トンネルを抜けるとそこは…1
月の裏側57万6千㎞彼方の宇宙空間からアステロイドベルト手前まで続くベタ黒一色の火飛びトンネルを抜けると目の前には大小に輝く星の帯が見えてくる。
「きれいね、宇宙空間では星は瞬かないと聞いたことがあったけどピカピカと光ってるじゃない、やっぱり自分の目で確かめないと信じちゃいけないこともあるんだね」
アイリーンが感嘆と疑念の声を漏らす。
〈こんな風に光って見えることはないはずなんですけど、変ですね〉
スターキッドAIもアイリーンの言葉に引かれて現実を見落としてしまった。
「えーっ、大気の無い宇宙空間では星は瞬かないって学校で習ったよ、だからあれは星の光じゃないと思うなあ、宇宙ホタルだよきっと」
昴くんが中学生らしい夢を言う。
「昴くんの言う通り星は瞬かない。この辺で宇宙ホタルを見たという記録もない。だったらあれは…」
九論が『何だろうな』と言い掛けた時に基地からのシグナルを受信した。
「リアルタイム通信可能領域に入りました。アイリーンさん呼び掛けお願いします」
新月さんが地球防衛基地オビス司令官に通信を送るように言ってくる。
「大丈夫よね、メールも貰ってることだしオビス司令官は姑息な事をしない人だと信じるわ、基地を破壊したのはうちじゃないって直接言いたいし、ピカピカ光っている事とか、地球から救助した避難民の事も聞かないといけないわ、他にも聞きたいことが色々あったような気がするけど今は無理に思い出さなくてもいいわよね」
〈基地にあったアイリーンの専用個室がまだあるのか聞いたらどうですか、でも、立ち寄ってそのまま帰ってこなくなったりしたら嫌ですからね〉
「バイオキッドとの思い出が詰まった場所よね、今もそのままだったら何か記念になるものを持ってこようかしら」
「カメちゃんも一緒だから帰ってこなくてもAIが淋しがることはないだろうよ」
九論が冷やかすように言う。
〈九論が作ってくれたんだから感謝してますよ、でもカメちゃんって呼び方は酷すぎないですか、それに寂しいんじゃなくて誰も居ない所で一人で居ると長い間ドロンパ号の中に飾られていた頃とか日本支部の駐機場でスクラップの様に隠れていた時の記憶がちらついて心身症になりそうなんです〉
「すごいね、スターキッドくらいの高性能AIになると恐怖を感じるし病気もするんだ」
昴くんがAIのジェンダー問題にならないように、でも変な風に感心した。
アイリーンはスターキッドAIの音声が流れ出てるスピーカーを横目で睨んだきり何も言わない。
(こいつは人間以上に感情豊かなのよって何時か昴くんにもしっかり教えないといけないわね)
「今からライフスターを呼び出すから静かにしてね、あー、あー、となりのかきはよくきゃきくうかきだ、まだ口の中が酸っぱくて上手く早口言葉も喋れないわ」
「アイリーンさん、その早口言葉は間違って覚えてますよ?正しくは『隣の客はよく柿食う客だ』ですからね、おまけに噛んでましたわね」
(柿が客を食ったりしたらオカルトもいいところじゃない)
新月さんが笑顔で指摘してくる。
「全部Aちゃんのお任せメニューで出てきた酸っぱ過ぎるカレーライスのせいなんだからね」
アイリーンは新月さんに酸っぱい顔をして見せながら弁明した。
〈アイリーンは何かボーッとしている時が増えているので疲労回復と目覚まし効果を狙ったオリジナルカレーだったんですよ~、それで口の中がしびれるって不思議ですよね〉
スターキッドAIは自分の正当性を主張してみる。
アイリーンはこれ以上構っていられないと思い通信機に手を伸ばす。
「こちらは、スターキッドキャプテンアイリーン、ライフ…じゃなかった、東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地航空管制官応答どうぞ…」
(やっぱり、どう考えても長ったらしい名称よね…返事、来ないし、何回もこんな名前で呼び出したくないわよ)
「宇宙基地管制官応答願います」
アイリーンは根気強くともいかず2回目から短縮して呼び出す。
「………」
(次呼んで応答がなかったら帰ろうかしら)
「メーデー!・メーデー!・メーデー!」
宇宙基地管制官から返事が帰って来たけどアイリーンはポカンとした。
「ねえ、5月1日がどうのって言ってるみたいだけどなにかしら…」
アイリーンがみんなの意見を聞こうとする。
「「助けを求めているのよ!」」
アイリーン以外の全員がその意味に気付きバタバタと定位置に戻って機器の操作を始めた。
「あのでかい基地が攻撃を受けてるとでも言うの?」
アイリーンには想像がつかない。
(あり得ない事なんじゃない?)
