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カエル天気予報  作者: 美濃 陽介
カエル天気予報 第一部 カエル天気予報編
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第4章「雨がやむ日」 第17話 新しい技術

第4章では、雨の世界で暮らす莉莉にとって、当たり前だったこと。

そして、まだ知らないこと。莉莉の日常をもう少し一緒に見てもらう章です。


朝から雨だった。

いつも通りだった。

ただ、最近は少し寒い。


莉莉は玄関で靴を履きながら、外を見た。

細い雨が降っている。

カエルは黄色。

今日はそれほど強くないらしい。


「りーりー、待って」


後ろから声がした。

莉莉は振り返る。

あやかが廊下を走ってきた。

片方の靴下を持っている。


「何してるの」


「靴下」


「見れば分かる」


「片方なくなった」


「持ってるじゃん」


「見つけたの」


あやかは玄関に座って、靴下を履いた。

莉莉は見ていた。


「大学生って大変だね」


「そうなの。朝からすごく大変」


「そこじゃないと思う」


「りーりー、冷たい」


「外も寒いよ」


「うまいこと言ったつもり?」


「別に」


あやかが靴を履く。

今日は大学へ行くらしい。

土曜日だけれど、少し用事があると言っていた。

莉莉も一緒に出る。

大学に行きたいわけではない。

帰りに店を見る約束をしたからだ。


「ママは?」


「今日は出かけるって」


「どこ?」


「知らない」


「聞いてないの?」


「聞いたけど忘れた」


「ひど」


「あとで聞けばいいじゃん」


あやかが立ち上がった。


「よし」


「何が」


「準備完了」


莉莉はあやかを見る。


「髪」


「え?」


あやかが鏡を見る。

少し跳ねていた。


「……これくらい平気」


「大学生って大変だね」


「二回言わなくていいから」


二人で家を出た。


~~~


大学へ向かう途中、あやかが何度も端末を見ていた。


「何見てるの」


「今日から切り替わるんだって」


「何が?」


「エネルギー」


莉莉は少し考えた。


「電気?」


「それも」


「それも?」


「暖房とか、いろいろ」


「ふうん」


あやかが画面を莉莉に向ける。

ニュースが表示されていた。

札幌圏の新しいエネルギー網が、今日から本格的な運用に入るらしい。


地下の熱

水域の波や流れ

沖合の風


いくつかの方法で作った電気や熱を一つにつないで、街全体で使う。

余ったものは蓄える。

足りないところへ送る。

その調整をAIがする。


莉莉は少し読んだ。

途中から知らない言葉が増えた。

読むのをやめる。


「分かった?」


「だいたい」


「ほんと?」


「いろんなところで作って、まとめる」


「うん」


「AIが何とかする」


「だいぶ雑だね」


「お母さんの説明と同じじゃん」


「私はもう少しちゃんと説明したよ」


「してない」


あやかが画面を見る。


「地下の熱っていうのが結構大きいみたい。ずっと使えるから」


「雨でも?」


「うん」


莉莉は窓の外を見る。

雨が流れている。


「雨でも関係ないんだ」


「地下だからね」


「じゃあ札幌向きじゃん」


「たぶんね」


電車は雨の街を走っていた。


水面

人工基盤

古い建物

新しい建物

その間をつなぐ高架


莉莉が生まれた時からある札幌だった。


