90 悪役令嬢は暇を持て余す。
私は今、暇を持て余している。アリシアは母上と帰省中で、セシルはお父様と領地の視察に出ている。
そういえば、セシルは公爵家の後継者だけど、宰相にもなるのかな?
お父様は宰相業務で忙しい中でも、孤児院へ赴いたり、インフラ設備の点検をしていたと聞いた。
私はこんなに暇で良いのかな?
「パトリシア様、お茶をお持ちしました」
マリーがお茶を用意してくれた。アリシアから借りた小説は読み終わったし、温室に行こうかなとも思っていたけど、マリーと一緒にお茶をするのも良いな。
「ありがとう。良かったら一緒に飲みましょう」
「良いんですか?すぐに準備をしてきます」
マリーは弾むように軽い足取りで、部屋を出ていった。
そうだ、せっかくだしアンナとレーネも誘おう。マリーに伝えに行こうと思い、部屋を出ようとしたら扉を叩かれた。マリーがもう戻ってきたのかな?と思い扉を開ける。
「やあ、パトリシア」
私は思わず扉を閉めようとしてしまうも、すんでのところでとどめた。
「カイル様、今日はどうされました?セシルもお父様も外出してますけど」
「うん、知ってるよ」
知っているなら何で来たんだろう。もしかして…
「アリシアも母上と外出してますよ」
「ん?うん、そうなんだ」
アリシアでもないのか、一体何をしに来たんだろう。
「私は君に会いに来たんだけどな」
「へ?」
何で?約束をしていたわけでもないのに?いや、カイルは毎回特に約束なしで来ていたな。王族は連絡なしで来ても許されるものなのか?
とりあえず、カイルを部屋へ通す。一緒にお茶をしようと言ったのに、マリーに申し訳ないな。
カイルがさっきまで、私が座っていたところに座った。私は飲みかけのティーカップをずらして向かい側に座ろうとしたが、腕を引かれて隣に座らさせられた。
「香水、つけてないんだね」
エレノアから貰った香水のことだろう。私が迷っていたからか、マリン系の香水の他にムスクの香りの香水も贈ってくれた。
「今日は出かける予定はなかったので」
「そっか」
座ったときに顔にかかった髪を、カイルが除けてくれた。その瞬間、ふんわりとムスクの香りがした。
「カイル様はつけているんですね。やっぱり、良い香りですね」
私もつけるのが楽しみだな。エレノアには感謝しないと
「…パトリシア」
突然、カイルに抱きしめられた。何だろう、甘えているのかな?よしよししてあげた方が良いのかな?でも、腕が動かせないし…
「これでよし」
カイルが耳元でそう呟いて私から離れた。これでよしってどういうこと?
「パトリシア様、カイル様お茶をお持ちしました」
マリーが入ってきて、新しいお茶を淹れてくれた。マリーはニコニコと楽しげに笑っている。一緒にお茶を飲めなかったことは気にしていないようだ。私は残念だったんだけどな
お茶を淹れたあと、マリーは鼻歌交じりに部屋を出ていった。
カイルはマリーの気配に気づいて離れたのか
「これは、パトリシアの本かな?」
カイルがテーブルに置きっぱなしだった、小説を手に持っている。お茶会のときに話していた、『暗黒騎士と青いバラ』だ。
「それはアリシアから借りたものです」
図鑑や歴史書ばかり読んでいたから、久しぶりに小説を読んだけど、結構面白かった。
「面白かった?」
カイルが淀んだ目をして笑った。急に何?怖いんだけど
「は、はい…面白かったです」
「そう…」
カイルの声のトーンが下がった。本当にどうしたんだろう。少し、アリシアが拗ねたときの表情に似ている。大抵の場合、膝枕をすると機嫌が直るんだよね。甘えん坊で本当に可愛い。
「カイル様、膝枕しましょうか?」
カイルがこれで機嫌が直るとは思わないけど、冗談半分で言ってみた。
「良いの?」
…眩しいっ、さっきまでの態度が嘘のように、表情がパァッと明るくなった。それにしても、膝枕ってそんなに良いものなのかな?普通に枕で寝たほうが、気持ちがいいと思うんだけど
「…どうぞ」
言ったからには仕方ない、私はソファの端までズレる。カイルがゆっくりと私の膝に頭を乗せた。
「今日はパトリシアを独占できて嬉しいよ」
カイルが私の髪にキスをした。自分で提案したものの、恥ずかしくなってきた。とりあえず、寝かしつけて大人しくしてもらおう。
いつもアリシア達にするのと同じように、ゆっくりと頭を撫でる。
猫のダリルを撫でているときと同じような感覚だ。
膝が温い、私の方が眠くなってきた。
あれ?いつもなら、ゴロゴロと喉を鳴らすのに…
「…ダリル?」
寝ぼけ眼で自分の膝に目をやる。私の膝にはムッとした顔をしたカイルがいた。そうだった、今ダリルは日向ぼっこに出てるんだった。
「すみません。猫のダリルと間違えました」
言ってから気づいたけど、猫と間違えたって失礼だったよね。
「そっちのダリルか、良かった」
そう言って、カイルが身体を起こそうとした瞬間。
「え?」
今、唇に何かが触れたような。カイルを見ると真っ赤な顔をして口を手で抑えている。
「ごめん、用事を思い出したから、今日はもう帰るよ」
カイルは慌てた様子で部屋を出ていった。
もしかして、唇に触れたのって…
「お嬢様、カイル様と何かありましたか?…って、お顔が真っ赤ですよ」
アンナが部屋に入ってきて、私のおでこを触る。
「今日はもうお休みしましょう。あら、お嬢様、香水をつけられました?」
アンナにそう言われて、腕やドレスの匂いを嗅ぐと少しだけど、ムスクの匂いがした。
カイルが抱きしめてきたから、カイルの匂いが移ったのか。
そんなことより、事故とはいえ、私…カイルとキスしちゃった!?




