113.白鳥座の乙女
スターキッドAIは膨れっ面? のまま私語を言うことなく戦艦マリンへドッキングする。
減圧隔離室で簡単な免疫検査と消毒を行い通路に出ると少し広い空間になっていて、そこで艦橋連絡員のアルビレオの出迎えに会う。
(凄く美しいよこれも白鳥の舞いっていうのかなあ)
アルビレオは白鳥座ベータ星の出身で細い体に白鳥の頭を持つ宇宙人。
今エントランスロビーの中央でアイリーンと昴くんを前にして優雅に踊っている。
「昴くん口は閉じてた方が良いわよ、その方が賢そうに見えるわ」
ぽかんと口を開けて眺めていた昴くんは我に返ってアイリーンを見た。
「あ、愛鈴の方が可愛いいから」
「そう可愛いいのね美しいとは言ってくれないんだ……うちは悲しいわ」
「あと何年かしたら愛鈴の方が……美しくなると思うよ」
「フフン、昴くんはドツボにはまったわね笑っちゃうわよ、うちらは老化しないんでしょう、だからこれからも今と変わらない姿のままよ」
「アイリーン、その『土壺にはまる』の使い方は本来の意味と違っていますけど新しい解釈なんですね」
アイリーンの肩の上でロボちゃんが指摘する。
「愛鈴、美しい心を持っていると表情に表れるって新月さんが言ってたでしょう、だから美しい心を育む事によってどんどん美しくなっていくんだよ」
昴くんがアイリーンに希望を与えた。
「おっ、昴くんがいいことを言ったね、ああ九論にも聞かせたかったなあ」
ロボちゃんが昴くんにおべっかを使う。
「あっ、ごめんなさいお待たせしちゃったみたいですね」
アルビレオは舞終わってから拍手と賛美の言葉を掛けてもらえなかったという初めての屈辱に堪えるようにしてじっとアイリーンと昴くんを睨む。
「前回お越しの時はお会いしてませんでしたから初めまして、私は艦橋連絡員兼アリオン艦長の補佐官を務めていますアルビレオと申します。今回このマリン艦内にご滞在の間は私がお世話をさせて頂きます。それではアリオン艦長の元までご案内致します」
アルビレオは心の中で怒っていた。
(なんなのよこの2人は、普通なら私の舞を一瞬でも見たら目が離せなくなって心を奪われ微動だにできなくなるのに、最初の方を少し見ただけで後は私語に興じるなんて本当に失礼しちゃうお客様だわ)
「怒らせたみたいだね」
昴くんがひそひそと話してくる。
「あんなのただの儀式でしょう。どこかの国のスポーツ選手が試合前に踊ってるあれと一緒じゃないの」
アイリーンが何で怒るのよって表情をしながら聞く。
「試合前に行うあれは、これから自分達と正々堂々と戦う相手に対して行うとても神聖な儀式なんだって聞いたことがあるよ」
「へえそうなのね、うちは最初に見た時に何て下品な挑発なんだろうって思ったわ」
昴くんとアイリーンはひそひそ話をしてるつもりだったけどアルビレオには丸聞こえになっていた。
「何処の宇宙に大切なお客様を挑発してお迎えをする人が居るのですか、確かに地球人ですわね考えてる事がお下品ですこと! オホホホホ……」
アルビレオの怒りが収まるどころか膨れ上がって爆発する。
「わあ、ごめんなさいごめんなさい悪気は全くなかったのです。ただ今まで見たこともない様な優雅で高貴な舞に感性が付いていけなかったんです。とても美しかったです」
昴くんが一生懸命アルビレオの機嫌を取り成す。
「まあ、仕方がないことでしたわねこんな辺境惑星に住む下等動物に舞って見せた私も悪かったですわ、反省しなくてはね」
アルビレオが全く悪気なく言ったとはとても思えない。
だからアイリーンの癇に障った。
「なんてことを言い出すのよ! このクチバシ女」
「愛鈴やめてー! アルビレオさんも悪気があって言った訳ではないと思うから怒りを静めてね、ね」
昴くんは2人がここで口喧嘩を始めるのだけはどうにかして止めなくてはと必死になる。
パニックが訪れる寸前アルビレオの態度が一変した。
「ここからスライドカーに乗って行きます」
アルビレオに促されスライドカーに乗るけど運転席以外に座席が見当たらない。
その時アルビレオが翳りある薄笑いを浮かべたのに2人は気付けなかった。
「何せ戦艦ですから乗り心地が最低ですのでご了承下さい」
戸惑っているとアルビレオが説明してきた。
アイリーンと昴くんは仕方がないので後ろの方で2人並んで体育座りをする。
それから艦橋までの道すがらすれ違う人々の注目を結構浴びたように思う。
艦橋近くに到着して降りる時に昴くんは今乗って来たスライドカーの後ろに『荷物専用』のプレートが掲げられている事に気付く。
