婚約記念日
パトリシアと婚約をして、今日で八年になる。今年は青いデルフィニウムの花束を用意した。
いつものように、フローレス邸へ向かいパトリシアの部屋の前まで来た。
フローレス家の侍女にパトリシアが体調を崩していると聞いた。少し顔を見たら、今日は帰ろう。そう思い扉を叩くと、何故かアリシアが出てきた。
「うわっ…本当に来たんですね。でも、残念ながらお姉様は具合が悪いんです。お引き取りください」
アリシアは、心底嫌そうな顔でそう言った。表情を取り繕うだけまだセシルの方がましだ。
「少し顔を見たら帰るよ。部屋に入れてもらえるかな?」
「ダメです。カイル様のお顔を見たら、余計に具合が悪くなります」
本当に失礼なことしか言わないな。パトリシアはアリシアのこの一面を知らないということは、パトリシアの前でいかに猫を被っているかがうかがえる。
「それはパトリシアに聞いてみないと分からないよ」
「ではお姉様に聞いてきます」
アリシアは扉を少し開けて、素早く部屋へ入っていった。
「お姉様は、カイル様の顔を見たくないとおっしゃっていました」
数秒後、部屋から出てきたアリシアはしたり顔でそう言った。
「本当に聞いてきたの?」
「はい、この耳でしっかりと」
「へぇ、でも私はパトリシア本人に言われない限りは、嘘だと思っているから」
記念日の話も、私は覚えていないものだと思ってしまったが、聞いてみたらちゃんと覚えていてくれた。だから、パトリシアに関する話は本人の口から聞いたことを信じるつもりだ。
「だから、少しだけでいいから」
「…ダメです。お姉様は、今お着替え中なのでダメです!!」
「そう、じゃあ入るね」
「破廉恥です!!私も一回しか見たことないんですよ!!」
嘘だと分かっているからわざと入ると言ったのだけど、アリシアは一回は見たことがあるのか
「お父様に言って、即刻婚約のお話を白紙にしていただかないと」
「それは困るな」
アルフレッド宰相なら本当にやりかねない気がする。
「ふふん、そうでしょうね」
アリシアはしたり顔をして笑った。そっちがその気ならこっちにも…
「でもねアリシア、君の暴言の数々を見逃してあげているのは、君がパトリシアの妹だからだよ。本当なら、王族に対する不敬で罰することもできるんだよ」
まあ、パトリシアを悲しませたくないからしないけど
「ぐぬぬ」
アリシアの顔が歪んでいく。
「アリシア様その辺で、カイル様申し訳ありません。こちらをセシル様より預かっております」
部屋の扉が開き、出てきたのはアリシア付きの侍女だ。
セシルから預かったという手紙を読むと
『姉さんは僕とエイベル子爵邸に向かっています。この手紙を読んだのなら、すぐに騎士団を向かわせてください。』
と書いてあった。私はすぐに控えていたガイを呼び出し、近くで視察をしている王国騎士団の元へ向かわせた。
私もパトリシアの元へ向かうべく、フローレス家の馬を借りに行くと、何故かアリシアもついてきた。
「私も行きます。私も連れて行ってください」
「私は構わないけど、パトリシアとセシルに怒られても知らないよ」
セシルはともかく、パトリシアは心配するだろう。
「大丈夫です。お姉様に怒られたことはありませんし、お兄様には怒られ慣れていますので」
アリシアを乗せて二人でエイベル子爵邸へ向かった。エイベル子爵邸の近くへ来ると、二頭の馬の手綱が木にくくられているのが分かった。
ここから徒歩で向かったのか
「アリシア、馬を頼んだ」
私はアリシアに馬を任せて、屋敷へ向かう。
屋敷の外で何やら、男の怒号のようなものが聞こえ、声のした方へ走ると、短剣を構えた男がパトリシアを襲おうとする瞬間だった。
パトリシアに汚い血をかけるわけにはいかないため、鞘から出さずに剣で思い切り男の頭を叩く。男はゆっくりと姿勢を崩し倒れた。
侍女の格好をしているパトリシアは、怪我をしている様子はないが、服の胸元が破かれている。
パトリシアの後ろにはもう一人の男が怯えるように、こちらを見上げている。
この男にやられたのか……ふつふつと怒りが込み上げてくる。
剣を鞘から抜き、剣先を男に向ける。
パトリシアを傷つけたことを、その身をもって償わせよう。
「私の婚約者に手を出して、生きて帰られると思うな」




