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カエル天気予報  作者: ミノ ヨウスケ
カエル天気予報 第一部 カエル天気予報編
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第4章「雨がやむ日」 第19話 雨のない朝


莉莉は目を覚ました。

まだ、少し早かった。

目覚ましは鳴っていない。

布団の中で天井を見る。

何か変だった。

しばらく、そのままでいた。


静かだった。

冷蔵庫か何かの低い音。

遠くを走る車の音。

どこかで、水が流れる音。

聞こえるものは、ちゃんとある。


でも


いつもの音がなかった。

莉莉は少しだけ耳を澄ませた。


「……降ってない?」


布団から出た。

カーテンを開ける。

空は灰色だった。

道路も濡れている。

建物も、水面も、いつもと変わらない。


ただ


窓を流れる雨粒がなかった。

莉莉は窓を少し開けた。

冷たい空気が入ってくる。


手を出す。

何も当たらない。


しばらく待つ。


もう一度、少し遠くまで手を出す。

やっぱり何も落ちてこなかった。


「ほんとに降ってない」


莉莉は外を見た。

雨はなかった。


~~~


「りーりー、傘どうする?」


朝食を食べていると、あやかが訊いた。

莉莉はパンを食べながら玄関の方を見る。


「持ってく」


「降ってないよ」


「でも降るかもしれないじゃん」


「それはそうだけど」


「持っていきなさい」


りりかが言った。


「ほら」


莉莉があやかを見る。


「何が、ほら、なの」


「ママも言ってる」


「雨が終わったって決まったわけじゃないからね」


りりかはそう言って、コーヒーを飲んだ。

昨日より少しだけ機嫌がよさそうだった。

莉莉はパンを食べる。


「朝から降ってないの、珍しいね」


あやかが言った。


「うん」


「静かじゃなかった?」


莉莉はあやかを見る。


「分かった?」


「分かるよ」


「私もそれで起きた」


「雨が降ってなくて起きるって変だね」


「雨で起きる方が普通じゃない?」


あやかは少し考えた。


「まあ、そうか」


莉莉は最後の一口を食べた。

玄関で靴を履く。

いつもの傘を手に取った。

開く必要はなかった。


~~~


外へ出ると、やっぱり雨はなかった。

空は灰色。

街も灰色。

道路には水が残っている。

排水路にも、水は流れている。

第七の方から来る風は冷たかった。


それでも


傘を差している人がいない。

みんな傘を持っている。

折り畳んだ傘。

長い傘。

鞄から傘の柄が出ている人もいる。

でも、誰も開いていなかった。


莉莉は歩きながら周りを見る。

屋根のある歩廊から、わざわざ外側を歩いている人がいた。

店の前では、店員らしい女の人が空を見ている。

小さな子どもがフードを被らずに走っていた。

母親らしい人が、その後ろを歩いている。

駅の近くでは、空に端末を向けている人までいた。


何撮ってるんだろ。


莉莉も空を見る。

灰色だった。

いつもと同じ。


でも


少し先を歩いていた男の人も、空を見た。

反対側から来た女の人も見た。

駅へ入る前に、もう一度振り返っている人もいた。

みんな、少しだけ上を見ていた。


莉莉も、もう一度見た。

雨は降っていなかった。


~~~


「見て」


教室に入るなり、美羽が言った。


「何」


「今日、髪最強」


莉莉は美羽を見る。


「昨日も生きてたじゃん」


紬が言った。


「今日は完全体」


「何と戦ってるの」


莉莉が鞄を置く。


「湿気」


「まだ湿気あるでしょ」


「気分の問題だから」


「じゃあ雨関係ないじゃん」


「関係ある」


美羽が言い切った。

紬が窓の方を見る。


「まだ降ってないよ」


三人とも見る。

教室の何人かも、窓の外を見ていた。


「朝から?」


美羽が訊く。


「うん」


「うちも」


「私のところも」


紬が言った。


「すごくない?」


美羽が言う。

莉莉は椅子に座った。


「すごいね」


「反応薄くない?」


「だって降ってないだけじゃん」


「それがすごいんでしょ」


「そうだけど」


始業のチャイムが鳴った。

先生が入ってくる。

授業が始まった。

しばらくして、莉莉は窓の外を見た。


雨はない


前の席の子も見ていた。

少し離れた席の子も見ている。


「はい」


先生が言った。

何人かが前を向く。


「今日は外ばっかり見ない」


教室で少し笑いが起きた。

先生も一度だけ窓を見た。


「気になるのは分かるけど」


また少し笑いが起きた。

授業が続いた。


~~~


昼休み


「まだ降ってない」


美羽が言った。


「見れば分かる」


莉莉は昼食を食べている。


「朝からずっとだよ」


「知ってる」


「もっと感動してよ」


「何で美羽が感動させようとしてるの」


「歴史的な日かもしれないじゃん」


紬が端末を見ながら言った。


「そういうこと言ってる人、結構いるよ」


「ほんと?」


美羽が隣から覗く。

莉莉も少しだけ見る。


ニュースには、日本の広い範囲で降雨がほとんど観測されていないと書かれていた。

海外でも似た変化が出ているらしい。

長く続いてきた雨そのものに変化が起きているのか。

それとも一時的なものなのか。

まだ分からない。

その下に、別の記事があった。


長雨は終わるのか?


