105 悪役令嬢と不穏なお茶会
皆を待たせてしまっているため、お風呂には入れなかったけど、身体を拭いただけでもさっぱりした。
着替えを済ませて、応接室へ向かうとティーセットを乗せたワゴンを押しているリックと遭遇した。
「お嬢、これから応接室に行くのか?」
「ええ、そうだけど、リックが給仕なんて珍しいわね」
「面白そうだから、ライラに代わってもらった」
面白そう?何だろう…まあ、とりあえず
「一緒に行きましょう」
応接室に入ると、セシル達だけでなくアリシアもいた。
「お姉様、私の隣に座ってください」
私はアリシアに促されるまま、隣に座った。
「セシル坊っちゃん、お茶が入ったぜ」
「何で、リックがここに?お茶はライラに頼んで…」
「いやぁ、お嬢の婚約者が気になってつい」
リックは手際良く、ティーセットを並べる。
…私の婚約者?
ヤバい、リックが余計なことを言って、カイルに怒られるかも…
「私がパトリシアの婚約者だよ。君はあのときの…」
カイルは立ち上がり、リックに近づいた。
「ほーん」
リックがカイルをジロジロと値踏みをするような目で見ている。
カイルが王子だと知らないとはいえ、この態度はまずい。
「リック…」
婚約破棄されたら…という話を心配してくれているのだろうけど
私が名前を呼ぶと、リックはカイルに軽く会釈をして、私の近くへ来て
「本当に軽薄そうな男だな」
と耳打ちしてきた。
本人のいる前で話すことではないでしょ…怒りたくても、リックは心配してくれているわけだから怒るに怒れない。
「君は、セシルの従者だと聞いていたけど、私のパトリシアに近づき過ぎではないかな?」
カイルがリックの肩に手を置いて笑っている。目に光はなく恐ろしい笑顔だ。
「でもさ、婚約者ってだけでしょ。まだ結婚しているわけではないし。トリシャちゃんはカイル様のではないよね」
「確かにそうだね」
「そうです、お姉様はフローレス家のです」
「アリシアの言うとおりです。姉さんは僕と同じフローレスです」
皆…カイルからリックを守るために…優しい子達だな。
その場は何とか落ち着き、リックは応接室から出ていった。
不機嫌そうだったカイルも少し落ち着き、今年の社交シーズンについての話をして終わった。
途中途中で、何度か空気は悪くなっていた気がしなくもないけど…
ブライス家とガーネット家の迎えが到着したという、ライラの知らせで彼らは応接室を出ていった。それから少し経って、王宮からの馬車も到着した。
「一つだけ、聞いてもいいっすか?」
応接室を出たカイルを引き留めたのは、リックだった。
「何かな?」
「アンタはお嬢…パトリシアの事を本当に好きなのか?」
「うん、それがどうしたの?」
先程、パトリシアの耳元で何かを囁いていた男ということで、嫌悪感を隠さない態度でカイルは答えた。
「あの子は気丈に振る舞っていても、ちゃんと傷ついたり悲しんだりするんだ。だから…他に女がいるようなら、一刻も早くあの子との婚約を解消しろ…してください」
リックの拳に力が入る。
「…婚約を解消するつもりはないよ。確かに誤解されるようなことは何度かあったけど、私にはパトリシアしかいないんだ。それに、私は幼いときから彼女に恋焦がれているんだよ。そう簡単に手放すつもりはない」
カイルの真剣な眼差しを見たリックは、フッと笑った。
「…そうか、まあせいぜい頑張るっこたな。悪〜い男に掻っ攫われないように」
「それは君のことかな?私はパトリシアの悲しむことはしたくないんだけど、パトリシアの為なら幾らでも手を汚せるよ」
カイルの表情は、獲物を捕らえるような鋭い目つきに変わる。
「話は以上かな?迎えを待たせているから失礼するよ」
表情はまた変わり、感情のこもっていない笑顔をしたカイルは帰っていった。
「手を汚せるって、あの男、お嬢に手を出したら、俺を消すつもりってことか…」
リックは背筋がヒヤッとするのを感じた。




