説教とひらめき
王宮に戻った頃には、空はすっかり赤く染まり始めていて、あと少し遅かったら本当に瞳の色が変わっていたかもしれない。
危なかったぁ……
ウィスタリアと話すのに夢中になりすぎて、アレキサンドライトの宝石眼が夜になると赤く変わる事なんて、すっかり頭から抜けていた。
人目につかないようにメイと王宮の裏手から入り、誰にも見つからず自室まで戻ってくると、部屋の扉を閉めた瞬間、その場で大きく息を吐いた。
「はぁ〜……間に合ったぁ」
「本当ですよぉ、私も途中で気がついた時はどうしようかと思いました」
「私なんて完全に忘れてたよ」
「殿下、早く元のお姿に戻られた方がいいですよ」
「あ、そうだった」
このまま誰かが部屋に入って来たら、それこそ何て説明すればいいのか分からない。
女物の服を脱いでから、指にはめていた性転換の指輪に触れ、石を転がせば一瞬だけ体が光に包まれ、長かった金色の髪も短くなり、体もいつもの男の姿へと戻っていく。
鏡を見ればそこにいるのは、いつものゼニス。
ついさっきまで可愛い女の子だったのに、今はもう見慣れた王太子の姿になっているのだから、本当にこの指輪は凄い魔道具だと思う。
メイちゃんに手伝ってもらい男物の服へ着替えると、疲れた体を休ませるようにソファーへ深く腰を下ろした。
「はぁ〜……疲れた」
楽しかったけど、今日は色々ありすぎた。
フリントには何故か気に入られるし、ウィスタリアには全然こっちの気持ちが伝わらないし。
特にウィスタリアは、思い出すとなんだか項垂れたくなる。私、結構頑張ったと思うんだけどなぁ……
「随分、楽しい外出だったようですね」
「……」
ふいに聞き慣れた声に、ソファーへ預けていた体が固まった。ゆっくりと顔を上げると、いつからいたのか部屋の入り口には腕を組んだニレが立っていた。
その顔を見ただけで分かる、あれは怒ってる。
「……お、おかえり、ニレ」
「ただいま戻りました、殿下」
「いつ帰ってきたの?」
「少し前です」
「へぇ〜……」
まずい。
隣にいるメイちゃんを見ると、彼女も明らかに顔を青くしていた。
「それで殿下」
「はい」
「私がいない間に、護衛も付けず王宮を出たそうですね?」
「……」
もうバレてる、早すぎ。
「メイちゃんも一緒だったよ?」
「彼女は護衛ではありません」
「はい……」
「それに姿を変えていたとしても、殿下が王太子である事に変わりはありません。もし何かあればどうするおつもりだったんですか」
「でも、何もなかったし」
「それは結果論です」
くー!ぐうの音も出ない。確かにその通りなんだけどさぁ。
ニレはその後も暫く、王太子としてもう少し自覚を持って下さいだの、一人で勝手な事をしないで下さいだの、色々と説教をしていたけど、私はソファーの背もたれに体を預けたまま別の事を考えていた。
やっぱり気になるんだよね、ウィスタリアの事。
「……ねぇニレ」
「まだ私の話は終わってません」
「ウィスタリアってさぁ」
「聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
一応聞いてる、でもこっちも聞きたい。
私はソファーに項垂れたまま、ニレへ顔だけを向けた。
「ウィスタリアって、モテないんじゃなくて女の子から好かれてる事に気がついてないだけなんじゃない?」
「……」
ニレが一瞬黙った。
「今更ですか?」
「え?」
その言い方。ということは、まさか。
「ニレ知ってたの?!」
「隊長は昔からあんな感じですよ」
「昔から?!」
「以前、女性から二人で食事に行きませんかと誘われて、他には誰を呼ぶのかと聞いていましたし」
「うそでしょ?!」
思わずソファーから体を起こした。
やっぱり!絶対そうだと思った!
