本当の名前
それから暫くして、メイが何着かの洋服を両手に抱えて戻ってきた。
「お待たせしました、殿下!」
「おぉ〜!結構持ってきたね」
「どれが殿下に合うか分からなかったので、何着か持ってきました」
ベッドの上に並べられたのは、淡い黄色や水色、白色と、どれも街中で着ていても目立たなそうな洋服ばかりだった。その中から白いブラウスと淡い水色のスカートを手に取った。
胸元に小さな白いリボンがついていて可愛い。
「これがいい!」
「はい!私もそれが一番お似合いになると思います」
「ふふ、じゃあこれにする〜」
メイに手伝ってもらいながら、ダボダボの男物の服を脱いで女物の服へと着替えていく。
それから長くなった金色の髪も綺麗に梳かしてもらい、左右から少し髪を取って後ろで結んでもらった。
最後に白いリボンを付けてもらえばこれで完成。
さっそく鏡の前に立ち、くるりと一回転すれば、ふわっと水色のスカートが広がった。
「おお、可愛い〜!」
「はい!とっても可愛いです!」
「やっぱり女の子の服っていいねぇ」
前世では当たり前のようにスカートやワンピースを着ていたけど、この世界に来てからは当然ずっと男物。
まぁ、ゼニスだから当たり前なんだけど。
でも、久しぶりにこういう服を着ると何だか懐かしい。
それに鏡の中に映る自分の顔はやはり美しい。元々、前世の私が大好きだったゼニスの顔なのだから当然と言えば当然だ。
それが女の子になって、可愛い服まで着ている。
……うん、流石私の推し!いや、今は自分の顔なんだけど。
「殿下、そろそろ参りますか?」
「うん」
メイと一緒に人通りの少ない廊下を抜け、そのまま王宮の裏手にある出入口から外へ出る。
一歩外へ出た瞬間、何とも言えない開放感に自然と口元が緩んだ。
「うわぁ〜……!」
「殿下、あまり大きな声を出さないで下さいね?」
「あ、ごめんごめん」
いつもゼニスが外に出る時は、護衛が何人もついて来るから、街へ出ればすぐに周りからゼニスだと気づかれてしまう。
でも今日は違う。すれ違う人達は誰一人、こちらに頭を下げることもなく、普通に横を通り過ぎていく。
「メイちゃん、凄いね」
「何がですか?」
「誰も私に気づかない」
「まぁ……そのお姿なら、流石に分からないと思います」
「だよねぇ」
なんだかかなり楽しい。
こうして普通の女の子として街を歩くのなんて、前世ぶりだ。推しに転生して絶望していたけど、まさかこんな日が来るなんて…。
ニレに感謝しないといけない。ニレ、ありがとう。
「今日は何処へ行かれるんですか?」
「ん〜、そうだなぁ。とりあえず教会かな」
「教会ですか?」
「うん!」
だってウィスタリアは今、教会にいる。
……いや。
別にウィスタリアに会う為だけじゃないよ?
折角街に出たんだから、教会を見て、その後はお菓子でも食べて、メイと可愛いお店も見て回りたい。
そのついでに、ウィスタリアに会っとこうくらいの感覚だ。
そんなことを考えながら、メイと並んで街を歩いていた時だった。
人混みの中から歩いてくる一人の少年が目に入った。
黒い髪に赤い瞳、そしてやけに見慣れた顔。
「……え」
思わず足を止め、メイの腕を掴んだ。
「殿下?」
「メイちゃん、前を見て」
「え?」
私の視線を追い、メイも前を見る。
「……!」
そして彼女も私と同じように固まった。
それもそのはず、前から歩いて来るのは、従兄弟のフリントだったのだ。
何でよりにもよってこんな時にいるわけ?!
今の姿なら絶対にゼニスだとは気づかないと思うけど、出来れば今は、知り合いというか親戚とは会いたくない。
「ちょっと、ごめんね」
咄嗟にメイちゃんの後ろへ隠れ、そのまま顔を逸らす。
お願いだから、このまま気づかず通り過ぎてくれ。
今日はそのまま行って、そう願っていた。
「おい」
しかし、願いとは裏腹に、やけに聞き慣れた声が聞こえた。
……終わった。
恐る恐る顔を上げれば、フリントはメイを見ながらこちらへ歩いて来ていた。
「ちっこいの、じゃない。メイだったか?こんな所で何してんだ?」
「あ……」
話しかけられたメイが困ったように私を見た。その時、フリントの視線もメイの視線を追って私へ向いた。
「……」
と、思ったら急に黙った。
さっきまでいつもの調子で歩いて来ていたのに、その場でぴたりと止まって私の顔をじっと見ている。
「……?」
何?そんなに見て。……は!まさか気づいた?
