101 悪役令嬢と乗馬デート
外出禁止が解けた今日、私は王宮へ向かっている。
数日前にカイルから手紙が届いた。
『外出禁止が解けたら、一緒に湖に行こう』
正直、会うのが怖いが色々助けてもらったため仕方ない。
「パトリシア、来てくれて嬉しいよ」
王宮に着き、場所から降りるとカイルが馬を連れてやって来た。
もしかして……
「あの、湖まではどうやって…」
「もちろん、馬で」
カイルへの恐怖心よりも、乗馬への恐怖心が勝っている。
「私、乗馬は苦手で…」
アリシアと乗ったとき、楽しいと思ったけど結局最後の方は酔ってしまった。だから当分は馬には乗りたくない。
「婚約者の私とは乗らないで、弟妹とは乗るんだね。薄情者」
カイルはいじけたように言った。断って怖い思いをするぐらいなら、馬に乗ったほうがましだ。
「……分かりました。行きましょう」
「ふふ、良かった。ところで、それはどうしたの?」
それというのは、私が持っているバスケットのことだろう。
「ランチにと思って、サンドイッチを作ってきたんです」
マリーがせっかくだから、ランチを持って行くべきだと言っていたから、早く起きて作ることになった。
「パトリシアの手作り…嬉しいよ」
公爵家の私よりも、普段は良いものを食べてきているはずなのに、素人の手作りなんて何が嬉しいんだろう。
そんなことを考えている間に、私の手からバスケットはなくなり、大きな鞄のようなものに入れられ、敷物等と一緒に馬に積まれている。
「さあ、お手をどうぞ、私のお姫様」
こんなクサイセリフがサマになるのは、本物の王子様だからだろう。
カイルに手を引いてもらい、馬に乗る。セシルのときと同様に、カイルの前に横向きに座らされている。
やっぱり怖い、アリシアのときは酔ったものの、そこまで怖くはなかったのに
「…怖い」
「大丈夫、しっかり掴んでたら落ちないから」
カイルはそう言って、馬のお腹のあたりを軽く蹴った。馬はゆっくりと歩みを進める。
速度もそんなに出ていないのに、怖い。
私はしがみつくようなかたちでカイルに掴まっている。
「…パトリシア、君はセシルと乗ったときもこんなに密着していたのかな?」
「セシルにはくっつきすぎって言われて、ここまでは…でもこうしてないと怖くて」
「そっか……私に身体を預けて良いよ」
カイルは真っ直ぐに前を見ているため、表情があまり分からないが、笑っているように見える。
それにしても、カイルの身体が熱い気がするんだけど、ドクドクと鼓動も速い、それに顔も赤いし、空咳もしている。
「カイル様、具合が悪そうですが大丈夫ですか?」
「具合…強いて言うなら心臓に悪いかな」
心臓!?もしかして、心不全とか?