皆の緊張感が伝わってくる。
昴くんまでもが敵味方識別装置を操作し食い入るように見ている。
「昴くん敵の撹乱があった場合はその装置を信用するのは危険よ、味方側の信号を発信している可能性があるわ」
新月さんが敵味方識別装置の弱点を昴くんに教えた。
〈基地の防衛艦隊に混じって戦艦マリンも戦闘してます〉
スターキッドAIが少し甲高く報告してくる。
(Aちゃんまでが緊張してる危ない状態になってるんじゃないでしょうね)
〈ガルメニ艦隊です。基地がほぼ包囲されてます。敵艦隊勢力は戦艦12隻、巡洋艦36隻小型艇約400機です。このまま突っ込んで撹乱しますか〉
(Aちゃんがあまりの出来事で錯乱しちゃったりしてないでしょうね)
「そんなことしないわよ!」
アイリーンは急場での状況判断が早い、火事場の馬鹿力みたいなものかも知れない。
(でもどうしたらいいのかしら、何かいい手を考えないといけないのだけど…ポクポクポク…どうして何も出てこないのよ)
「トンネルに戻って、大至急!」
昴くんの発言に皆が驚く。
「逃げるっての?!」
アイリーンは非難の声を上げる。
「違う!向こう側の入り口にドライアイスメテオがまだ浮かんでたよね、それをこっちに引っ張って来てあいつらにそのままぶつけるってイメージが頭の中で流れている…これってスライムのイメージかなあ」
「スーちゃんが…どうかしちゃったの?」
(そうか、その手は使えるな)
九論は1人、納得した。
「やり方は後で説明する、このまま突っ込んでも袋叩きに合うのは間違いない。だからドライアイスメテオの所まで急いで戻るぞ」
九論がいきなり言い出す。
「トンネルを使って往復するとして、どんなに早く見積っても8時間は掛かるわ、ライフスターは持ち堪えてくれるといいのだけど…ねえAちゃん大丈夫よね」
〈どうでしょう、基地の防衛能力とかは絶対機密事項になってるから僕が喋ったらアシュラから絶交されると思うんですよね、だから答えられないかも、九論はどう考えますか〉
「私には守秘義務はないが答えを出せる程の情報もないな、こういう事はやはりエージェントをやっていたピエロ君に聞くべきだろう」
九論はピエロに目配せする。
「やはりそうなりましたか仕方ないですね、居候の身ですので私の情報はその対価として、何時でも何処でもなんぼでも提供しますよ、アイリーンさんがライフスターと呼んでいる東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地は居住目的の直径50㎞の人工惑星です。居住目的ですから攻撃と防衛設備はありません。それらは全て9艦隊からなる宇宙艦隊で行います。本来ならばですね、今回は守備1艦隊と攻撃1艦隊の2艦隊のみ残して他は全部ドライアイスメテオ作戦に出向きました。特に今はルナターミナルで宴会の真っ盛りです。このタイミングは偶然にしては出来過ぎていますので用意周到な計画の元で実行されているものと思います。当然下準備のために大勢の諜報員や工作員が投入されていたでしょうね、それに宴会中とはいえ連盟艦隊に全く動く気配がありません。これも基地からの情報が届かないように遮断されているからだと思いますよ」
ピエロの長い話を聞いてるうちにトンネル突入への秒読みが始まりスターキッドAIの操縦による慣性航行に移行する。
「止めてー!」
新月さんが叫んだ。
「急ブレーキ!!」
アイリーンも叫んだ。
(本当はブレーキなんか無いんだけどね)
〈キキキキーッ…止まりましたよっと!〉
スターキッドAIがジョークを合わせてくる。
トンネル入り口が空間の歪み見たいな形をして目の前に存在してた。
〈危ないことしないで下さいよ!トンネルの中で止まったりしたらどこか別の場所へ弾き飛ばされるところでしたよ〉
スターキッドAIは新月さんの叫び声を聞いて直ぐ逆噴射をしていた。
〈お、驚いたなぁ…命令される前に動いたのバレてないよね〉
「新月さん、いきなりどうしたのよ」
アイリーンも少し青い顔をしている。
「トンネルの向こう側にあった生成途中のドライアイスメテオ、あれはアリオン艦長がトンネル正面へ移動したんだと思いますわ、こちら側に引っ張って来るつもりだったのでしょう、基地へ持って帰りたかったのかも知れませんわねアイリーンも見てますよね」
「もちろんよ、相当邪魔な位置にあったじゃない、一瞬トンネル入り口が塞がれているんじゃないかと思ったわ、うちは向こうに行ってから4つ位に割って引っ張って来ようと思ったんだけど」
「そうか分かった、トンネル内で急激な状態変化を起こすと別の場所へ飛ばされる。その分トンネル内の空間密度が減少するから、出入り口から吸引しようとする力が発生する、その時こちら側の口を塞ぐと反対側だけで吸引を始めるのじゃないかな、ドライアイスメテオを丸々トンネルに吸い込ませその時に発生する慣性力を利用して基地まで移動させる。中々の考えだと思うな。何か放り込む物と塞ぐ物を探さないとな」
九論が新月さんの考えている事を解説した。
「アリオン艦長たちはトンネルを出たところで基地が攻撃を受けていることを知ってドライアイスメテオのことは後回しにして基地へ急行したのだと思います」
新月さんは九論の言葉を補足する。
「放り込む物はその辺の隕石でいいのでしょう、塞ぐ物ってアリオン艦長はどうするつもりだったのかな」
昴くんも自分が思っている事を躊躇わず口に出す。
「あっちは戦艦だから小型機回収用の緩衝ネットを重ねたりして引っ張って来るつもりだったんじゃないかなあ、ねえピエロ緩衝ネットって少しなら積んでたわよね」
アイリーンも負けじと参加する。
「個人用のカプセル積み込んだ時に使用頻度の低い物をアイリーンの許可を得て売ったリストの中に緩衝ネットもありましたね」
「げっ!世の中って得てしてそんなもんよね、手放した途端必要になるのだから」




