112.ベンガルの最後
スターキッドの中でアイリーンと昴くんが深呼吸をしてる。
「もう、終わりだね……体大丈夫?」
昴くんがオドオドしながら聞く。
「そうね大丈夫よ心配してくれてありがとう、Aちゃんカウントダウン、7から初めて」
〈最後のテレポートですね、了解です。7・6・5・〉
(敵が粒子砲撃ってきたよ!)
昴くんはアイリーンが集中を切らさないよう口には出さない。
当然スターキッドAIも知ってるけど構わず秒読みを続ける。
〈・3・2・1〉
「GO-!」
昴くんが号令を掛けた。
ベンガル達が撃った粒子弾が何もない宇宙空間を突き抜けていく。
テレポートし終わったアイリーンに昴くんがそのことを話すと『Aちゃんも成長したのね』とお褒めの言葉を掛けていた。
ヘンナ副司令官の私兵艦隊はスターキッド目掛けて突き進み最後の瞬間には完全な密集状態になってる。
ベンガルはスターキッドだけに気を取られアリオン率いる連盟艦隊がどこで何をしているのかなんて全く気に掛けていない。
戦艦マリンを含む友軍艦隊はスターキッドが勇敢に戦っている間に、最新鋭のステルス機能を備えたエム型艦を盾にして外側よりヘンナ私兵艦隊を取り囲みその輪をじりじりと縮めていく。
ベンガルは包囲網をギリギリまでせばめて勝利を手中に納めたと確信していた。
粒子弾が命中したかに見えたスターキッドが一瞬で消え去ったのを目の当たりに見て艦橋で立ち尽くす。
「あんにゃにでかいものを……自分と一緒にテレポート出来る筈がにゃい。奴は……あの小娘は普通の地球人だったにゃん」
ベンガルが罵るように言う。
「普通の人間じゃないかもしれませんね、アイリーンはスターキッドより大きな小惑星を引き寄せて自分の身代わりにしてますからね」
グシャ参謀はもう少し現実を見て欲しいと願った。
「隊長! 戦艦マリンのアリオン艦長から降伏勧告の入電があります」
通信士が会話に割って入る。
「にゃにを馬鹿なことを言うにゃ、たかがマリン1隻でどうしようってんだにゃ! 笑っちゃうにゃ」
「当艦隊の周囲を包囲されてます。冥王星のアンバ艦隊と天王星のレッド艦隊が来てます。降伏しましょう」
索敵担当が自分達の危機を具体的に説明する。
「おミャーたちは今まで何をしてたにゃ! 寝てたにゃか!!」
「とんでもありません肉眼では見れますが計器では捉えられません。今この瞬間も反応しないのです。理由は不明です」
「ベンガル隊長スターキッドは我々の包囲網の中にはいません。我々が連盟の艦隊に包囲されてます。降伏しましょう」
グシャ参謀が進言する。
「う~っん! にゃ! まだまだにゃ、あんなハリボテ艦隊に負けにゃいのにゃ、各艦一斉射撃にゃー!?」
ベンガルの命令が艦橋を引き裂く。
しかしその叫びに従う者は誰一人としていない。
そしてベンガル隊長はグシャ参謀にしびれ銃を撃たれた。
「隊長、申し訳ないけど拘束させて頂きます」
艦橋に居た数人がベンガルを掴む。
「降服する。武装解除投降すると信号送れ、急げ!」
今度はグシャ参謀が叫び声を上げた。
ヘンナ副司令官の私兵艦隊はその数を半数近くまで減らして投降する。
「無事に終わりましたね」
オビス司令官は戦艦マリンの艦橋でアリオン艦長に言うとでもなくその席の後ろで言葉を漏らした。
「これからがまた大変になるね」
アリオン艦長はオビス司令官に振り向き微笑んで同情する。
「後片付けか……」
オビス司令官がボソッと言う。
(御輿に乗ってしまったかな)
遥か遠くにアステロイドが宇宙になびく雲の様に薄く見えるけど、さすがに地球防衛基地は目視できない。
これから彼処まで戻らないといけないのかと思うと憂鬱になるオビス司令官だった。
スターキッドはヘンナ副司令官の私兵艦隊との戦闘が終結した戦闘宙域の外側で昔搭載機として収納されていた輸送艦キャメロットの周りを回転しながら飛んでいる。
その様子は戦闘で浴びたスペースデブリを払い落としているように……否、初めての殺人を犯したかも知れないという後悔の念を払い落としているようにも見えた。
「愛鈴、僕たちは何も悪いことをしてないんだからそんなに泣かなくてもいいんじゃないかなあ」
「誰か泣いているの?」
〈アイリーンのほっぺたが濡れてるでしょう〉
アイリーンがほっぺたを触ろうとした時に宇宙服のヘッドグローブを着けたままなのに気づく。
(ああ、まだ着けてたんだ……収納っと)
「そうねなんで泣いてたのかしら分からないわ、だからこれは汗なのよきっとそうだわ」
「愛鈴何か動揺してない、不安な気持ちを抱えてるなら僕に話してごらんよ」
昴くんが優しく声を掛ける、
