102 悪役令嬢はお願いされる。
思えば、カイルはずっと優しかった。
今回だけではない、ロジャー子爵やポリー=ラッセルの件のときも助けてくれた。
それは、私が小説と違う行動をしたことで、私への嫌悪感が生まれなかったからだと思う。私自身、カイルに対しては殺されたくないという一心で、できる限り嫌われないようにしてきた。
だから、今のような割と良好な関係が築けている。
でも、アリシアとセシルが小説と少し違う性格になったのに、私はカイルの事をまだ、拷問狂だと疑っていた。
あの日、カイルが助けてくれたとき…カイルが無精髭の男に剣を向けた姿が、小説のシーンと重なってしまってあんな夢を見ただけ、そういうことだと思うようにしよう。でも、やけにリアルだったせいで何日も引きずってしまっている。
「カイル様は優しいですね」
思いがけず口にしてしまったが、これは本心だ。
私の言葉を聞いて、カイルは
「私が優しくするのは、パトリシアにだけだよ」
とそう言って笑った。
私にだけと言ったけど、セシルの頼み事を聞いてくれたり、エレノアに絡んできた令嬢達に話をしに行ったりとみんなに優しいように思う。
「カイル様は、私以外の人にも優しいですよ」
「……全部、自分のためだよ。君に好かれたい、君に頼られたいから…打算で動いているだけ」
打算で動いてるか、それだけではないと思うんだけどな。
「カイル様が、頼りになることは充分理解してますよ」
「でも、パトリシアは私ではなくて、セシルやエリオットを頼ってる気がするんだけど」
セシルは同じ家に住んでいるから、何かあったときにすぐに頼ってしまう。
エリオットは気の置けない仲というのもあるけど、ある程度、事情を知っているからだ。
確かに二人を頼っているけど…
「カイル様は何も言わなくても、助けてくれるじゃないですか」
「……」
カイルが俯いてしまった。変なことを言ってしまったかな?
「カイル様?」
「少し、そっとしておいてほしい」
カイルは私に背を向けた。
「ごめんね、もう大丈夫」
少し経って、カイルが向き直った。
「パトリシア、私のお願い聞いてくれる?」
「……はい、私にできることでしたら」
助けてもらったお礼も大してできていなかったし、別に構わないけど…
「二人きりのときは、敬語も敬称もやめて欲しい」
「でも…」
「聞いてくれるって言ったよね。呼んでくれないと、キスするよ」
「カ…カイル……さま」
ダメだ、頭の中では呼び捨てにしているのに、いざ口にするとなるとどうにも気恥ずかしい。
「ダメ、やり直し。それともキスしてほしかった?」
カイルが私の顔を覗き込みながら、頬を撫でる。
「……カイル」
「嬉しいけど、ちょっと複雑だな」
「複雑?」
「キスされたくなくて、即答した感じが否めないから」
カイルは子供のように、むくれた顔をしている。鋭い、読まれている。
それにしても、敬語をやめてほしいなんてどうしたんだろう。……そっか、私はカイルと話すときだけ敬語だったから、仲間はずれにされている気分だったのかな?そう考えると少し可愛いかも
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね」
「敬語」
カイルは不機嫌そうにジトーっと私を見る。
「そ…そうね、帰りましょう」
やっぱり、ちょっとめんどくさいかも
帰りは、乗馬の怖さよりも眠気がすごい。
「ふふ、眠たそうだね。寝ても良いよ」
カイルは手綱を持ちつつも、私が落ちないように支えてくれている。
「眠くない」
「目が開いてないよ」
「瞼の裏を見てるだけよ」
「ふふ、そっか」
気がついたら、王宮についていた。
「おはよう、よく寝ていたね」
「すみません」
寝るつもりはなかったのに、睡魔に勝てなかった。
「良いよ、可愛い寝顔も見れたから」
カイルは嬉しそうに笑った。
私が処刑されるのは来年の社交シーズン。あの夢が杞憂に終われば良いのだけれど…




