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97 悪役令嬢は帰還する。

カイルは剣先を無精髭の男に向けたままゆっくりと近づいている。

「パトリシア、危ないから離れていて」

無精髭の男を殺してしまったら、人身売買の証拠とかを聞けなくなってしまう。

「カイル様、落ち着いてください」

「パトリシアは優しいね。でも、こんな男庇う価値なんてないよ。君を傷つけたんだ、私が粛清するから安心して」

私を傷つけた?むしろ私が傷つけてしまったのだけれど

「この人達は悪い人ですけど、私はこの人に何もされていません」

「では、それは誰にやられたの?」

私の言葉で正気に戻ったのか、剣を鞘に戻した。それというのは、破れた服のことだろう。素直に説明して良いものなのかな?でも言わないとそれはそれで面倒なことになりそうだ。

「…ジェイク=エイベル子爵令息に」

「ジェイク…そう、分かった」

カイルはそう呟いたあと

「そこの君、この二人を縛っておいてくれないかな?」

様子を見に来ていたリックを見つけ、男が持ってきていた縄をリックに投げた。

これでカイルに殺される人はいない…とホッとしたのもつかの間、私はカイルに腕を掴まれてさっきの場所から死角になる場所へ連れてこられた。

「カイル様?」

私が恐る恐る名前を呼ぶと、カイルは一瞬辛そうな顔をした後、無表情になった。

「ジェイクにされたこと、教えて」

私はカイルに肩を掴まれている。痛くはないが圧がすごい。それにしても、何でそんなことを聞いてきたんだろう。でも答えないと逃がしてもらえそうもない。

「……身体を少し触られました」

それを聞いてどうするんだろう。思い出すのも気持ち悪いから、正直あまり話したくない。

「その服はどうしたの?」

「破かれただけで…すぐに気絶させたので大丈夫です」

蹴りが決まって気絶したというより、頭をぶつけたから気絶しただけかもしれないけど…ランドルフ隊長に護身術の他に体術を教わっていて良かった。

「はぁ…私が言っているのはそういうことではないんだけど」

呆れられている。そういうことではないとはどういうことなんだろう。

「キスはされてない?」

「……はい」

「少し間があったようだけど?」

顎を持ち上げられ、酷く冷たい瞳に見つめられる。

「頬に軽く唇が触れただけで…」

ジェイクを気絶させた後、顔を何度か拭いたけど、洗わないと気持ち悪い。

「……そう」

カイルの手が離れて、声のトーンが一気に落ちた。

「……ジェイクにされたときは、すごく気持ち悪かったんですけど、カイル様にされたときは恥ずかしさはあったけど、嫌ではなかったんですよね」

不思議、やっぱり顔の違いかな?まあ、ジェイクもイケメンの部類なんだろうけど…でなければ裕福でもない子爵家に令嬢が寄ってくることはないだろう。

「パトリシア、少し目を瞑って」

理由も聞けないまま、とりあえず目を瞑るとカイルの手が私の頬を優しく触れる。触れた手は冷たかったのに、徐々に温かくなってきた。

「目を開けて良いよ」

私がゆっくりと目を開くと、カイルの唇が頬に触れた。

「どう、嫌じゃない?」

何故この状況でそんなことを?確かに嫌ではないって言ったけど

「ふふ、可愛い。耳まで真っ赤になってる」

カイルは嬉しそうに微笑んでいる。


「まあ、とりあえず。セシルにはお説教が必要だね」

すっかり忘れてた、何でここに私がいることが分かったんだろう。それに、セシルも…

私が巻き込んでしまったのに、カイルに怒られてしまうのは可哀想だ。

「セシルは悪くないんです。私が巻き込んでしまっただけで」

「分かった」

カイルがフッと笑うと、私のことを抱きしめてきた。カイルの頭が私の肩に乗っている。

「カイル様?……っ痛」

首筋にチクリと痛みが走る。

「パトリシアへのお仕置きはこれで勘弁してあげる」

そう言って、カイルは着ていた上着を私に貸してくれた。


「パトリシア様、何故かアリシア様がいらっしゃって……カイル王子!?」

ダリルが慌てた様子で、アリシアとやって来た。

「パトリシアの護衛騎士君だね。君にも後でた〜っぷりと話したいことがあるから、覚悟しておいてね」

カイルがダリルの肩をポンッと叩いた。ダリルはビクッと肩を揺らしている。

「お姉様、ご無事で何よりです」

ダリルの後ろにいたアリシアが抱きついてきた。

「アリシアどうして」

「心配で、勝手なことをしてごめんなさい」

アリシアがシュンと落ち込んでしまった。

カイルと一緒だったから大丈夫なのは間違いないだろう。

「心配してくれてありがとう、アリシア」

私が頭を撫でると、パァッと可愛らしい笑顔を向けてくれた。

「お嬢様、子供達は騎士達により、無事に保護されました」

私が戻らない間に、騎士団が来てくれていたようだ。

「セシル様が言っていた騎士団って、王国騎士団のことだったんですね」

王国騎士団?セシルがどうやって…

「カイル様、ご協力感謝いたします」

セシルが、少し疲れたような様子でやって来た。

「別に良いよ。可愛い義弟君の頼みだからね」

セシルがカイルに頼んでいたのか、いつの間に?作戦を立てたのは昨日なのにそんなことを考えていると

「後のことは騎士達に任せて、私達は帰ろうか」

カイルが私の頭を撫でながらそう言った。


私達は、馬を残してきた場所へ戻る。

「カイル様、外套もありますので上着はお返しします」

私が上着を脱ごうとすると

「見えてもいいなら、返してもらうけど」

カイルは自分の首を指差して、フッと笑った。

首に何か…もしかしてあのとき!?

自分では分からないし、鏡も持ってない。ここは大人しく、カイルの上着を着ていよう。

「パトリシア、行こうか。セシルはアリシアを連れて行ってね」

カイルに手を差し出されている。

「いえ、カイル様のお手を煩わせるわけにはいかないので、僕が乗せていきます」

セシルが私の前に出て、カイルと揉めている。


「お姉様、私と一緒に乗りましょう」

「私、乗馬は…」

今日初めて馬に乗ったのに、いきなりアリシアを乗せて帰るなんて

「私にお任せください。乗馬は得意なんです」

アリシアが乗馬を!?

言葉の通り、アリシアは慣れた様子で馬に跨り、手綱を持った。

「お姉様、私の後ろに」

私はアリシアの手を借りて、鐙に足をかけて馬に跨る。

「では、行きましょう」

アリシアが馬のお腹のあたりを足でポンと蹴ると、歩みを進めた。

「ハッ!!」

アリシアの声で、一気に加速していく。セシルと乗ったときよりも速いし、怖いけど…楽しいかも



一方その頃

「「パトリシア・姉さん、誰と乗る?」」

「あの…パトリシア様なら、アリシア様と一緒に帰られましたよ」

「「アリシア!!」」


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