「あら、僅かな時間の間にずいぶんと偉そうなことを言うようになったじゃないの、錐揉旋回してる時なんかはヒーヒー泣いてたんじゃなかったかしら」
アイリーンはそんな昴くんを拒んだ。
「酷いなー、唸っていたのは認めるけど泣いてなんかないよー、ねえスターキッドAIは証人になってくれるよね」
〈はい、良いでしょう『その通りです』と言って差し上げましょう。これで昴くんに貸し一つですね〉
「あっひどいなー、こんなことで『貸し』とか言うんだ」
〈AIの私的利用に当たると判断したんですよ、僕もそろそろ老後のために『貯金』を始めようかと考えたんです〉
「さっきの戦闘の事を根に持ってるんじゃないでしょうね」
アイリーンはチクチクと心臓に針を刺されてるような気がする。
〈いつも猪突猛進しか頭にないアイリーンには僕のこの繊細な胸の内なんか理解できないでしょうね〉
「愛鈴はちゃんとスターキッドAIのことを大事に思ってるよ、今だってクールダウンをしっかり行ってるでしょう。本当なら直ぐにでもキャメロットへ着艦して自分のベッドに潜り込みたい気分なんじゃない」
「昴くんは人の気持ちを自分勝手な想像で言わないでよね、うちは絶対に現実逃避なんかしないわよ、ただ、眠いのは確かだからベッドには潜り込むけどさ」
(結局ベッドに潜り込むんじゃないか)
昴くんは心の中だけで思うことにした。
〈そういうことならもうキャメロットに戻りましょうよ、クールダウンなんて今までやったことがない事をすると調子が狂っちゃいますよ〉
スターキッドAIはそう言うとスピードを上げ好き勝手に飛び始める。
「アイリーンは何でいきなりクールダウンなんて思い付いたのかな」
昴くんは気になったことを聞く。
「オビスさんに言われたのよ、うちはキャプテンなんだから『日頃から皆に労いの気持ちを持つと良いよ』って、だからキッドには働いた後のクールダウンかなって思ったの」
「愛鈴、オビスさんが言っている労いの気持ちって感謝の気持ちのことだと思うよ。だから『ありがとう』って言えば良いんじゃないかなあ」
「なんだそうだったんだ、うちは口で言うより行動で示せって暗に言われてるのかと思ったよ早目に分かって良かったわ、ありがとう」
(わあ、愛鈴から『ありがとう』何て言われるのは初めてかも知れない。いいもんだな『ありがとう』て言われるのは、あれ?)
「ねえ、愛鈴は労いの気持ちを行動で示すって言ったよね……ちなみに僕には何をしてくれるつもりだったんだいよかったら聞かせてよ」
「ホッペにキスよ、だから早目に誤解が解けて良かったわ、昴くんも調子が狂うところだったわね」
「・・・」
(調子が狂っても何が狂ってもいいからそっちの方が絶対良いに決まってるよ~『ありがとう』って言われるより絶対良いからって今さら言えないし、ああ~僕のばかあ惜しいことをしちゃったよー)
昴くんの顔がみるみる赤面していく。
〈ごほん! 僕ってそんなに存在感が無いのかなあ〉
「あっ悪かったわね無視してたわけじゃないのよ、だってAちゃん人の気配がしないのよね~、何とかならない」
〈・・・AIに人の気配を求めますか?! 凄いこと要求するキャプテンですね、良いでしょうその挑戦受けて立ちます〉
「愛鈴の言う事もAIの返事も常識の枠を外れてると思うよ、だけどまあそれはそれとしてそろそろ戻った方がいいんじゃないかなあ、それと僕はキャメロットへ戻るよりマリンへ行ってオビスさんやアリオン艦長へ直に報告した方が良いと思うのだけど」
「それもそうね、キャメロットで留守番してるロースさん達は留守番隊長の九論に任せても大丈夫よね」
〈目的地変更で良いですね。戦艦マリンにはキャプテンからコンタクトお願いしますよ〉
「あら、Aちゃんがやってもいいのよ」
〈キャプテンのお仕事です。あっ、さっき聞こうと思ってたのでしたけど労いの気持ちって僕にも何か考えてくれましたか?クールダウンとは別に何かモ・ラ・エ・ルのですよね〉
「考えたわよでも言わない、もうしないから」
〈実体の無い僕にも何かしてくれるつもりだったんですね嬉しいなー、それで何をしてくれる予定だったのですか、ちょっとだけでいいですから教えてくださいよ~〉
(ああこいつもしつこい性格だったわね、今更『うちのフォトデータをアシュラと共有してもいいわよ』なんて言いたくないし……そうだ)
「ロボちゃんをきれいに磨いてあげるつもりだったのよ、何だったら新しいお洋服を作るってのも良かったかしら」
〈それはロボちゃんに対しての事ですよね、ぶうーっ〉
スターキッドAIが不貞腐れていく。




