↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カエル天気予報  作者: ミノ ヨウスケ
カエル天気予報 第一部 カエル天気予報編
PR
8/31

第2章「雨の世界の人々」 第7話 東京へ

第7話から第2章です。


第1章は莉莉の日常、第2章は莉莉の世界をもう少し広げた内容になります。

「りーりー、起きて」


「起きてる」


「目閉じてるじゃん」


「聞こえてるから起きてる」


「そういうの、起きてるって言わないの」


肩を揺すられた。


莉莉は仕方なく目を開けた。


あやかがいた。


近い。


「顔近い」


「もうすぐ着くよ」


「どこ」


「東京」


莉莉は窓を見る。


白い。


雲だった。


機体が少し傾く。


窓の向こうで白い雲が流れていく。


その上には青い空があった。


青。


普通に青い。


莉莉は何度も見たことがある。


飛行機に乗れば、雨の上に出る。


雨雲の上には青い空がある。


莉莉にとっては、昔からそうだった。


「晴れてる」


莉莉が言った。


「上はね」


あやかが答えた。


「下は?」


「雨でしょ」


「やっぱり」


莉莉はもう一度窓の外を見る。


青い空。


白い雲。


その下に雨。


りりかが言っていた。


昔は、地上からでもこんな空が見えたらしい。


まだ、よく分からない。


機体が雲へ入った。


青が消えた。


窓の外が灰色になる。


細かな水滴が流れ始める。


やがて雲を抜けた。


東京が見えた。


莉莉は窓に顔を近づけた。


「……東京だ」


「東京だね」


一年半ぶりだった。


小学六年生になる春、あやかの大学進学に合わせて札幌へ引っ越した。


それまでは、ずっとここにいた。


東京。


巨大な人工基盤が、雨の中に広がっている。


その上に建物が並んでいる。


高層住宅。


会社。


商業施設。


道路。


学校。


人が暮らす、新しい東京。


そして、その外側には水がある。


ずっと向こうまで。


水。


その水面から、ところどころ建物の上部が突き出している。


古い東京。


莉莉が小さい頃から見てきた東京だった。


札幌とは違う。


札幌にも沈んだ場所はたくさんある。


でも、まだ地面が残っている。


昔からある道もある。


山もある。


住宅地もある。


東京は、もっとはっきりしている。


上と下。


新しい街と、沈んだ街。


人間がつくり直した場所と、


水に渡した場所。


「変わってない」


莉莉が言った。


「一年半だからね」


「もっと変わってるかと思った」


「そんなに簡単に街は変わらないよ」


「東京なのに?」


「東京でも」


飛行機が少し高度を下げた。


水面に沈んだ建物が、さっきより大きく見える。


「ねえ」


「何?」


「あの辺、昔の家?」


あやかが窓へ顔を寄せた。


「違う。うちはもっと向こう。神楽坂の方」


「どこ」


「あっち」


「分かんない」


「ほら、基盤の――」


「全部同じに見える」


「住んでたでしょう!」


「上から見たことないもん」


「何回もあるよ」


「飛行機から家探したことない」


「それはそうだけど」


莉莉は少し笑った。


しばらくして、


「あやか」


「何?」


「お腹すいた」


「飛行機乗る前に食べたじゃん」


「あれ朝ごはん」


「二時間前」


「じゃあ、もうお昼」


「まだ十一時前」


「近いじゃん」


「パパ待ってるから、着いてからにしなさい」


莉莉は少し考えた。


「じいじ来てるの?」


「来てるよ」


「聞いてない」


「言った」


「いつ」


「昨日」


「覚えてない」


「じゃあ莉莉が悪い」


「言ってないかもしれないじゃん」


「言いました」


莉莉は納得していない顔をした。


あやかは気にしていない。


飛行機は雨の東京へ降りていった。


~~~


空港は混んでいた。


雨の影響で到着が少し遅れたらしい。


というより、この世界では大体のことが雨のせいになる。


飛行機の遅れ。


道路規制。


水位上昇。


物流の遅れ。


学校が早く終わるのも雨。


たまに休みになるのも雨。


到着口を出る。


人が多い。


その向こうに、一人だけ頭一つ高い男がいた。


すぐ分かった。


「あやか! 莉莉!」


大きく手を振った。


あやかの顔が変わった。


「パパ!」


さっきまで莉莉に小言を言っていた人とは思えない。


嬉しそうに歩いていく。


クーパーも笑っている。


最初にあやかを抱きしめた。


「久しぶり!」


「パパ、元気だった?」


「元気だよ。あやかは?」


「元気。大学大変だけど」


「ちゃんと食べてる?」


「食べてるよ」


「痩せてない?」


「痩せてないって」


あやかは笑っている。


莉莉は少し離れたところから二人を見る。


札幌にいるときのお母さんとは少し違う。


大学では学生。


家ではお母さん。


りりかとはよく言い合っている。


でも、じいじの前だと、


あやかは娘になる。


「莉莉!」


今度は自分の番だった。


「久しぶり!」


「うん」


「元気だった?」


「普通」


クーパーは莉莉の肩に手を置いた。


顔を見る。


右から見る。


左から見る。


「何」


「また可愛くなった」


「気持ち悪い」


「なんで!」


クーパーは傷ついた顔をした。


莉莉は知っている。


この人は会社では偉いらしい。


外国を行き来して仕事をしている。


何か難しい技術の会社をやっている。


お金も持っている。


でも家族の前では、偉そうにしない。


あやかが笑った。


「パパ、莉莉にそれ毎回言うじゃん」


「だって本当に可愛くなってるから」


「ほら、りーりー。じいじ悲しんでるよ」


「知らない」


「あやかは優しいなあ」


「でしょ?」


あやかが笑って、クーパーの腕に自分の腕を絡ませた。


莉莉はそれを見る。


「何?」


あやかが訊いた。


「別に」


「何その顔」


「普通」


「絶対何か思ってる」


「思ってない」


クーパーがあやかの荷物を受け取った。


「貸して」


「パパ、これも」


「はいはい」


「あと、こっちも」


「全部?」


「パパなら持てるでしょ」


「持てるけど」


莉莉も自分のバッグを差し出した。


「これ」


「莉莉も?」


「お母さんの持つなら私のも」


「そういう理屈?」


「平等」


クーパーは笑いながら受け取った。


「重いなあ」


「パパなら大丈夫」


「あやかが言うなら頑張る」


「私が言っても?」


莉莉が訊いた。


「もちろん頑張る」


「じゃあこれも」


もう一つ渡した。


「増えた!」


あやかが笑った。


