107.キャメロット跳ぶ 2
アリオン艦長はこんなに覇気のないオビス司令官を見るのは初めてなのかも知れないと思う。
それでもオビス司令官はしっかりとした口調で話す。
「人生の転機と言えばいいのかチャンスなんてのはそんなに何回も訪れないと思うんだ。1度逃すと2度目はないかも知れない、だから僕は賭けをしたんだ」
「無謀な賭けだったと思うよ、僕はしないよそんな事は『考えないで働け』が1番楽なのを君に教えたよね、先人が作ってくれた広い道を何も考えないで進んだ方がより安全な終着点に辿り着くと思うし何より誰にも心配を掛けない」
『考えないで働け』は7歳になったばかりのアイリーンが初めて基地で生活を始めた頃によく口ずさんでいた歌だ。
そこのフレーズだけをエンドレスで歌いながらあっちこっちに出歩いていたから基地の中で知らない人はいないと思われる。
「君はその安全な終着点が奈落のどん底駅だったとしても同じことを言えるかい」
オビス司令官が辛口なことを言う。
(今日のオビスはいつにも増して絡んでくるな、酔ってる様には見えないからスターキッドの中で何か変な物でも食べさせられたんじゃないのかな)
「オビスはまた突拍子もないことを言って僕を困らせようとする」
「そうでもないさキャメロットに着いた途端ホーク艦長に相談を受けてね、その内容が最悪だったんだよ……何だと思う」
オビス司令官が意地悪な薄笑いをした。
「僕は知りたくないから言わないでくれないか考えたくないし考えると行動してしまうから、そしてそれが反体制的なものならクーデターになってしまうよ」
「まさにその通りだよ頭のいい野心家は常に考えているものさ、どうすれば自分の天下を得られるのかをね」
オビス司令官は頭の後ろで手を組んで天を見上げる素振りをする。
(へえ~、天井が外部ディスプレイになっていたのか丁度基地の方を向いてるな……)
「それって副司令官のことじゃないだろうね、何とかって言ってたなあ……ソンナ副司令官? いや違ったかな」
アリオンは腕を組んでオビス司令官に聞く。
「君は相変わらず無関心の人の名前を覚えようとしないなあヘンナ副司令官だよ、カシオペア座のカフ星人で名前の由来は『染め上げる』らしい」
「『黒い世界に染め上げる』とでも言うのかい何か怖いよ、僕がオカルト嫌いなのを知っているだろう冗談でもよしてくれよな」
「真実は小説よりも奇なりってね、本当の事だから仕方ない」
「それでもまだクーデターが起きたって話は聞かないけど」
「クーデターを基地の中で起こす必要がなくなったのさ、君は僕が『ガルメニ人にスターキッドと一緒に拐われた』と聞いていたと思うけど間違ってないかい」
「そうだけど、まさか最初から全部仕組まれてたんじゃないだろうな、あのタヌキ野郎!」
『ハックション、クション、ハア~クショ~ンっと』
『どうしたの? ロボットは風邪なんか引かないんでしょ』
宣子さんが言う。
『宇宙の彼方で、誰かが僕の悪口を言ってるんじゃないかと思うよ』
サティ・ワンが愚痴る。
『サティ・ワンのことを知ってるのはこの水縄の移民船の人達だけ……あっ、そうだった昴たちも知ってたか、あいつらどうしてるかなあ』
翔が直ぐそばに見えている地球の向こう側、火星の方向を見つめる。
その先には戦艦マリンの1番広い多目的ホールで立食パーティーに臨んでいる昴くんとアイリーンと九論の姿があった。
「お腹一杯になったね」
昴くんが言う。
「もう少し贅沢がしたかったなあ」
アイリーンがこぼす。
「遠くに遠征中なんだ。物資が潤沢にあるわけがないだろう。これでも贅沢な方だと思うぞだから感謝の気持ちは忘れるなよ」
九論が窘める。
(最近の九論が保護者みたいにあーだこーだと言ってきてるように感じるのは気のせいかしら)
アイリーンは顔をしかめた。
「そういえばスーちゃんはどんな感じかなあ、まだ昴くんの中で熟睡してるの」
「うん、寝てる……ような気がする」
「力を使ったからね」
アイリーンは少しだけ心苦しく感じている。
「早く妖精さん達の側に戻した方がいいよね」
昴くんか首筋に手を当てながら言う。
「そうよね、それで妖精さん達はいつ引っ越しできるのかなあ」
妖精さんたちがキャメロットへ行ってしまったらスーちゃんが寂しい思いをするのだろうかとアイリーンは思った。
「オビスさんがホーク艦長にお願いしてたから直ぐだと思うよ、ただ……」
昴くんの顔に陰りが見える。
「えっ、タダじゃ住まわせないとか言ってきてたりしてないわよね家賃払えとかさ」
「そんなことは言ってないよ、ただ妖精さん達を住まわせるのにコンテナハウスは失礼だろうと言い出してね、バイオファームの一角を妖精さんの生活スペース風に改造するから2日程待ってくれって、だから僕は妖精さん達の傍にできる限り居ることにするよ」
昴くんはアイリーンが何もせずボーッとしている姿を想像できないから一緒に居ようとは言い出せていない。
「スーちゃんのためよね、だったらうちも一緒に行くわうちと昴くんで妖精さんにお祈りすれば妖精さんが元気になってその分スーちゃんも早く回復するでしょう」
