難易度高め
フリントと別れ、私達はそのまま教会へと向かった。
先程までフリントの反応がおかしくて笑っていたけど、教会が近づくにつれて段々と落ち着いてきた。
確か、メロウちゃんの話では、ウィスタリアは夕方頃まで教会にいるらしい。
別に今日は絶対に会いたい!と意気込んで来た訳じゃないけど、まぁ、折角女の姿になってるから、この姿の私を見て、ウィスタリアがどんな反応をするのかは正直気になる。
だって、私の恋愛事情って考えてみれば最初からかなり詰んでるんだよね。前世の私が好きだったのはゼニス。
彼は、本当に大好きな推しだった。もちろんこの顔も好きだし、ゼニスの優しい性格も好き。
こんな人が現実にいたらいいのに、なんて何度思った事か。
なのに、いざ転生したら、ヒロインでも悪役令嬢でも、女の子でもない。推しのゼニスになっていたのだ。
いや、私、推しになりたいんじゃないのよ。本来なら推しのゼニスと恋愛したかったの!
なのに、自分がゼニスになったらどうしようもないじゃん!!
そんな夢も、希望もない私の前に最近現れたのが、このウィスタリア。
見た目はかなり好みだし、穏やかで優しい。それに今のところ、まだ好きな人もいないらしい。そう考えると、かなり有力なんだよね。
それにウィスタリアの好みは、確か穏やかで可愛らしい女性。
だったら今の私なら、少しくらい期待してもいいんじゃないだろうか?
「ルビ様?」
「ん?」
「先程から静かなので、どうされたのかと」
「ちょっと考え事してた」
「そうなんですね」
メイとそんな話をしていると、大きな白い教会が目の前に見えてきた。
「わぁ、大きいね」
「王都では一番大きな教会ですから」
早速、大きな扉を開けて中へ入れば、外よりも少しだけひんやりとした空気が頬に触れた。
高い天井に色鮮やかなステンドグラス。
そこから差し込んだ光が、白い床を赤や青に染めていて、その奥には大きな女神像が置かれている。
「綺麗……」
思わず足を止め、天井を見上げる。
やっぱり何度も思うけど、こういう景色を見ると本当にファンタジーの世界なんだなぁって実感する。
暫く教会の中を眺めた後、ふと思い出して辺りを見回した。
右、左、奥。
「……いないなぁ」
「ウィスタリア様ですか?」
「うん……って、何で分かったの?」
「やっぱりウィスタリア様に会いに来られたんですね」
「あ」
しまった。
「違うよ?教会も見たかったし、ウィスタリアはついでだからね?」
「はい」
その目は、絶対信じてない。
そんな話をしていると、教会の奥から何人かの神官と一緒に歩いて来る美しい銀色の長い髪が目に入った。
「あっ」
いた!
思わず声が出て、慌てて口元を押さえた。
あれは、間違いなくウィスタリアだ。神官と何やら話をしながら歩いている。
長い銀色の髪に紫色の瞳、やっぱり改めて見ても綺麗な顔をしている。
「ルビ様」
「何?」
「見過ぎです」
「え?!」
いかんいかん、ジロジロ見ていたら変な人だと思われるかもしれない。気をつけないと…。
ちょうど神官との話を終えたウィスタリアが、こちらへ向かって歩いて来た、今の私は女。
しかも、さっきのフリントの反応を見る限り見た目は完璧なはず!
ウィスタリア、少しくらいこっちを見たりするかな。
なんて淡い期待をしていたけど、彼はそのまま普通に私達の前を通り過ぎていく。
「……」
え?
思わず、振り返る。え、普通に行っちゃったんですけど?!
「メイちゃん」
「はい」
「今、私のこと見てた?」
「……いえ」
だよね?!いや、知らない女性をいちいち見るような人じゃない方がいいよ。むしろ、その方がウィスタリアらしくて好感が持てる。
でもさ、さっきフリントにあんな反応された後だから、ちょっとくらい期待するじゃん。
なのに、素通り?ありえないでしょ?