~~~


空港から街へ向かう。


車の窓を雨が流れていた。


莉莉は外を見る。


一年半ぶりの東京。


懐かしい。


でも、少し変な感じがする。


知っているはずの街なのに、ところどころ知らない街に見える。


「何見てるの?」


クーパーが訊いた。


「東京」


「久しぶりだもんね」


「うん」


車が高架へ上がった。


視界が開ける。


水。


人工基盤の端が見える。


その下に、暗い水面が広がっている。


そこから建物の上部がいくつも突き出していた。


昔の東京。


「下、まだいっぱいあるね」


莉莉が言った。


「あるよ」


クーパーが答える。


「なくならないの?」


「建物?」


「うん」


「少しずつ撤去してる。危ないものからね」


「全部壊すの?」


「残してるものもあるよ」


「何で?」


「昔ここに街があったって、分かるように」


莉莉は外を見る。


昔ここに街があった。


その言い方が、少し変に聞こえる。


今も街はある。


上に。


車が進む。


人工基盤の端から、下へ降りる道路が見えた。


その先に、低い街区がある。


高い防潮壁。


古い建物。


新しく建て直された建物。


船着き場。


倉庫。


店。


歩いている人もいる。


莉莉は窓へ顔を近づけた。


「あ」


「何?」


あやかが訊いた。


「ここ、こうたと来た」


沈黙した。


「……え?」


あやかの声が変わった。


莉莉は外を見たまま答える。


「前に」


「前っていつ?」


「東京住んでたとき」


「こうちゃんと?」


「うん」


「下に?」


「うん」


「何しに?」


「ご飯」


「聞いてないんだけど」


「言ってないから」


「なんで言わないの!」


「聞かれてないから」


「莉莉」


「何」


「下って危ないところもあるんだよ?」


「普通に人も住んでるし」


「そういう問題じゃなくて」


「こうた、警察官じゃん」


あやかが止まった。


「……それはそうだけど」


「じゃあ大丈夫でしょ」


「こうちゃんが一緒でも、黙って行っていいって話じゃないの」


「普通に帰ってきたよ」


「そういう問題じゃない!」


「じゃあ何」


「親として心配してるの!」


「そのとき、あやかいなかったの」


「だから今心配してるの!」


「今?」


「今!」


莉莉は少し考えた。


「もう帰ってきてるのに?」


「莉莉!」


「あやか」


クーパーが笑いを堪えながら言った。


「何!」


「莉莉の勝ちじゃない?」


「パパは黙ってて!」


「はい」


クーパーはすぐ黙った。


莉莉は横を見る。


「じいじ弱い」


「莉莉!」


今度は二人に怒られた。


~~~


東京は、水に沈んだ。


そう学校では習う。


でも莉莉には、その言い方が少しだけ変に感じる。


東京はある。


人もいる。


電車も走っている。


会社もある。


学校もある。


お店もある。


じいじも住んでいる。


ただ、昔の東京と今の東京は、


少し高さが違う。


車は都心へ入っていった。


神楽坂が近づく。


雨に煙る建物の間を、人工基盤が幾重にも延びている。


その上を車が走る。


歩道のほとんどには屋根があり、建物と建物の間は連絡通路でつながっている。


下を見ると水がある。


そのさらに下に、昔の道がある。


じいじの家がある神楽坂の辺りは、莉莉にとって特別珍しい場所ではない。


前に住んでいたところ。


それだけだ。


「東京ってこんなだったっけ」


莉莉が言った。


「何が?」


あやかが訊く。


「もっと大きかった気がする」


「ああ」


あやかが笑った。


「莉莉が大きくなったんじゃない?」


「東京が小さくなったのかも」


「一年半で?」


「雨降ってるし」


「雨は関係ないでしょ」


「大体何でも雨のせいじゃん」


クーパーが笑った。


「それはちょっと分かる」


「パパまで」


「だって東京、本当に何でも雨のせいにするから」


「札幌もだよ」


莉莉が言った。


「世界中そうか」


「たぶん」


