87.新たな旅立ち 2
アイリーンは思い切ってピエロに問いただす。
「ピエロ酔ってない、なんかそんな気がするのだけど」
「酔ってなんかいませんよ、確かに低濃度のアルコールを飲みましたがそれは脳を活性化させるためなので~す」
ピエロは悪びれた様子など微塵も見せない。
アイリーンは開き直ったピエロは放っておいて、操縦席で大きく伸びをする。
(まあ、ピエロはうちの部下でも何でもないし迷惑掛けないなら放置でも良いのかも知れないわね、他の皆もそうしてるみたいだしさ)
「そうなのね、うちもそろそろ寝ようかしら」
「さっき目を覚ましたばかりでしょう」
新月さんは呆れながら聞き返す。
「そうだっけ、なんだかひたすら眠いわ昴くん後は任せたから、おやすみ…」
「愛鈴は寝過ぎて眠いんだと思うよ、起きてた方がいいと思うしアリオン艦長には会いに行くんだよね」
後は任せたと言われた昴くんも少しあきれ顔になって副操縦席から声を掛けたのだけど……。
「ぐぅ……」
返事は軽いイビキで返ってきた。
〈昴くん諦めるしかないです。以前はこんな事はなかったけど最近は起きている時も何かボーッとしているから好きにさせておきましょう、寝る子は育つと言うし、昴くんも自分好みに育ってもらいたいでしょ〉
「まだ早いですよ」
新月さんが素早く応答する。
「えっ、何が?」
昴くんはとぼけて見せたけど、顔が赤くなっていくのを抑えられない。
暗い宇宙でクリオネのように漂うスターキッドの中でいつもの明るい雰囲気が漂い始めた。
〈これからアリオン艦長に会いに行くんでしょう、連盟艦隊の行動履歴を辿ると昨日つまり2021年12月26日04時まで救助活動を行ってから、核の1部を失って使用不能になっている3個目のドライアイスメテオの処置をコスモトンネル付近で行ったと思われます。その後アリオン艦長の戦艦マリンは部下の3隻を伴って保護した地球人を基地へ送り届けるためトンネルに入っています。残りの艦隊は既にルナターミナルで休暇に入ってますね〉
新月さんと九論が昴くんを見て発言を促す。
そう、全ての決定権は昴くんに移っていた。
「トンネル付近には連盟の艦船が残ってますか」
昴くんが恐る恐る質問する。
〈残って作業していた艦隊も全てルナ・ターミナルへ移動してますのでトンネル付近は現在無人の状態です。トンネルへ向かいますか、それとも裏ワザを使いますか……〉
「裏技って何ですか、そんな……マリンレースのバグみたいに壁にぶち当たるとショートサーキット出来るとかだったりして」
〈昴くんはさすがに分かってらっしゃるのですね、オーバーライトスピードで飛んで時間遡行するのですよ、やりますか〉
AIが酔ってもないのに楽しそうで、言ってることも酔っぱらいみたい。
「やめた方がいいと言っておく。AIも分かっているだろう時間遡行はパラレルワールドの世界に行くことだと」
「どういう事なのでしょうか、過去に遡ってもそこの世界に干渉しない限りパラレルワールドは発生しないのでしょう」
新月さんは一般的に浸透している考え方を言った。
「過去へ飛ぶ事自体が過去への干渉になるんだ、今まで我々が過ごしてきた世界の平行軸に新たに我々が二重存在する世界が出現するということだ、いわゆるパラレルワールドの発生だな、過去へ飛んだ後の我々が存在しなくなった世界も時間が止まる事なく未来へと進んでいく訳だから少なくても3つの平行世界が出来ることになる。世の中には自分に瓜二つの人が三人いると言うじゃないか、それが平行世界が発生したために起こっている事象ではないと言い切れる根拠はないのだからな」
「僕は、僕たちが時間遡行すればその世界も一緒に巻き戻るって思っていたよ」
昴くんが自分の考えを言う。
「確かに、真意は定かではないな過去と未来2つの異る世界に居る人の話しを同時には聞けたことはない。ただこの話しはイノマン博士にはしない方がいいと思うぞ、多分もう何処かの双子で実験しているとは思うがな昴くんはここにいて翔くんだけ過去に飛ばし双子の同時性でお互いの意識を共有できるかどうか試されるかも知れないぞ、それこそ生き別れだな」
「九論さん例え話でもそんな恐ろしいこと言わないで欲しいな悪夢で見そうですよ……でもそれってもしかしてこの世界は既にパラレルワールドという事も有りなんじゃないですか、そら耳が聞こえるとかデジャブとかは未来からの忠告かも知れないですね」
「よく気付いたな、真夜中に合わせ鏡をすると未来の自分が見えると言うじゃないかあれこそはパラレルワールドの……」