あの日、私が上着を借りたせいで、具合が悪化したのかも…
「具合が悪いなら、無理しないでください。また、日を改めましょう」
と言っても、私では無理だから引き返すにしてもカイルの具合が落ち着いたらになるけど
「そういうことではないんだけど…病気ではないから安心して」
「……そうですか」
病気ではないならどうしたんだろう。
あれから数十分程経った。
「着いたよ」
カイルは先に降りて、私を抱き上げて降ろしてくれた。
「ありがとうございます」
空気が澄んでいて気持ちが良い。日が指して湖はキラキラと光っている。王都にこんな場所があったなんて、私が伸びをする。
「パトリシア、敷物を敷いたからおいで」
いつの間に、王子にさせることではないのに
「君が作ってくれたランチを頂いても?」
「はい、簡単なものですが、お口に合えば…」
私はランチバスケットからグラスを取り出して、飲み物を準備し、カイルの方へバスケットを渡す。
「すごく美味しそう。これは何を挟んでいるの?」
私が持って来たサンドイッチは、トマトとレタス、ベーコンとチーズを挟んだものと、ゆで卵とレタスとハムを挟んだもの、それから…
「林檎のジャムとクリームチーズを挟んだものです」
トーストしたほうがもっと美味しいのだろうけど、思いのほか、ジャムを作るのに時間がかかってしまった。
「へぇ、珍しいね」
「カイル様は、前に林檎のタルトが好きだとおっしゃっていたので…流石にタルトを作る時間はなかったのですが…」
マリーに言われたのもあるけど、お礼の意味でカイルの好物を作ろうとは思った、でもサンドイッチと違い、生地から作るとなると時間が足りなかった。
「…とても美味しいよ」
ってもう食べてる。嬉しそうに食べてくれているから、別にいいけど
「お口に合って良かったです」
そういえば、今更だけど…
「カイル様は毒味もなしに食べても大丈夫なんですか?当然ですが、毒は入れていませんけど」
「ふふ、私はパトリシアの作ってくれたものなら、毒入りでも美味しく頂くよ」
「毒なんて入れません」
「冗談だよ。まあ、実際は私には毒が効かないから必要ないんだよ」
毒が効かない!?
「パトリシアが気づいていたか分からないけど、この間、君の頬に擦り傷ができていたんだ」
カイルは私の頬に触れる。
「あのとき、目を瞑ってと言ったと思うんだけど、私には傷や毒を癒す力があるんだ…」
カイルの力って、傷を治すだけじゃなくて毒も治せるんだ。
「突然言われても、信じられないよね。狩猟大会の日、怪我を負った君に力を使えなかったのに」
カイルは困ったような、悲しげな表情をしている。でも、カイルの『全てを癒す能力』のことはカイルに聞くまでもなく、知っている。
「いえ、信じますよ。それに、狩猟大会のときはカイル様の身も危なかったから、仕方がありませんよ」
私がそう言って笑うと、カイルは私のことを抱きしめてきた。
「カイル様!?」
「パトリシア…私の力にはある程度制限があるんだ。死んだ人間を生き返らせるなんてことはできない。だから、あんなことになる前に私を頼ってほしい」
死んだ人間を生き返らせられないことも知っている。小説のカイルはパトリシアに拷問をして、息絶える寸前に力を使い、また拷問をするを繰り返していた。
でも、王族であるカイルを巻き込んで、万が一のことがあったら、私達フローレス家は無事ではない。
「カイル様は王族なんですよ。そんなことはできません」
「セシルは、私を頼ってくれたよ。それに、パトリシアは私の婚約者だよ。君のことは私が護りたいんだ」
カイルは私の肩を掴んで、真剣な顔でそう言った。
セシルの場合は、王国騎士団を動かせてほしいからカイルに頼んだのだろう。
「私はパトリシアのためなら何だってするよ」
何だってするって言った?なら…
「それなら、これ消してください」
私はブラウスのボタンを外して、首を見せる。
「無理」
カイルは一瞬キョトンとしたが、笑顔で即答した。
「え?何でですか?」
一週間は経ったのに、まだ薄っすら残っていて着れる服が限られている。
「それはお仕置きと言ったよね」
「でも、見えるとこに付ける必要はないですよね」
社交シーズンに入っていたら、困るのはカイルなのに
「それは、見えるとこでなければ良いってこと?困ったな、そういう事は結婚するまでしないって決めていたんだけど」
「そういう事って…って違います。そもそもお仕置きですることではないんですから、やめてください」
カイルがジリジリと近づいてきた。
「そうだね。お仕置きというより、君が私のだと言う証をつけたかったんだ」
カイルは私の首にそっと触れた。
「でも、これは消せないんだ。痣や傷跡には効かないから…」
カイルの手は、首から私の肩へ移り、腕を撫でた。狩猟大会で私に傷跡が残ったことをまだ気にしているのだろう。
「カイル様は優しいですね」
私のことをこんなに気にしてくれているのに、何で私はあんな夢を見たんだろう。