車が止まった。


莉莉は窓の外を見る。


見覚えのある街。


そして、見覚えのある建物。


「あ」


「着いたよ」


クーパーが言った。


莉莉は車を降りた。


頭上には大きな屋根がある。


その外側で雨が降っている。


一年半ぶりの家だった。


「私の部屋まだある?」


「もちろん」


「そのまま?」


「だいたい」


「勝手に入った?」


「僕の家なんだけど」


「私の部屋」


「掃除はしたよ」


「入ったじゃん」


「掃除だって!」


あやかが横から言った。


「パパ、私の部屋は?」


「あるよ」


「ほんと?」


「もちろん」


「そのまま?」


「だいたいね」


あやかが嬉しそうに笑った。


「さすがパパ」


莉莉は少し考えた。


「聖域は?」


「あるよ」


即答だった。


あやかの顔が少し引いた。


「まだあるの?」


「あるに決まってるだろ」


「増えた?」


莉莉が訊いた。


「少し」


「うわ」


「何だよ、その反応」


「気持ち悪」


「莉莉!」


「パパ、私もあの部屋だけはちょっと無理」


「あやかまで!」


莉莉はあやかを見る。


「ママ、何も言わないの?」


「ママは見てないことにしてる」


「りりかも見てるだろ」


「見えてても見ないの」


莉莉は納得した。


「大人だね」


「そういう問題?」


クーパーが不満そうな顔をした。


「別にいいだろ。僕の部屋なんだから」


「いいよ」


莉莉が言った。


「じゃあ気持ち悪いって言うなよ」


「いいけど気持ち悪い」


「パパ、私もそこは莉莉と同じ」


あやかが言った。


珍しく意見が一致した。


莉莉とあやかは顔を見合わせる。


『気持ち悪い』


二人同時だった。


「親子だなあ、ほんと!」


クーパーが言った。


莉莉は少し考えた。


「あやか、じいじに甘すぎ」


「急に何?」


「私にはもっと厳しい」


「私は莉莉のお母さんだから」


「じいじは?」


「私のパパ」


当たり前のように言った。


莉莉は少し考えた。


「ずるい」


「何が」


「知らない」


三人で建物へ入る。


「じいじ」


「ん?」


「お腹すいた」


「まだ言ってたの?」


あやかが呆れた。


「だって着いたじゃん」


「何たべたい?」


クーパーが言った。


莉莉はあやかを見る。


「ほら」


「パパ、甘やかさないで」


「あやかも何か食べる?」


クーパーが訊いた。


「食べる」


あやかが即答した。


莉莉はあやかを見る。


「食べるんじゃん」


「お腹すいた」


「私と同じじゃん」


「私はいいの」


「ずるい」


クーパーが笑った。


「何にしようか?」


莉莉は少し考えた。


「何でもいい」


「一番困るやつだ」


「おいしいもの」


「もっと困る」


あやかが笑った。


「パパ、莉莉が好きだった店まだある?」


「あるよ」


莉莉が振り返った。


「ほんと?」


「行く?」


「行く」


「即答だなあ」


「お腹すいたから」


「じゃあ荷物置いたら行こう」


「うん」


エレベーターを待ちながら、莉莉はガラスの向こうを見る。


雨が降っている。


その向こうには新しい東京がある。


その下には、昔の東京が沈んでいる。


一年半前まで、莉莉はここに住んでいた。


今は札幌に住んでいる。


札幌には、今の生活がある。


りりかがいる。


ことみちゃんがいる。


大じじいがいる。


学校がある。


美羽と紬がいる。


でも東京には、


じいじがいる。


自分の部屋も、まだある。


だから東京は、


失くした街ではない。


莉莉にとっては、


帰ってくることのできる、


もう一つの家だった。


札幌では、丸山地区にりりか、あやか、莉莉と3人で住んでいて、莉莉の曾祖母ことみちゃんは当別方面に住んでいます。


りりかは札幌にはことみちゃんもいて、あやかと莉莉の生活も落ち着いてきたので、そろそろ東京に戻ろうかなと考えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。