幕間6 晴れた日の人々
4章20話後の幕間でしたが、誤って投稿しました。
削除はせずにこのままにしておきます。
「晴れたね」
ことみが言った。
大じじいは、窓の外を見た。
「ああ」
空は青かった。
雲は少し残っている。
それでも、その向こうには青い空が広がっていた。
建物の壁にも、木にも、道にも、光が当たっている。
「外、出る?」
ことみが言った。
「寒いだろ」
「晴れてるんだからいいでしょ」
「晴れてても寒いものは寒い」
「じゃあ、ちゃんと着ればいいでしょ」
大じじいは、もう一度窓の外を見た。
青かった。
よく知っている色だった。
ことみは、もう上着を手に取っている。
「行くのか」
「行くよ」
「そうか」
「あなたは?」
少しだけ間があった。
「行くか」
ことみが笑った。
「最初からそう言えばいいの」
「聞かれたから答えただけだ」
「はいはい」
大じじいも立ち上がった。
ことみは先に廊下へ出ていく。
その背中を見てから、大じじいはもう一度だけ窓の外を見た。
それから、ことみのあとを追った。
~~~
東京も晴れていた。
クーパーは仕事の途中で、何度目か分からないくらい窓の外を見た。
新しい東京は高い。
建物の間を高架が走り、その下には水がある。
いつもの東京だった。
ただ今日は、その全部が明るかった。
「社長」
呼ばれて、クーパーが振り向く。
「はい」
「こちら、確認お願いします」
「ああ」
端末を受け取る。
内容を確認して返す。
それから、また窓を見た。
相手もつられて窓を見る。
「……すごいですね」
「うん」
「朝からみんな仕事になってないです」
クーパーは周囲を見た。
確かに、さっきから窓際へ行く人が多い。
写真を撮っている者もいる。
家族と話しているらしい者もいた。
クーパーは自分の端末を開いた。
りりかへ送る。
『札幌も晴れてる?』
返事はすぐに来た。
『晴れてるよ』
続いて写真が一枚届く。
円山の家から見える街。
青い空。
端の方に、あやかが写り込んでいる。
クーパーは写真を少し拡大した。
『あやかもいる』
送ると、
『そこ?』
と返ってきた。
『空より大事』
『はいはい』
クーパーは笑った。
もう一度写真を見る。
それから、窓の外へ端末を向けた。
一枚撮る。
確認する。
もう一枚撮る。
「社長も撮るんですね」
近くにいた社員が言った。
「撮りますよ」
「こういうの興味なさそうなのに」
「失礼ですね」
写真をりりかへ送る。
少し考えてから、クーパーは時計を見た。
「今日、早く終わりましょうか」
近くにいた数人が振り向いた。
「え?」
「仕事」
「何時ですか?」
「できるところまで終わったら」
「どうしたんですか」
クーパーは窓の外を見た。
「晴れてるから」
誰かが笑った。
でも。
反対する人はいなかった。
~~~
横須賀の海も光っていた。
「あれ」
あやとが言った。
「何?」
かえでが隣に来る。
「海って、こんな色だったっけ」
二人で海を見る。
青というより、青と白と銀が混ざっている。
波が動くたびに光が散った。
遠くには船が見える。
その向こうにも、まだ海が続いている。
「きれい」
かえでが言った。
「だよな」
あやとは端末を出した。
写真を撮る。
もう一枚。
少し位置を変えて、また撮る。
「撮りすぎじゃない?」
「お前も撮ってるじゃん」
「私は二枚」
「俺もそんなもん」
「今、四枚撮った」
「見てたのかよ」
後ろから声がした。
「昔は、こういう日もあったよ」
二人が振り向く。
かいとが立っていた。
かえでが笑う。
「お父さん、それ今日何回目?」
「何が」
「昔はこうだった」
「そんな言ってないだろ」
「あやと」
「三回くらい聞いた」
「ほら」
「お前らがいちいち聞くからだろ」
かいとも海を見る。
しばらく見ていた。
「撮らないの?」
かえでが聞いた。
「覚えてるから」
「出た」
「何が」
「昔を知ってる人」
あやとが笑う。
かいとは二人を見て、それからもう一度海を見た。
少しして、ポケットから端末を出す。
「撮るんじゃん」
「今の横須賀は今しかないだろ」
「さっき覚えてるって言ったじゃん」
「うるさい」
かいとが一枚撮る。
あやとが横から画面をのぞく。
「下手」
「お前に言われたくない」
「貸して」
「いい」
「貸してよ」
「自分ので撮れ」
かえでも覗き込む。
三人の後ろで、海が光っていた。
~~~
札幌では、こうたが眼鏡を外していた。
眩しい。
こんなに眩しかったか。
「……眩し」
眼鏡をかけ直す。
あまり変わらない。
街はいつもの街だった。
古い建物
新しい建物
高架
水路
水面
長い時間をかけて継ぎ足されてきた札幌。
何も変わっていない。
なのに、妙に違って見える。
壁が明るい。
窓が光る。
水面が光る。
人の影が地面に落ちている。
こうたは少し歩いて、眼鏡店の前で止まった。
店頭にサングラスが並んでいる。
一本手に取って、かける。
鏡を見る。
「……違うな」
戻そうとすると、店員が近づいてきた。
「こちらの方が、お顔には合うと思いますよ」
「そう?」
渡されたものをかける。
鏡を見る。
悪くない。
「これください」
店を出る。
新しいサングラスをかける。
世界が少し暗くなった。
「おお」
歩きやすい。
こうたは端末を取り出した。
空を撮る。
送る相手を選ぶ。
少し考えた。
莉莉
『晴れたな』
送る。
数分後。
返事が来た。
『知ってる』
こうたは画面を見る。
「だよな」
端末をしまう。
そのまま歩き出す。
途中で、ガラスに映った自分を見る。
少し立ち止まる。
新しいサングラス。
「……悪くないな」
誰も聞いていなかった。
~~~
夕方になっても、雨は降らなかった。
美羽と紬は、屋根のない道を歩いていた。
屋根付きの歩廊はすぐ隣にある。
でも、今日はそちらへ入らなかった。
「今日、髪最強だった」
美羽が言った。
「朝からずっと言ってる」
「だって全然崩れない」
「よかったね」
「紬、興味なさすぎ」
「朝も聞いたから」
美羽は自分の髪を触った。
「雨ないだけでこんな違うんだ」
「湿気も少ないんじゃない」
「毎日これがいい」
二人は歩く。
傘は持っていなかった。
美羽も。
紬も。
朝、家を出るときは少し迷った。
でも結局、置いてきた。
空はまだ明るかった。
夕方の光が建物に当たっている。
水面にも光が残っていた。
歩いている人も多い。
屋根のないところに、人がいる。
それだけのことが、今日は少し珍しかった。
美羽が空を見る。
「明日も晴れるかな」
紬も見上げる。
「晴れるんじゃない?」
「ほんと?」
「予報だと」
「じゃあ、どっか行く?」
「いいよ」
「どこ?」
「知らない」
「考えてよ」
「言い出したの美羽じゃん」
「じゃあ買い物」
「また?」
「いいじゃん」
少し歩く。
美羽が思い出したように言った。
「莉莉も誘お」
「誘お」
美羽は端末を取り出した。
歩きながら文字を打つ。
紬が横からのぞく。
「それだけ?」
「これで分かるでしょ」
「まあ、分かるけど」
美羽が送信する。
画面には、短い文章が残った。
『明日ひま?』
二人はそのまま歩いていった。
屋根のない道を。




