114.アイリーンの舞い
艦橋内で自分達の定位置に就いていた人が何人か立ち上がりこちらに来ようとしたが直ぐに立ち止まり様子を見てる。
アイリーンが艦橋後方の扉の前に立っているアルビレオの手前で突然『空手の型』を披露しだす。
彼女は背中に扉があるのでそれ以上後ろには下がれない。
以前に新月さんから貰った護身術の教本で練習を始めたのだけど、あまりにも地味でアイリーンは直ぐに飽きてしまってる。
それでも何かを得たいと考えスターキッドAIに頼み込んで空手の型をモニター画面で教えてもらっていた。
スターキッドAIの根気強い指導の賜物で身に付いた見事な上段への正拳突きと上段回しけりが、一番最初にアルビレオの顔面手前にきれいな寸止めで決まり彼女が悲鳴を上げている。
その後も、型の披露がアルビレオと距離を取って続いているので攻撃されてるわけではないと判断された。
型の披露が終わると艦橋の人たちの小さなため息と少ない拍手に見舞われる。
でも一様にみんなは「さすが地球人は狂暴だな」といった意味合いの発言をしながら自分達の持ち場へ帰って行く。
「愛鈴、今のは舞って言わないよね……もう危ないから止めてね」
昴くんは額の冷や汗を手の平で拭った。
「剣舞よりは安全よね」
アイリーンがしれっとした表情で言う。
彼女の額も汗してたので昴くんは自分の尻ポケットからハンカチを取り出し拭いてあげる。
「うちの舞どうだった?」
アイリーンがアルビレオに聞く。
「最初はビックリしたけど離れて見るとシャープで心に響きましたわ、そうですね確かに美しかったです」
「ありがとう、あなたの舞もちゃんと見てたわよ綺麗だった。直ぐに言えなくてごめんなさい」
「それはもういいですわお互い済んだことにしましょう。さあ、そろそろキャメロットからのお客様が到着する時間になったから一緒にお出迎えに行きましょうか」
「そうなのねうち達も一緒に行っていいの? また踊るの?」
「アイリーンさんも一緒に行って出迎えましょう、あと舞うのは特別な時だけですよキャメロットの人たちは時々会ってますから、ああ、あなたの仲間と妖精さんのことを忘れてましたわ、その方たちには後で舞ってあげましょう。あなたも一緒にもう一度じっくり見るといいですわね。2度も見れるって滅多にないことですから貴重な体験になりましてよ」
(やっぱりアルビレオは白鳥座の人だけあって気位が高いのかもしれないな)
昴くんは1人で納得した。
「そうねもう一度ゆっくり見たいかもだわ、あの舞に名前ってあるのかなあ」
「あれはねアメノウズメの舞と言うのよ、あなた日本人なら知ってるはずよ一度調べてみると色々なことか想像できて楽しいと思いましてよ、だから自分でお調べなさいね」
3人は艦橋から出て来た道を戻りスライドカーに乗る。
「来た時に乗ったのとまたずいぶん雰囲気が違うわね、ふかふかの座席だしちゃんとした高級車みたいだわ、そうよルナ・ターミナルで乗ったリムジンより豪華みたいよ」
アイリーンが不思議そうにしている。
「き、来た時にはあれしか無かったのですわよ、とにかく急いでましたから仕方なかったのです。ご……ごめんなさいですわ」
アルビレオがしどろもどろになって言い訳した。
「そ、そうだよね。急いでいたからね、仕方ないよね」
昴くんは言いながら後悔する。
(しまったー、かえって不自然になっちゃったよ~)
アイリーンは昴くんからのただならぬ気配を感じ取り理解した。
「あとで……ね」
その一言で昴くんはすくみ上がる。
輸送艦キャメロットからのお客様は戦艦マリンのVIP専用ハンガースペースに駐機する予定だと聞かされた。
昴くんはアイリーンがまた無茶なことを言い出してスターキッドをひがませるのではないだろうかと身構えたが危惧に終わる。
ただアイリーンの横睨みの目が怖かった。
それよりハンガースペースにゆっくりと進入してきた機体を見たアイリーンが飛び上がる。
それはアイリーンに取って忘れられない大切な思い出が詰まったリトルバードだったから。