美羽が指差した。


「ほら」


「疑問形じゃん」


莉莉が言った。


「でも終わるかもしれないってことでしょ?」


「かもしれないね」


紬が画面を動かす。


「みんな結構言ってる」


短い投稿が次々と流れる。

明日も降らないらしい。

このまま止まるんじゃないか。

こんなに長く降らなかったのはいつ以来だ。

子どもに雨のない日を見せられた。


そんな言葉が並んでいる。


莉莉は最後の一つを少し長く見た。


「ねえ」


美羽が言った。


「何?」


「このまま雨終わったらどうする?」


「どうするって?」


紬が訊く。


「分かんない。なんかする」


「何それ」


莉莉が言う。


「紬は?」


「洗濯」


「現実的」


「外に干してみたい」


「それいいかも」


美羽が言った。

二人が莉莉を見る。


「莉莉は?」


「何が?」


「雨、終わったら」


莉莉は少し考えた。

雨が終わる。

そう言われても、何をすればいいのか分からない。


「傘いらなくなる」


美羽が黙った。

紬も黙った。


「何」


「それだけ?」


「楽じゃん」


「もっとあるでしょ」


「何が」


「分かんないけど」


「美羽も分かってないじゃん」


紬が笑った。

莉莉も笑った。

窓の外では、まだ雨が降っていなかった。


~~~


放課後。

校舎を出ても、雨はなかった。

朝持ってきた傘は、一度も開いていない。


「これ、いらなかったじゃん」


美羽が自分の傘を見る。


「朝は分かんなかったし」


紬が言う。


「明日も降らないんでしょ?」


「予報ではね」


「じゃあ置いてこようかな」


「降ったら?」


「莉莉に何とかしてもらう」


「やだ」


「即答」


三人で歩く。

少し先で、美羽が止まった。


「何か買ってかない?」


「また髪?」


莉莉が訊く。


「違うから」


「じゃあ何」


「食べるもの」


「それならいい」


「判断早いね」


「重要だから」


「昨日の私じゃん」


三人で店に寄った。

莉莉は小さなプリンを買った。

美羽は菓子パン。

紬は温かい飲み物。

店を出る。


「どこで食べる?」


美羽が訊いた。

莉莉は少し考えた。

いつもなら、駅まで行く。

途中の屋根の下で食べてもいい。

店の中でもいい。

紬が少し先を指した。


「そこ空いてるよ」


水域沿いに、小さな広場があった。


ベンチが並んでいる。

屋根はない。

莉莉は見る。


「座れるじゃん」


美羽が言った。

三人でそちらへ向かった。

ベンチは少し湿っていた。

美羽が手で触る。


「大丈夫そう」


「ほんと?」


「たぶん」


「美羽のたぶん信用できない」


「じゃあ立ってれば」


莉莉は端の方を触った。

少し冷たい。

でも濡れるほどではない。


座った。

紬も座る。

美羽も座った。


目の前には水がある。

向こうには建物が並んでいる。

空は相変わらず灰色だった。

莉莉はプリンを開けた。


一口食べる。


「ここで食べるの、初めてかも」


莉莉が言った。

美羽が周りを見る。


「私も」


「私もかも」


紬が言った。

三人で空を見る。

何も落ちてこない。


「変な感じ」


美羽が言った。


「うん」


莉莉も言った。


「静かだね」


紬が言う。

莉莉は少し耳を澄ませた。


水の音

人の声

遠くの車

風


雨の音はなかった。


「ほんとだ」


莉莉はもう一口、プリンを食べた。

近くを小さな子どもが走っていく。

その後ろから父親らしい人が追いかけている。

少し離れたところでは、年配の二人がベンチに座っていた。

みんな、屋根のないところにいた。


美羽が空を見る。


「明日もこうだったらいいね」


莉莉も空を見る。

灰色だった。


「うん」


素直にそう思った。


~~~


家に帰っても、雨は降らなかった。


「ただいま」


「おかえり」


あやかの声がする。

莉莉は玄関で傘を見る。

朝持って出たまま。

一度も開かなかった。

傘立てに戻した。


リビングでは、あやかとりりかがニュースを見ていた。


「まだ降ってないね」


あやかが言う。


「うん」


「今日ずっと?」


「ずっと」


「すごいね」


「学校でもみんな言ってた」


画面には予報が出ていた。


今夜

そして明日の朝


降水量は、ほとんどない。


「明日も降らないんだって」


莉莉が言った。


「みたいね」


りりかが答える。

莉莉は玄関の方を見る。


「傘、いらないかな」


「朝と同じ話してるよ」


あやかが言った。

莉莉は少し考えた。


「ほんとだ」


あやかが笑った。


~~~


夜


莉莉は自分の部屋でカーテンを開けた。

雨は、まだ降っていなかった。

朝からずっと。

窓にも雨粒はない。

街の灯りは、水面に映っている。

空は灰色のまま。

いつもの札幌なのに。

いつもとは少し違って見えた。


莉莉は窓のそばに立った。

朝から一度も傘を開かなかった。

美羽と紬と、屋根のないところに座った。

外でプリンを食べた。

それだけだった。


でも


悪くなかった。


明日も、雨は降らないらしい。


莉莉は少し考えた。


明日は、傘を置いていこうかな。


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