「じゃあまあそうしようか、それならカプセルベッドの横にでも僕たちの寝床を作らないといけないね」
「ダブルベッド……」
アイリーンの肩に乗せていたAちゃんカメラがいきなり喋る。
それを聞いた2人は電気ヒーターの様に真っ赤になってお互いの顔を見合わす。
「Aちゃんのバカあ~」
アイリーンが叫ぶ。
もう少しでAちゃんカメラを掴んで投げ飛ばしそうになったのを昴くんが制止した。
「ちょ、長方形の段ボール箱を2つ並べようと思ってたんだよ大きめの段ボール箱だと中に色々持ち込めるでしょう、ぼ……僕たち小柄だし」
昴くんがしどろもどろになっている。
「お前たちはもう諦めて早くくっついてしまえばいいじゃないか、そうすれば今みたいな冷やかしを受けなくなるぞ」
少し離れた所で赤ワインを飲んでいた九論が近づいて来て小声でまことしやかに机上論を言う。
「九ちゃん、磁石じゃないんだからそんな簡単にくっつく訳がないでしょう」
アイリーンは少し怒った。
「そうだよ、それに同極同士だと絶対にくっつかないよ」
昴くんが微塵の悪気もなく言う。
「昴くんはそう思ってたんだ、うちはなんだかすごく悲しくなってきちゃったよ~」
アイリーンが落ち込んでいく。
昴くんはやっと自分の失言に気付いた。
「そんなつもりはないよ一般論だって、アイリーンの考え過ぎだから」
「何が考え過ぎなのか論理立てて言わなくては……説得力がないかなあ~」
九論から少し酔っ払いの気配を感じる。
「九論には関係ないよ僕たちの問題だから」
「いや、年長者の意見は参考にするべきだと思うぞ~」
「誰が年長者なのよ、九ちゃんはうち達より年下でしょう」
「そうだったかなあ」
「もぅ~、その言葉遣いのせいよねもっと早くに正しておくべきだったわ」
「あのー、そろそろ本題に戻ってもいいですか」
アイリーンの肩の上でAちゃんカメラが喋り出す。
「誰のせいでここまで脱線してると思ってるのかしら」
「なんでもかんでも人のせいにするのは良くないと思いますけど」
スターキッドAIはアイリーンの言いがかりに負けたら駄目だと思った。
「まあいいわ、うちと昴くんが段ボール箱の中で妖精さん達と一緒に寝泊まりするのは2日間なのよね、それで段ボール箱は見つけてあるんでしょうね」
「倉庫の中に結構たくさんあったよ」
昴くんが見たままを言う。
「じゃあ、あとはお菓子とジュースねうちはオレンジジュースにするから昴くんも一緒で良いよねそうすれば樽で持って来れるわ」
昴くんは目を見開く。
「た、樽って誰が飲むの?」
「もちろん昴くんとうちに決まってるでしょう。1泊2日あるんだから1人1日4リットルよね、ちょっと多いかもしれないけど足りなくなって取りに行くよりましよね」
「まさか愛鈴は一晩中起きてるつもりなの」
「そうよ滅多にない機会なんだから語り明かしましょうよ」
「う~、確かに妖精さん達がカプセルベッドを占領してる間は何も出来ないけどね」
「アイリーンが夜起きて昼寝るつもりなら昼間の権限は私に譲ってもらえるのだろうな」
暫く黙っていた九論が再び口を開く。
「権限って何か必要だったかしら?」
アイリーンが疑問符を投げつけた。
「色々あるだろう、物資の補給や来客への対応とかでいちいち呼ばれたいのか」
「来客? そうだったジラーフさんとゴートさんに会うって約束してたわ」
「それだけじゃないだろう、他にも会う約束をした人がいるんじゃないのか」
「何もすることがないんじゃなくて、やる事が多すぎて考えないようにしてたんだったわー」
「それで『考えないで働け』か、全てを投げ出そうとしてたんだな」
九論は呆れ顔をして歩きだす。
(ある意味良かったのかもな、7歳のアイリーンが行動理念の極致を悟っていた訳ではなかったんだからな)
「愛鈴1人で抱え込まずに僕にも言って欲しかったな」
昴くんが伸びと欠伸を一緒にした。
「今晩言うつもりだったのよ」
アイリーンもつられ欠伸が出る。
「もう遅いわ、今日は疲れたし段ボール箱に入って寝ましょうよ」
「えっ、スターキッドに戻るの?」
昴くんは戦艦マリンのゲストルームに泊まるつもりでいた。
「そうよ何か期待してたの」
「別に何も期待なんかしてないけど九論も一緒に戻るの? あっち行っちゃってるけど声を掛けて来ようか」
「別に放っておきましょう、本人が自分は大人だと思ってるみたいだからうち達が居なくなっても大丈夫なんじゃない、オビスさんもアリオン艦長と話し込んじゃってここにはいないし何も問題ないはずよ」
(下手に声掛けしたらスターキッドに戻れなくなるわ)
アイリーンは早くスターキッドに戻りたかった。
いつも身近で家族みたいな人たちと一緒に生活をしていたので忘れていたのかもしれない。
(うちってこんなに人見知りだったかしら)
さっきまでの立食パーティーで、お皿を持って立っていると横に来て挨拶していくライオン頭の人、後ろから背中を押して通ろうとする見たこともない大きなエイリアン、突然前に回り込んでテーブルのご馳走を掠め取っていくカラスの人にアイリーンは度々びくついていた。
戦艦マリンのだだっ広いパーティー会場にはアイリーンの知らない人が多過ぎる。