「わあ、リトルバードじゃない! うちが初めて宇宙に出た時にお兄ちゃんと一緒に乗ってたのよ……」
アイリーンはここで泣き出したら駄目だと思い言葉を止めて記憶を封印した。
しばらく待つと乗客が降りてくるのが見えだす。
「あれー、ホーク艦長が一番最初に出てくるのは分かるわ一番偉いからなのよね、じゃあ何で九論が一緒にいるのよ身分不相応なんじゃないかしら、あとは知らない人ばかりね、あっジラーフさんとゴートさんだわどうして乗ってるのかしら、でもまあそんなことどうでもいいわ昴くん挨拶に行くわよあの2人とはすれ違ってばかりだもの『ここで会ったが100年目』ってなものよ」
「愛鈴その諺も意味が違うと思うよ」
「良いのよ意味なんか雰囲気よ雰囲気、さあ行くわよ」
アイリーンが昴くんの手を取った時にアルビレオと目が合う。
「あの~、また後で会えるよね」
「私はお待ちしてますからまた戻って来てくださいね」
アルビレオが優美な姿勢でお辞儀した。
「ジラーフさんゴートさんお久しぶりです……」
アイリーンが気さくに声を掛けていく。
昴くんにとっては初対面の人だった。
何より彼女の知り合いらしいキリン頭の人と山羊頭の人と対面で挨拶するのは初めてなのでかなり緊張してる。
そんな昴くんの視界に見知った顔が入った。
「愛鈴あれ、あれ見て……ピエロさんが居るよ」
昴くんは思わず指を指してしまう。
「えっ、うそでしょうピエロが居るわけないじゃない、ほらどこにも居ない昴くんにしては珍しい見間違いね」
「あれ~変だねさっき確かに居たんだけどなあ、目が合った気がしたのに」
昴くんは不思議な気分に見舞われる。
「確かに目が合ったけど直ぐに見逃した、もう少し修練が必要だな」
真後ろからピエロが昴くんの耳元で話し掛けてきた。
「新田さんじゃない今回の新田さんはアイリーンの取材? それともスターキッドかしら」
ジラーフさんがピエロのことを新田さんと呼んで気安く声を掛ける。
(そういえば初対面の時はフリープラネットのエージェント、その次はフリープラネットのライターとか自称してたかな。新田剛って名前があるって聞いた気もするわ、そうよ忘れてたわ皆もピエロって呼ぶものだから当たり前になってたけど、ルナ・ターミナルでピエロの化粧をしてたからそう呼んだだけでピエロってのはうちが勝手に付けたあだ名だったわね)
「アイリーンさんとも久しぶりです。また厄介になりたいので宜しく頼みます」
「図々しいわねでもいいわよ『来るものは拒まず』もうちのモットーにしてるから、ジラーフさん達とはライターとして付き合ってるのかしら」
「キャメロットに関わってる人たちについて一番知ってる方ですからね」
(ピエロは何でキャメロットの情報集めてるのかしら、確かにジラーフさんは乗組員全ての個人情報を持ってるけどね)
アイリーンは不思議に思う。
「私は断り続けてるのよ個人情報は話せないって、でもしつこいのよこの人」
(スネーク新田とも呼ばれていたわね、こういう意味だったのかしら)
アイリーンは改めていくつもの顔を持つピエロのことを少し怖いと思った。
「ねえピエロあっちでこの戦艦マリンの艦長補佐をしてるアルビレオさんが待ってるの一緒に行きましょう舞を見せてくれるのよ、あっ、九ちゃんも呼んで来なくっちゃだわそう何回も舞ってはくれないだろうからね」
アイリーンが九論の方へ行こうとするのをピエロが腕を持って止める。
「九論について……少し話しておきたいことがあるんだ」
(ピエロのこんなしかめっ面な表情って初めて見るわね、幾つめの顔かしらまるでイノマンみたいだわ)
「ピエロがうちに九論の何を話そうって言うの? うちが一番九論のことを知ってるんだからね……いやーそれにしても驚くことの連続でうちはお腹が空き過ぎて何も考えられないだわ」
アイリーンは重たくなりそうな雰囲気を払い飛ばそうと、突然その場に相応しくないいい加減なことを陽気な口調で喋りだす。
「確かにお腹が空いてるみたいだね、何もかもが変になってきてるよ」
昴くんはそんな気持ちを知ってか知らずか話を合わせてみる。




