セシルの長い夜
姉さんが王宮から帰ってきたのは夕方だった。聞きたいことは沢山あったが、夕食の場で聞くわけにもいかない。
明日にでも聞こう、そう思い自室で父上に任せてもらった書類に、目を通していると扉を叩かれる。こんな時間に来るのは、リックだろう。大方、ホットワインを飲みに来たのだろう。僕は別に飲まなくていいからいいけど、あまりにも自由過ぎる。
「はいはい、どうぞ」
僕は座ったまま、扉に向かって返事をする。すると、いつもとは違い控えめに扉を開く音がした。
「セシル、ごめんなさい。寝るところだった?」
「ね、姉さん!?」
完全にリックだと思っていたから、適当な返事をして部屋へ通してしまったけど、追い返すわけにもいかないし…
「こんな時間まで、お仕事してたの?」
姉さんは僕の隣に座った。近い…お風呂上がりなのか、良い香りがする。見慣れているはずの髪を耳にかける仕草でさえ、鼓動を速くさせる。
見ないようにしていても、どうしても目がいってしまう。
あれ?今、姉さんの首元に何か赤い跡のようなものが…
「姉さん、首のそれどうしたの?」
「へ!?」
姉さんの声が裏返った。顔は赤く染まり、慌てた様子で首を隠した。
「…何で隠すの?」
「な、なんでもないわ、気にしないで」
虫刺されかと思ったがこの反応が、答えだろう。
「なんでもないなら見せて」
僕が姉さんに近づくと、姉さんは背中をのけぞらせる。
「虫に刺されたんでしょ?」
悪い虫に…
「…そうなの、でも位置が位置だから恥ずかしくて」
姉さんはホッとしたように笑った。
考えてみると、ここ最近の姉さんは詰襟の服ばかり着ていた。確か、リック達を助けに行った日、父上の書斎に呼ばれたときから
「それ、今日ついた跡ではないよね」
「セ…セシル?」
首を隠していた手を掴もうとしたら、姉さんを押し倒すような体勢になってしまった。
「これはジェイクにつけられたの?」
姉さんは首を横に振った。
「じゃあ、誰に?」
「セシル、何で手を掴むの?」
「逃げないように」
僕は片手で姉さんの両手首を掴んでいる。
「逃げないから離して」
姉さんは弱々しく言った。
「じゃあ、僕の質問にちゃんと答えて、これは誰につけられたの?」
姉さんの首につけられた跡を指でなぞる。
「……カイル様」
紅潮した頬に、潤んだ瞳をした姉さんが小さく呟いた。
「そう」
やっぱり、カイル様か…
しかも、わざわざこんなに見える所に、本当に良い性格している。
知っていたら、デートなんて絶対に許可出さなかったのに
「…セシル?」
「首だけ?他にはつけられていない?」
姉さんはこくこくと頷いた。
姉さんの言うとおり、首や鎖骨、胸元にはついていない。
それにしても、一週間は経っているはずなのに消えないなんて…姉さん、肌が白いからな…簡単に跡をつけられそう。
「ん…セシル?くすぐったい」
僕は姉さんの首に触れるだけの口づけをする。
「跡が早く消えるように、おまじない」
姉さんの手首を離して、立ち上がろうとしたときだった。
「お兄様、お姉様を見ていませ…んか」
「アリシア!?」
そうだった、こいつはノックなんてしない。しかも、この体勢は流石にまずい。
「お兄様、最低です。お姉様、大丈夫ですか?」
僕はアリシアに突き飛ばされ、アリシアは姉さんに抱きついた。
「アリシア…違うのよ、えーっと…その、ワイン。私が酔ってしまって、セシルが介抱してくれていたの」
姉さんは優しい、自分が襲われそうになっていたのに、庇ってくれる。まあ、男として意識されていないから庇ってくれるのかもしれない。
「そうですか、でもこんな時間に弟とはいえ、男性のお部屋に来てはいけませんよ」
アリシアがもっともらしい事を言っているが、昼夜問わずノックもなしに入ってくるお前が言うなと思ってしまう。
「そうね、ごめんなさい。セシル、話は時間のある時で大丈夫だから、おやすみなさい」
「お兄様、おやすみなさい」
アリシアはニヤリと笑って、姉さんと部屋を出ていった。
寝巻き姿で部屋に入ってくる時点で、意識なんてしてもらえてないのは分かっているけど…
姉さん、首まで真っ赤だったな。
僕は少し冷めたホットワインを飲んで、ベッドに横になった。




