83 悪役令嬢は擁護する。
「やっと解放された」
少し疲れた顔をしたセシルが戻ってきた。
「お疲れ様」
「ご令嬢に囲まれて、随分と楽しそうだったね」
カイルが嫌味っぽく言った。エレノアの気持ちを知っているからわざとそう言ったのかな?
「あれが楽しそうに見えましたか?」
セシルがカイルを睨んでいる。確かにあれは楽しそうではなかった。
「ナイセル伯爵令嬢ね…俺も苦労したな」
「僕のときはすぐにどこか行ったけどね」
二人も話したことがあったのか、そういえばエリオットは私がどこの娘って聞いたときに教えてくれた。苦労したってことは、言い寄られたりしたのかな?
「あれ、エレノアは?」
「まだ戻ってきてないわよ」
友人ができて、話が弾んで戻ってこないとかだったらわざわざ呼びに行く必要はないし…
「あそこにいるのって」
エリオットの視線の先を見ると、ナイセル伯爵令嬢が取り巻きのような令嬢二人を連れて、エレノアと何かを話している。エレノアの表情からして楽しそうな雰囲気はなく、むしろ険悪な空気が漂っているように見える。
「エレノアとナイセル伯爵令嬢を引き離したほうが良さそうだね」
カイルがエレノアの元へ向かおうとしている。
多分だけど、ここはカイルが行くべきではない気がする。セシルにエリオット、ミシェルも
「カイル様、私が行きます。女性同士の方が波風立てずに済みますから」
それに、なんとなく何を話しているか分かった気がする。
「何か言われたら、私の名前を盾にしていいからね」
ここにいる半数以上は、カイルの婚約者が私だと知っている。名前を出す必要はなさそうだ。
私はエレノア達の所へ向かって歩く、聞こえてきた会話から察するに、エレノアがカイル達と親しいことに嫉妬して、絡んできたようだ。私の予想通り
「私はパトリシア様に取り入るなんて真似していませんわ」
エレノアが弱々しく言った。そこは自信を持って言っても良いと思うんだけど…
エレノアの言葉を聞いて、ナイセル伯爵令嬢はグラスを手に取った。私は次の行動が何となく読めた。似たような経験があるから
私がエレノアとナイセル伯爵令嬢の間に入ると、ポタポタと髪から水が滴ってきた。私は頭から水をかぶったのだ。
「パト…リシア…様」
ナイセル伯爵令嬢は目を見開き、唖然としている。
正直私も驚いている、まさか水をかけてくるとは思わなかった。自らかぶって被害者ぶるのかと思ったから、私がぶつかった事にしようと思っていたのに…
まあ、首を突っ込んだからにはそれ相応の態度を見せないと
「ふふ、ちょうど頭に血が上っていたの、冷ましてくれてありがとう」
水で崩れた髪をかきあげ、あえて笑顔をみせる。
「楽しそうな話をしていたわね。私にも聞かせてくれない?」
「い、いえ大した話は」
聞こえていなかったと思ってるんだろうな。
「そう、私から一つだけ言っておくけど、エレノアとは私が婚約する前からの友人なの。どういう意味かは分かるわね?」
カイルに近づくために、私に取り入ったなんて事実無根だ。意味が分かったのか、三人の顔色は血の気が引いていく。取り巻きの二人、見覚えがあると思ったらいつぞやの、アリシアを泣かせた二人だ。
「あなたたちは、王太子妃の友人に手を上げようなんて愚かな真似をしたのよ」
結婚している訳じゃないから、王太子妃ではないけどけど、ここまで言えば二度とこんな事はしないだろう。
「あら、どうしたの?顔が冷たいわ。水のお礼に熱いお湯をかけてあげましょうか?」
ナイセル伯爵令嬢の頬に触れて、微笑む。恐怖を与えるにはこれぐらいやらないと
「も、申し訳ありませんでした」
身体をビクつかせ、たじろいだ後、走って逃げてしまった。
ドレスにヒールでよく走れるな。まあ、そんなことはどうでもいいか、今はエレノアが心配だ。
「エレノア、大丈…」
振り返って、エレノアの顔を見ると涙を堪えている顔をしていた。
「エレノア、少し外の空気を吸いに行きましょう」
エレノアの手を引いてバルコニーへ出る。幸いと言っていいのか分からないが、水は頭から被ったからスカートは濡れていないし、床も大丈夫だった。
「水はかかっていない?」
「…はい、大丈夫です…申し訳ありません。私のせいで」
エレノアはドレスの裾を掴みながら、プルプルと震えている。
「平気よこれくらい。あなたのドレスが汚れなくて良かった」
「パトリシア様…」
綺麗なローズクォーツの瞳から涙が溢れる。
ドレスが濡れてなければ、抱きしめてあげたいところだけど…私はハンカチでエレノアの涙を拭く。
「濡れたままこんな所にいたら風邪引くよ」
「タオル借りてきた」
セシルとエリオットがやって来た。
「姉さんはエレノアにハンカチを貸すのも良いけど、まずは自分に使いなよ」
セシルがハンカチを貸してくれて、肩に上着をかけてくれた。
「髪崩れるかもしれないけど、風邪ひくよりはいいよね」
エリオットが頭を拭いてくれている。
「二人ともありがとう。ところでカイル様とミシェルは?」
私はセシルから受け取ったハンカチでドレスを拭く。
「二人は…」
エリオットが遠い目をしているとカイルとミシェルが来た。
「ご令嬢達には私から話をしてきたよ」
「トリシャちゃん、僕のハンカチも使って」
私があれだけ怖がらせたのに、カイルは何を話してきたんだろう。
「エレノア、今後はすぐに助けを呼ぶんだよ」
「そうよ、エレノア。あなたは私に初めてできた大切な友人なの。エレノアが傷つくところは見たくないわ」
エレノアはこの世界に来た年にできた初めての友人。原作のような気の強さはなくなったが、正義感が強くて、周囲に気を配れる良い子だ。
エレノアが瞳を輝かせて、私に抱きついてきた。
「エレノア、ドレスが濡れちゃうわ」
せっかく水がかからずに済んだのに…まあいっか
「…私…私、パトリシア様のことお慕いしています」
可愛い、いつかセシルもこんなふうに思いを伝えるのかな?
「私もエレノアのこと大好きよ」