そう、一瞬不安になったけど、フリントの顔を見ているとどうも違う。
赤い、ガーネットの瞳を少し見開いたまま、何故か私の顔から目を逸らさない。
そして、何故か段々と頬まで赤くなってきた。
「……フリント様?」
メイに名前を呼ばれ、フリントはハッとしたように瞬きをする。
「お、おう」
なになに?どうしたの?何か凄く変だ。
普段だったら、もっと遠慮なくズカズカ話してくるはずなのに、やけに大人しい。
「……その子」
フリントは、私を見ながら少しだけ気まずそうに髪を掻く。
「誰だ?」
「え?」
「いや、だから……お前と一緒にいる、その子」
やっぱり私がゼニスだとは気づいてないようだった。
それなら安心だけど。
「そ、それは……」
メイがまたこちらをちらりと見る。
え、どうしよう。何て説明する?
侍女であるメイと一緒にいる時点で、フリントに変に思われる可能性がある。
私としたことが、まさかフリントと会うなんて思わず、なにも考えてなかった。どうしようと頭を悩ませていると。
「わ、私の友人です!」
突然メイが大きな声を上げた。
「……友人?」
「はい!今日はお休みを頂いておりまして、友人と一緒に出掛けているんです!」
「へぇ……」
メイの咄嗟の起点により、なんとか誤魔化すことには成功できた気がする。しかし、フリントはもう一度メイを見た後、また私を見た。その度に少しだけ視線が泳いでいる。
な、何だ?本当にフリントの様子がおかしい。
「この辺じゃ見ねぇ顔だな」
「そう、ですか?」
「あぁ」
また見てる、というか…私を見て赤くなってない?
いやいや…まさかね?
そう思った瞬間、ふと鏡で見た自分の姿を思い出した。
女になった私は、男の時よりお母様によく似ていた。
目の色は違うけれど、特に目元や口元は似ている。
──そういえば、
フリントの初恋って、お母様だったよね?
「……」
いやぁ、まさか…いやいや。
でも、フリントと目が合った瞬間、また顔を逸らされた。これってもしかして、私に惚れた?
そうだとしたら、何だか笑いそうになる。
「お前、名前は?」
「え?」
「名前だよ」
今度はぶっきらぼうに聞かれたけど、耳が少し赤い気がする、こんなフリント初めて見た。そして、見たくない気もする。
「名前……」
そういえば何も考えてなかった。そのままゼニスって言う訳にはいかないし、適当に考えようと思った時、ふと懐かしい名前が頭に浮かんだ。
この世界に来る前、前世でずっと呼ばれていた私の名前だ。
「……るびです」
「ルビ?」
「はい」
前の名前を、口にすると何だか不思議な感じがした。
ゼニスになってから、もうずっと呼ばれていなかった名前だけど、前世の母がつけてくれた大切な名前。
「ルビか……」
フリントは小さく名前を繰り返す。
「いい名前じゃん」
「ありがとうございます」
うわぁ、何、その笑顔は?
あんた、いつもそんな優しげに笑わないじゃん。
「俺はフリント」
「存じています」
「知ってんの?」
「ガーネット公爵家は有名ですから」
「まぁな」
そう答えれば、フリントはどこか嬉しそうに笑っている。それにしても、やっぱり変。普段のフリントを知っているから余計に面白い。
「それで、二人でどこか行くのか?」
「はい。これから教会に行くところです」
「そっか」
そう言いながら、フリントは何故かすぐにはその場を離れようとしない。
「……」
「……?」
何?用事があるんじゃないの?
じっと見ていると、フリントは少し気まずそうに目を逸らした。
「……じゃあ俺、もう行くわ」
「はい」
数歩歩いた所で。
「ルビ」
突然名前を呼ばれ、顔を上げる。
「はい?」
「……またな」
「はい。また」
そう返すと、フリントは少しだけ笑って今度こそ歩いて行った。完全に姿が見えなくなった所で、私は小さな声で話しかけた。
「メイちゃん」
「はい」
「今のさ」
「……はい」
「フリント、絶対私に惚れたよね?」
メイは少し、困ったような笑顔を浮かべた。
「……多分」
「だよね?!」
思わず声が大きくなり、慌てて口元を押さえる。
まさか、女になって最初に気に入られた相手が従兄弟だなんて。しかも多分、私がお母様に似ているからだろう。
「ふふっ……」
駄目だ、考えたら面白い。
しかも、たまたま会ったのがフリントっていうのも面白い。
「本人が知ったらどうするんだろう」
「何をですか?」
「ルビが私だってこと」
その瞬間、メイは何とも言えない顔をした。
「……それは、知らない方がよろしいかと」
「私もそう思うよ」
流石に叔母が初恋で、また恋に落ちたら実はゼニスでした、なんて言われたら可哀想だもんね。うん。これは黙っておこう。
「よし!」
気を取り直し、遠くに見える白い教会へ顔を向ける、
「じゃあ、今度こそ教会行こ!」
「はい!」
思いがけない出来事はあったけど、今日の外出はまだ始まったばかりだ。私はメイと並び、再び教会へ向かって歩き始めた。