(アルビレオさん最大の嫌がらせだろうけど愛鈴には絶対知られないようにしないといけないな)
「艦長お連れいたしました」
3人は艦長席の前に立つ。
昴くんとアイリーンはお尻が痛い。
「ご無事の到着何よりです。アルビレオの歓迎の舞は如何でしたでしょうか、キャプテンアイリーンの手腕が大変お見事でしたので特別なおもてなしで出迎えるようにしました。楽しんで頂けたなら嬉しいです」
アリオンは微笑んでいた、
「あれが特別なアトラクションだったのなら面白かったかも知れないけど、事前に説明してもらわないことにはあまり気分の良いものではなかったわね」
アイリーンはとても微笑む気持ちにはなれないでいる。
「アトラクション? どちらかといえばサプライズに近いもののつもりでしたけどアイリーンさんには演舞をあまり気に入ってもらえなかったようですね」
「そうねうちは踊ってもらうよりは踊らせるほうが好きかしら」
「愛鈴、アリオン艦長は年上の上官さんだろう、あまり失礼な言い方はしないほうがいいと思うよ、僕たちを歓迎してくれてるんだからね」
昴くんがいきり立とうとするアイリーンの手綱を引く。
「そ、そうだったわねごめんなさい、アリオン艦長ごめんなさい。酷い言葉遣いをしてしまいました。何度でも謝りますからご褒美の……ご馳走の数を減らさないで下さいね」
「あはは大丈夫さ、そんなに酷いことはまだ言われてないよそれよりご馳走って何のことかな?僕は聞いてないんだけど」
アリオン艦長の回りでハテナ記号が飛ぶ。
「アリオン艦長すみません、愛鈴はお腹が空くと飢えた野良猫みたいになるんです。だから何か少しでもいいから食べさせてあげたいんですけど」
「ああ、そういうことならコーヒーとサンドイッチを用意してるけどミルクとケーキの方が良かったかな、今からでも取り替えようか?」
「ケーキ……」
(ミルクとケーキって、ここしばらくいや何年も聞いてない響きだわ、ああ心がなごんでゆくのがわかるわ、でも)
「でもうちはご馳走が食べたいの、戦勝記念ってことで昨夜の残り物でも良いからパーティーを開いて欲しいわー」
(うちは今日の戦闘に備えて昨夜からあまり食べてないのよねー)
食べていないと言うよりは、満腹だと判断力が低下するとかの理由で消化の良いものを少量しか食べさせて貰えていない。
そんな訳でアイリーンが駄々っ子みたいになっている
「アイリーン! あまり我儘を言ってアリオンを困らせるなよ」
オビス司令官が後ろから声を掛けてくる、
(オビスさん居たんだ、やばっ!)
アイリーンは青ざめて思考停止に陥っていく。
「愛鈴、愛鈴ったら聞こえてる?」
昴くんが固まってしまったアイリーンに声を掛け解きほぐす。
「ごめんなさい少し考え込んでしまったわ、何かしら」
アイリーンは何事もなかったかのように誤魔化した。
「アリオン艦長が予定を変更して立食パーティーにしてくれるそうだよ、良かったね」
アイリーンの表情が百面相をしてるかのように晴れていく。
「わあ嬉しいわ、でもうちが無理矢理頼み込んだって思われたかしら、ちょっと訂正を入れなくっちゃいけないわね、あれアリオン艦長はどこ?」
「アリオン艦長なら段取りを指示するって言って出ていったよオビスさんも一緒にね、後はアルビレオさんに案内してもらってって言ってた」
昴くんはばつの悪い表情をした。
「えっ、あの白鳥さんと一緒になんてさっきの今じゃあ何か気まずいわね、今どこに居るのかしら」
昴くんが視線で案内する。
後ろを振り向くと艦橋連絡員のアルビレオは出入り口に佇んでいた。
アイリーンが近づいて行き言葉を掛ける。
「さっきは悪かったわ、ごめんなさいお腹が空くと時々あんなになってしまうの悪気はないのよ」
アルビレオは無表情で返事をした。
「気を付けて下さいね、温厚な私だから何事もなく済んでますけど意地悪な人だったなら緊急脱出ハッチに案内されてますよ」
(僕たちを荷物扱いした人が温厚ならこの中の人は相当な荒ぶれ者ばかりなんじゃないのかなあ、パーティーなんかして大丈夫なんだろうか)
昴くんは不安になっていく。
「だから謝ってるじゃない、あっそうだ良い事を思いついた。お詫びに地球人の舞を一つ披露するわ、うちは短いのしか知らないからよく目を見開いとくのよ」
(えっ、愛鈴が舞う? 見たことも聞いたこともないけど……あっ)
昴くんが『あっ』と思って制止に入ろうとした時には既に遅く。
「キャー!!」
アルビレオの悲鳴が戦艦マリンの艦橋に木霊する。