「……ちょっと、行ってくる」
「え?」
「話しかけてくる」
「ルビ様?」
メイの声を背中で聞きながら、少し先にいるウィスタリアへと近づいた。
「あの!」
声をかけると、ウィスタリアが振り返る。
「はい?」
紫色の瞳が私を見た、やっぱり近くで見ると好きな顔。
「何かお困りですか?」
突然話しかけたにも関わらず、優しく微笑まれ、一瞬普通に話しそうになる。
だけど、今はせっかく女の姿なんだから、ちょっとくらい可愛くしてみてもいいはずだ。
私は両手を胸元で合わせ、少しだけ首を傾げた。
「そのぉ……私、こちらの教会に来るの初めてなんですぅ」
「そうなんですね」
「はいっ。とっても広くってぇ、どこを見ればいいのか分からなくて」
少し声を高くして、にこっと可愛く笑う。
ちなみに、私前世で別にこんな話し方をしていた訳じゃない。ただ、可愛らしい女性が好みなら、可愛く見せる努力くらいしてもいいでしょう。
「もしよかったらぁ、少し教えていただけませんか?」
「私でよければ構いませんよ」
ウィスタリアは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
お。いい感じじゃない??これは第一印象結構高いはずだ。
どうよ、と後ろで見ているメイをちらっと見ると、メイはもの凄く、いたたまれなさそうな顔をしていた。
ちょっと、目が合った瞬間、そっと逸らさないで?
私だってこんな話し方は恥ずかしいんだから!
「初めてでしたら、あちらのステンドグラスはご覧になりましたか?」
「まだですぅ」
「では、こちらへ」
ウィスタリアに案内され、そのまま隣を歩く。
「わぁ〜!本当に綺麗ですねぇ」
「建国時代を描いたものだそうですよ」
「えっとぉ、ウィスタリア様お詳しいんですねぇ。凄いですぅ」
「以前神官に教えていただいたんですよ」
「え〜!一度聞いたこと覚えてるなんて凄いですぅ」
「そうですか?」
ウィスタリアは少し不思議そうにしながらも、嬉しそうに笑った。
優しい、ちゃんと話してくれる。
だけど、何か思ってたのとは違う反応で面白くない。
もう少しだけいってみよう。
「ウィスタリア様ってぇ、お若いのに魔塔の隊長をされてるんですよね?」
「えぇ、一応」
「凄いですぅ。きっと皆さんから頼りにされてるんでしょうねぇ」
「どうでしょう」
ウィスタリアは少し考えた後、ふっと笑った。
「頼られるという意味でしたら、メロウの方が上手かもしれませんね」
「……メロウ?」
「えぇ、私の部下です。あの子は誰とでもすぐ仲良くなりますから」
え、そっち?私はウィスタリアを褒めたんだけど。
何で今、メロウちゃんの話になった?!
「でもぉ、私はウィスタリア様みたいな方が隊長だったら安心すると思いますぅ」
これならどうだ?!
「そう言っていただけるのは嬉しいですね」
にこり。
おお、普通に喜ばれた、けど何だろう。全然こっちに来ない、むしろ遠い。
「それにぃ、ウィスタリア様の髪も凄く綺麗ですよねぇ」
「ありがとうございます」
「こんなに長いのに艶々でぇ、触ってみたくなっちゃいます」
ちょっと攻めてみる。するとウィスタリアは自分の銀色の髪を一房手に取った。
「髪のお手入れがお好きなんですか?」
「……はい?」
「でしたら、魔塔で作っている香油がおすすめですよ。貴方の髪にも合うと思います」
「……」
美容情報が返ってきた。
「よろしければ、今度お渡ししましょうか?」
「あ、ありがとうございますぅ……」
違う、全然違う。私はあなたの髪を褒めたのに、何で私の髪の手入れの話になった?
意味がわからず、思わずメイを見る。
「……」
また目を逸らされた。
え……メイ、ちゃん?
ならば、もっと分かりやすく攻めてみよう。
「ウィスタリア様の紫色の瞳も素敵ですよねぇ。ずっと見ていたくなっちゃいますぅ」
これはかなり直接的じゃない?
「紫色がお好きなんですね」
「……」
「でしたらアメジストはいかがですか?魔塔に珍しい物がいくつかありますよ」
また魔塔!!何でそうなるの?!
