通りパトリシアはちびちびと飲んでいる。
「美味しい、ジュースみたい。これなら大丈夫そう」
パトリシアが嬉しそうにしていると、ミシェルはすかさずグラスを交換した。
「はい、水飲んでね」
「ありがとう。ねぇもう少しだけ、飲みたいんだけど駄目?」
「だ……さっきと同じ量ね」
ミシェルは駄目と言いかけたけど、負けたようだ。
「まさか、ここまで弱いとは」
「夜会とかで出される量よりも、少ないはずなんだけどね」
二杯目を飲んだパトリシアは頬が紅潮して、目がトロンとしてきた。
「トリシャちゃん」
「なあに」
ふわふわとした声色でパトリシアが返事をした。
「可愛い…これは他所で飲ませるわけにはいかないね」
「カイルがいたら大変なことになってそう…」
それに、セシルに見られたら完全に俺達が飲ませたと思われるかもしれない。
「とりあえず、水を飲ませよう」
水差しからグラスに水を注いで、パトリシアに渡すと
「えへへ、ありがと」
とヘニャヘニャとした笑顔で言われた。
可愛い…カイルはあの日から、パトリシアがお酒が弱いことを知っていたのかな?
「パトリシア様、いらっしゃいますか?」
温室の扉が開き、エレノアが入って来た。
「あら、エリオット様とミシェル様もいらっしゃったのですわね」
多分、セシルに呼ばれて来たのだろう。
「パトリシア様は……お二人共、パトリシア様を酔わせて何をなさるつもりですの?」
「違う違う、パトリシアがお酒の強さを知りたいって言うから俺達が協力したんだ」
事実だが、酔ってふわふわしているパトリシアがいる以上。言い訳だと思われても仕方ない。
「そうでしたの…パトリシア様そうなんですか?」
パトリシアがコクリと頷いた。
良かった、ここで首を振られたら俺達はどうなっていたことやら
「パトリシア様、いくらお二人を信用されていらっしゃるからといって、無防備に酔った姿を見せては」
エレノアはしっかりしているな。パトリシアも普段はしっかりしているけど、それはアリシアとか年下の前でだけな気がする。
「エレノア好き、私エレノアと結婚したい」
パトリシアはエレノアに抱きついて、ふにゃふにゃと言った。
「ふふ、駄目ですよ、パトリシア様にはカイル様という素敵な婚約者がおられるのですから」
「やだ、エレノアがいい」
ガタンっと物音が聞こえ、扉に目をやるとカイルが立っていた。
二人の会話が聞こえていたのだろう。
流石のミシェルも、相手がエレノアだからか、微笑ましそうにパトリシアを見ているけど、カイルはショックを受けてそうだ。
「カイル、入らないの?」
俺が扉を開けると、カイルはトボトボと肩を落として入って来た。
「パトリシア様、カイル様が来られましたよ」
「パトリシア、おいで」
カイルが両手を広げているが、パトリシアの返事はない。
「パトリシア様?……寝てますわ」
具合が悪くなったりしていないようで安心したが、あまりにも無防備過ぎる。
エレノアがいてくれて本当に良かった。
「トリシャちゃんは酔うと甘えん坊になるんだね。可愛い」
ミシェルがパトリシアの頭を撫でる。
パトリシアはベンチに座っているが、エレノアは立ったままパトリシアを支えるのは大変だろう。
「エレノア、パトリシアは私が…」
「そんなことより、カイル様は誰に呼ばれて来たの?」
確かに、セシルがカイルを呼ぶようには思えない。
「私はパトリシアの婚約者だから、セシルの許可はいらないんだよ」
カイルは自信満々に答えた。
「セシルの許可はともかく、パトリシアには連絡しておきなよ」
思わず大きな声を出してしまった。
「エリオット、パトリシアが起きるから静かに」
結局、早めに帰ってきたセシルに俺とミシェルは怒られ、エレノアとカイルが宥めるも、カイルに気づいたセシルはカイルへ矛先を向けた。
今後の夜会では、パトリシアがお酒を飲ませないように注意しないとだ。




