75 悪役令嬢と舞踏会
カイルから聞いてはいたが、本当に舞踏会の招待状が届いた。今回はお城で開かれるものではなく、クランプトン伯爵家主催のパーティーだ。ステラにお礼を言わないと。
私はもう社交界には出たくないのだけれど、もう少しで社交シーズンも終わるし頑張るしかない。
「お嬢様、カイル様がいらっしゃいました」
そうだった、婚約者として公表された以上はパートナーとして務めないといけないのか
「パトリシア、今日も綺麗だね」
カイルは私の手を取ると手の甲にキスをしてきた。
「さあ、行こうか」
馬車に乗ると、カイルは隣に座ってきた。
何で隣に座るんだろう、しかも何か近いしニコニコしながらこっちを見てるちょっと怖い。
気まずい…とにかく、何か話さないと
「カイル様、今日は雰囲気が違いますね」
何が違うんだろう…あ、服装だ。いつもは白い礼服を着ている事が多いのに、今日は深い青色に金色の装飾がついたものを着ている。
「君色に染まるのもたまには良いかなって」
カイルは首から、私があげたネックレスをチラッと見せながらそう言った。
君色って何のことだろう?それにしても、本当にネックレスを気に入っているんだな。
舞踏会か…誤解が解けたとはいえ、悪い事を言われることだってあり得る。それに、あんなことが起きた後だからこそ私の言動や行動に注目が集まる。…緊張してきた。
「大丈夫、私がついているから」
カイルが私の手を握り、微笑む。
「ありがとうございます」
何故分かったんだろう。声に出したつもりはないんだけど、でも少し緊張が和らいだ気がする。
「着いたみたいだね」
馬車がゆっくりと停まった。今の今までカイルに手を握られていた。
「お手をどうぞ、お姫様」
少し鼻につくぐらいキザだけど様になっているな。私はカイルの手を取ってゆっくりと馬車から降りた。
「カイル殿下、フローレス公女様。お越しいただきありがとうございます」
「お招き頂きありがとうございます」
クランプトン伯爵に挨拶を済ませると、ステラがやって来た。
「パトリシア、カイル様。今日は楽しんでいってください」
「ステラ、先日はありがとう。あなたと友人になれて良かった」
「私もパトリシアと友人になれて良かったって思ってるの。だから、困ったことがあったら相談してね」
もしかしたら、この舞踏会自体もステラが私のために開いてくれたのかな?何て思っていたりする。
エリオットとミシェルを見つけ、挨拶をしに行こうとするとカイルもついてきた。
「トリシャちゃん…とカイル様」
「パトリシアはカイルと一緒に来たの?」
ミシェルとエリオットも私達に気づき、こちらに来てくれた。
「ええ、一応婚約者だから…」
「一応?」
カイルに片手で両頬を掴まれている。痛くはないけど、何が気に障ったんだろう。
「それにしてもカイル様、その礼服の色似合いませんね」
ミシェルは笑顔でそう言った。王子相手に遠慮がないな。
「ミシェル失礼だろ。こういうときは社交辞令で似合うと言っておかないと」
フォローを入れようとしたエリオットも、なかなか失礼な事を言っているような。
「パトリシア…本当に似合ってない?」
カイルが珍しく、しょんぼりしている。
「見慣れないだけで、似合わないわけではないですよ」
そもそも、この顔なら何を着ても似合うだろう。
「良かった…ほら、パトリシアは似合うって言ってくれたよ」
似合わないわけではないとは言ったけど、似合うとまでは声に出していない。カイルは先程までシュンとしていたのに、急に自信を取り戻したのかキラキラとした笑顔に変わった。
「トリシャちゃん、カイル様に気を使わなくていいんだよ」
「パトリシアは社交辞令が上手だね」
そんなつもりで言ったわけではないんだけど、話の流れ的にそう思われても仕方ないか。カイルがどんな顔をしているのかが怖くて見れない。
「始まるみたい」
エリオットがそう言うと、クランプトン伯爵が挨拶して、その後演奏が始まった。
「パトリシア、私と踊ってくれますか?」
「はい、お願いします」
人前で踊るのは久しぶりとはいえ、しっかり練習もしたし大丈夫だろう。
「パトリシア、上手だね」
「セシルと練習してますので」
「セシルと!?…そっか。パトリシア…今後は私と練習しよう」
カイルが真っ直ぐと私を見ている。
「いえ、大丈夫です。セシルの練習も兼ねてますし、カイル様のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
ただでさえ肉体的に疲れるダンスの練習で、精神的にも疲れるようなことは避けたい。
「パトリシアの婚約者は私なのだから、それに今後こういった機会も増えるし、私と練習するのが最適だと思うんだけど」
確かに、婚約者でいる限りはカイルと踊る機会は少なくない。慣れておくに越したことはないのかな?
「…考えておきます」
「トリシャちゃん、僕とも踊ってくれる?」
カイルとのダンスが終わると、ミシェルにダンスを申し込まれた。
「トリシャちゃんと踊れるなんて夢みたいだよ」
「ふふっ、大袈裟ね」
ミシェルはセシルと背丈が近いからか、カイルと踊ったときよりも踊りやすい。
「大袈裟じゃないよ。僕はずっと、トリシャちゃんと踊りたかったんだよ」
ミシェルは嬉しそうに笑った。ミシェルがそんなにダンスが好きだったなんて…ちょっと意外かも。
「パトリシア、俺と…踊ってほしい」
顔を真っ赤にしたエリオットにもダンスを申し込まれた。
ダンスを申し込むのってやっぱり緊張するんだな。
「今日は髪を上げているのね」
少し前まで目つきを前髪で隠していたのに…
「…変かな?」
「ううん、似合ってるわ」
エリオットは険しい顔をあんまりしないから、全然怖くないし顔も整っているから、くだらない噂を流した人達は後悔しているんだろうな。
「…ありがとう。こっちの方が、パトリシアの顔が良く見えるよ」
エリオットは伏し目がちに笑う。私は思わず目を逸らしてしまう。
ダンス中は目線は真っ直ぐじゃないと…やばい、足がもつれちゃった
「痛っ」
「ごめんなさい」
エリオットの足を踏んでしまった。練習でも足を踏んだことなんてなかったのに
「大丈夫、エリーゼとのダンスで踏まれ慣れているから」
フォローしてくれているんだけど、踏まれ慣れているのか…
「エリーゼは踵で思いっきり踏んでくるんだ」
エリオットは遠い目をしながら笑う。私はつま先で踏んでしまったが、条件反射で痛がったわけではなさそうだし、エリオット足が心配だ。
「エリオットは背が高いものね」
カイルも高いけど、エリオットの方が数センチ高い。エリーゼと踊るとなるとかなりの身長差になるだろう。
エリオットとのダンスが終わると、カイルが腕を掴まれた。
「私と踊っているときよりも、楽しそうに見えたんだけど」
目を少し逸らし、唇を尖らせたカイルは拗ねた子供のようだ。
「カイル様とは…緊張してしまって」
私はそう言って、恐る恐るカイルを見上げる。
実際、ミシェルやエリオットと踊ったときは緊張しなかったし、楽しかった。
カイルとは粗相をしてしまったらどうしようとか、不安もあった。
「…ふふ、そっか。今日はもう誰とも踊らなくて良いから、私の近くにいるんだよ」
カイルは機嫌が直ったのか、ニコニコと笑う。王太子がこんなに感情が顔に出ていて大丈夫なのだろうか…