〈2人ともオカルト話しはその辺で止めにしましょう、もうトンネルへ入りますよ〉
「あっスターキッドAIは怖いんだ、さすがは高性能人工知能だね」
昴くんが冷やかすように言う。
〈今どき人工知能だなんて差別するとジェンダー問題になりますよ、注意して下さいね〉
「そうですか分かりました。トンネルへ入る時の注意点とかありますか」
(だいたいトンネルって何なのかなあ、僕はまだ知らないのだけど)
「まあ、簡単に言ってしまえば昴くんが最初に言ったゲームのバグによるショートカットみたいなものだと思っても問題ないだろうよ、人工的にでも作れるがな、気を付ける点はトンネルには影響範囲というものがあって、そこでトンネルの意思に反する行動を取ると何処か他所に飛ばされてしまうってことかな」
九論が無理矢理な教え方をするので、新月さんは後ろを向いたままずっと笑いをこらえてる。
(何処か他所の世界に飛ばされるってことじゃないよね)
「トンネルの中に入ったら流れに任せなさいってことでいいんですか」
「そうだ、この場合はオートパイロットにしてAI任せにすれば問題ない」
「何か不安だけど大丈夫かなあ」
〈心外だなあ、僕をもっと信じて欲しいです〉
「あはは、冗談ですよ十分頼りにしてますから宜しくお願いします。あとどれくらいで基地に着きますか」
昴くんは覚悟を決めた。
〈トンネルの機嫌次第で変わりますね、最近ドライアイスメテオの原料輸送にこき使われて疲弊しているはずですけど、逆方向だから却って速く送り出してくれるかも知れませんね、だから到着時間はトンネルを出てからお知らせします、でもまあ、あとおおよそ4時間としときましょうか〉
「トンネルで時間を食ったからって高速航行しようとすると直ぐに行き過ぎるぞ」
(AIの奴はトンネル出てから惚けた振りをして全速力で木星まで行きそうな気配だからな)
九論はここで釘を打たねば何かをやらかすのではないかと思ってる。
〈九論、分かってますってそんなヘマはしませんってアハ、アハ、アハハ……〉
(チッ、そろそろオーバーライトドライブに入れて光速航行しないと錆びてしまうよ)
AIはバックグラウンドで舌打ちした。
「少し時間がありそうだから軽い食事にでもしませんか、ねえピエロさんもいいでしょう。何か4人分用意してもらえますか」
新月さんがこの隙間時間を利用して食事を取るのがいいタイミングじゃないかしらと考えてピエロにお願いしてる。
「そうだな『腹が減っては戦ができぬ』と言う諺もあることだし従っておいてもいいだろう」
九論も賛成した。
ピエロが食料を含めた資材の調達と在庫管理の担当をしているので飲食関係の用意も任されていた。
料理はメニューカードに各人が書き込みピエロに渡し、ピエロが自動調理器に読み取らせ出来上がったものをテーブルに並べる。
面白いのはメニューに[お任せ]というのがあってこれを選ぶとスターキッドAIがその人の体調や気分を分析して最良の献立を出す。
ただし、これ迄の評判は『良薬は口に苦し』といった感じであまり良くない。
「愛鈴さんは起こした方がいいでしょうね」
昴くんが誰とはなしに話しかけたけど、返事がないので自分で起こしにかかる。
「愛鈴起きて、ご飯食べるから起きて……」
「ダメ……もう、昴くん……ダメだからね」
(これは寝言なんだろうか?)
判断しかねて周囲を伺うと新月さんが口に指を当ててお静かにのポーズをし、九論はお手上げのポーズをした。
ピエロが食事の準備ができたとスターキッドAIを通して言ってきたので休憩室に行くと出来上がったばかりのカレーライスを押し付けてくる。
「これをアイリーンの鼻先にかざすと一発で目を覚ましますよ、AIのお任せメニューです」
昴くんは納得して実行に移す。
アイリーンの鼻先に芳しいカレーの香りが漂う。
「あ、朝御飯なのね、まって今すぐ起きるわ」
効果はバツグンだ。
「テーブルに置いておくから」
昴くんはそう言いながら下がって行く。
スターキッドAIから〈こぼさないで下さいよ〉と戯れ言を言われる前に。
トンネルの中は本当に静かで星の光も見えない。
(こんな中に1人で居たらさぞかし寂しいだろうなぁ)
昴くんが休憩室でベタ塗りの外部モニターを見ながら自分の分のパスタを食べて想像している。
何処かでアイリーンが走り回ってる足音が聞こえて来た。
スターキッドの中がパァーッと明るくなった気がする。
昴くんはこんな時がいつまでも続けばいいなあと思う。