「あの人、自分で気づかないうちに女の子撃沈させてるじゃん!」
「まぁ……そうとも言えますね」
「だって今日もさぁ、私結構頑張ったんだよ?」
「何をですか?」
「可愛くしたの」
「……はい?」
ニレが怪訝そうな顔をする。
とりあえず、分かりやすく説明するには、再現した方が早い。ソファーの上で姿勢を整えると、両手を胸元で重ね、教会でやったように少しだけ首を傾げた。
「ウィスタリア様ぁ〜、私ぃ、ウィスタリア様みたいな優しくて素敵な男性って好きですぅ」
「……」
一瞬、部屋の中が静かになった。
ニレは完全に固まっているし、その隣にいたメイちゃんは目を大きく見開くと、口元を両手で覆った。
「あ、あわわわ……」
「え、何?」
「で、殿下……!」
「だから何?」
メイちゃんの顔がどんどん赤くなっていく。
「今の殿下のお姿でそれをされると、その……」
「その?」
「み、見てはいけないものを見てしまったような気持ちに……!」
「酷くない?!」
確かに今は男だけどさ!教会ではちゃんと女の姿だったんだから!
「ルビの時はもうちょっと可愛かったでしょ?」
「そ、それは……」
「何その反応」
メイちゃんは目を逸らした。何なの二人とも。
ニレなんてさっきから何も言わずに私を見ている。
「ニレ?」
「……殿下」
「うん?」
「やめてください」
「え?」
「本当にやめてください」
物凄く引いた顔をしている。
「何で?!」
「王太子として恥ずかしくないんですか」
「そこまで?!いや、再現しただけでしょうが!」
酷い、そこまで言わなくてもいいじゃん。
「それで、私が髪が綺麗ですぅって言ったら香油勧められて」
「……」
「瞳が綺麗でずっと見ていたいですぅって言ったらアメジスト勧められて」
「隊長らしいですね」
「でしょ?!それで最後に、ウィスタリア様みたいな男性が好きですぅって言ったの」
「……それで?」
「ニレを勧められた」
「私を?」
「うん」
そう答えれば、ニレは何とも言えない顔をした。
「だから分かったんだよ。ウィスタリアってモテないんじゃない。女の子が好意を向けても、全部違う意味に受け取って本人も知らない間に撃沈させてるんだよ」
「まぁ、昔からそうですね」
「そりゃ恋人出来ないわ」
再びソファーに深く座り、背もたれへ体を預ける。
でも、そういうところも嫌いじゃない。
むしろ今日話してみて、思っていたより面白い人だと思った。
ただ、攻略は思った以上に大変そうだけれど。
「殿下」
「ん?」
「その前にもう一つ」
「まだあるの?」
「日が暮れる前に慌てて戻って来られたそうですね」
「……メイちゃん?」
隣を見ると、メイちゃんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「す、すみません……」
全部話したな。
「アレキサンドライトの宝石眼が夜になると赤く変わる事くらい、殿下もご存知でしょう」
「知ってるよ。忘れてただけ」
「忘れないで下さい」
「だってウィスタリアと話してたら楽しくてさぁ」
「理由になりません」
また怒られた。でも、確かにこれは困る。
ルビの姿で外に出る度に、日が暮れる時間を気にして帰らなきゃいけないなんてとても面倒だ。
「……だったらさぁ」
「何ですか」
「ニレが作ってよ」
「何をです?」
私はソファーから顔を上げ、自分の瞳を指差した。
「夜になっても目の色が変わらない目薬」
「……目薬?」
「そう!昼間の青緑色のままに出来れば、夜になってもルビの姿でいられるでしょ?」
ニレは一瞬黙り、何かを考えるように顎へ手を置いた。
「性別まで変えられる魔道具を作れるんだから、目の色くらい何とかならない?」
「……」
「どう?」
暫く考えていたニレが、ふっと顔を上げる。
「いいですね、それ」
「でしょ?!」
思わずソファーから身を乗り出した。
「瞳そのものを変える必要はありませんし、光による変色だけを一時的に抑えるなら出来るかもしれません」
「やった!」
これなら夜の街にも行ける。
ウィスタリアと会っていても、時間を気にしなくて済むし。
「ただし」
「……何?」
「それが出来ても、勝手に王宮を抜け出していい事にはなりませんからね」
「分かってるって〜」
「分かっている人は今日のような事をしません」
「はいはい」
また怒られた。だけどニレはちゃんと目薬は作ってくれるらしい。それだけで十分だ。
ふと隣を見ると、メイは私とニレを交互に見ながら困ったような笑みを浮かべていた。
それがなんか可愛くて、ふふッと笑えば鋭い目をしたニレに睨まれた。
「……殿下」
「ん?」
「反省は……?」
「……」
あぁ、そうだった。私、まだ怒られてたんだった。