ここまで来ると段々面白くなってきた。だったら、これならどう。
「私ぃ」
ほんの少しウィスタリアへ近づく。
「ウィスタリア様みたいに、優しくて素敵な男性って好きですぅ」
これなら、いくら鈍感でもかなり分かりやすく言ったはずだ。流石にこれは気づくよね?
ウィスタリアは少しだけ目を瞬かせ、それから何かを考えるように顎へ手を添えた。
「貴方は、優しい男性がお好きなんですね」
「はいっ」
今度こそ。
「でしたら…私の部下のニレもおすすめですよ」
「……は?」
何でニレ?!
「少々素直ではありませんが、本当はとても優しいですし、仕事も出来ます。私としてもおすすめですね」
「……」
私は今、気になってる男性から別の男を勧められてるの?しかもウィスタリアは冗談を言っている顔ではない、完全に善意だ。
「貴方のような素敵な方ならニレとも仲良くなれると思いますよ」
「そ、そうなんですねぇ……」
その瞬間、何となく全部分かった気がした。この人、もしかしてモテないんじゃなくて、今までにもいたんじゃない?ウィスタリアのことを好きになった女性が。
だけど、
『ウィスタリア様の髪、とっても素敵です』
『ありがとうございます。おすすめの香油がありますよ』
『ウィスタリア様みたいな男性が好きです』
『そうですか。でしたら私の知人に――』
「……うそでしょ」
「何か?」
「あ、いえ!何でもないですぅ!」
絶対そうだ。
この人、女性から好意を向けられても気づかないまま全部撃沈させてるんだ。しかも本人には断ってる自覚すらない、全部親切のつもり。
そりゃ恋人なんか出来ないわ。
思わずメイを見ると、目が合った。メイも困ったように眉を下げた。
……やっぱりメイも思った?
何だかウィスタリアの攻略難易度が、一気に上がった気がする。
でもこういうのってちょっと面白いかもしれない。
「ウィスタリア様ぁ」
「はい?」
「またお会いしてもいいですか?」
「もちろんですよ」
ウィスタリアは迷うことなく、優しく笑った。
「貴方とは、お話していて楽しいですから」
「……!」
そういう事はさらっと言うんだ。
本当に何なの…、
「わ、私もぉ、ウィスタリア様とお話するの楽しいですぅ」
「それは良かった」
また優しく笑う。
この人、多分本当に無自覚なんだ。
その時、
「ルビ様……」
後ろからメイちゃんに小さな声で呼ばれた。
「ん?」
振り返ると、メイちゃんが窓の外を見ている。
「そろそろ、お時間が……」
「時間?」
私も窓へ視線を向ける。先程まで明るかった空が、少しずつ橙色に染まり始めていた。
「……あ」
夕方。
あれ、待って、夕方?!やばい、目が!!
私のアレキサンドライトの宝石眼は、夜になれば赤色へ変わる。今ここで色が変わったら、王族だと気づかれるかもしれない。
まずい。
「ルビさんというのですね?」
「あっ、えっとぉ!はい、私ルビと言いますぅ」
自己紹介するのを忘れてて慌てて言えば、ウィスタリアが不思議そうにこちらを見る。
やばい、とりあえず切り上げて帰らないと。
「私、そろそろ帰らないといけないみたいですぅ」
「そうですか。では暗くなる前にお気をつけて」
「はいっ!またお会いしましょうねぇ」
「えぇ。またお会いできるのを楽しみにしています」
「……!」
またそういう事を普通に言う。
「私も楽しみにしてますぅ!」
笑顔で手を振り、ウィスタリアから見えなくなるまではゆっくり歩く。
そして教会の扉を出た瞬間。
「メイちゃん急いで!!」
「はい!」
いつもの声に戻り、メイちゃんの手を掴んで早足になる。
「目のこと完全に忘れてた!」
「私も先程気がつきました!」
「危なかったぁ!」
ウィスタリアと話す事に夢中になって、すっかり忘れてた。
でも、今日会って分かった事が一つある。ウィスタリアは、思っていたより、ずっと手強い。いや、手強いというより
「……あれ、本人が気づいてないだけだよねぇ」
「私も、そんな気がします……」
「だよね?」
思わず笑ってしまう。