~~~


大学に着くと、あやかは、


「ちょっと待ってて」


と言って、どこかへ行った。


「ちょっとって何分?」


「二十分」


「ほんと?」


「三十分」


「増えた」


「じゃあ二十五分」


「適当じゃん」


あやかは笑って行ってしまった。

莉莉はロビーの椅子に座った。

人が多い。


学生

教員

家族連れ


今日は大学の一部が一般にも開放されているらしい。

正面の大きな画面にも、朝見たものと似た映像が流れていた。


新しいエネルギー網

地下深くへ伸びる線

海の上に浮かぶ設備

波で動く装置

沖合の風車


それらが細い線でつながっている。

画面の隅でAIが発電量や需要を予測し、数字を動かしていた。

莉莉はしばらく見た。


地下


全部違う場所なのに、つながっている。


「りーりー」


振り返る。


あやかがいた。


「早かったね」


「二十三分」


莉莉は時計を見る。


「ほんとだ」


「疑ってた?」


「少し」


「ひど」


あやかが隣に座る。

画面を見る。


「あ、これ見てたの?」


「うん」


「面白い?」


「まあ」


「まあ、なんだ?」


「お母さん、これ分かる?」


「全部は分かんない」


「大学生なのに?」


「大学生を何だと思ってるの」


莉莉は少し考えた。


「勉強する人」


「それは合ってる」


「じゃあ勉強して」


「専門が違うんです」


画面には水上設備が映っている。

あやかがそれを見る。


「でも、こういうのはちょっと面白いよね」


「何が?」


「街が変わると、生き物も変わるから」


莉莉はあやかを見る。


「動物?」


「動物も。植物も。人も」


「人も生き物じゃん」


「そうだよ」


あやかは画面を指した。


「水の流れが変わったり、温度が変わったり、建物が増えたりすると、そこにいるものも変わるでしょ」


「うん」


「だから、電気がいっぱい作れます、だけじゃないんだよ」


莉莉はもう一度画面を見る。

海の上で何かが動いている。


「難しいね」


「難しいよ」


「分かってる?」


「少し」


「少しなんだ」


「まだ二年生ですから」


あやかが胸を張った。

胸を張るところではない気がした。


~~~


大学を出たあと、二人はすぐには帰らなかった。


「ちょっと寄っていい?」


あやかが言った。


「どこ?」


「第七」


莉莉はあやかを見る。


「また?」


「またって何」


「よく行くじゃん」


「面白いんだもん」


「水じゃん」


「水だけじゃないよ」


「じゃあ何?」


あやかは少し考えた。


「いっぱい」


「説明できてない」


「行けば分かる」


たぶん、あやかも全部は分かっていない。

莉莉はそう思った。

でも帰りに店を見る約束は守るらしいので、ついていくことにした。


~~~


第七水域は、前に来た時と少し変わっていた。

莉莉はすぐに気づいた。


「増えてる」


「分かった?」


「分かるよ」


水際に新しい設備が並んでいる。

大きなものではない。


人工基盤の縁

水上道路の近く

防護設備の横


見慣れない箱のようなものや、水面に浮かぶ設備がいくつも設置されていた。

少し離れた場所には、もっと大きなものも見える。

雨の中、水面が動いている。

その動きに合わせて、設備の一部もゆっくり動いていた。


「あれ?」


莉莉が指差す。


「朝見たやつ?」


「そうだと思う」


「波の?」


「うん。あっちは流れも使うみたい」


「水で電気作るんだ」


「水っていうか、動きね」


「同じじゃん」


「違うよ」


「どう違うの?」


「……ちゃんと説明すると長い」


「分かんないんでしょ」


「分かるよ」


あやかが笑った。


「たぶん」


「ほら」


二人は水際を歩いた。

雨は弱かった。

傘に細かな音が続いている。

莉莉は水面を見る。

水面の向こうに、新しい設備が並んでいた。


「ここ、前からこんなだった?」


莉莉が訊いた。


「どこ?」


「全部」


「全部って?」


「水」


あやかが水面を見る。


「私が小さい頃?」


「うん」


「たぶん違うと思うよ」


あやかは少し考えた。


「でも、変わっていく途中だったからね」


「覚えてる?」


「札幌に住んでいたわけじゃないから、少し」


「ママならいっぱい話すのに」


「ママはよく覚えてるからね」


「お母さんは?」


「少し覚えてるよ」


あやかは笑った。


「でも、りーりーに昔話できるほど昔の人じゃないから」


「三十二歳だもんね」


「そう」


「まあまあ昔じゃん」


「十三歳から見ればね」


「うん」


「そこは否定して」


莉莉は少し笑った。

あやかも笑った。

二人はまた歩く。

少し先で、新しい設備が水面に揺れていた。

あやかがそれを見る。


「でも、ああいうのはなかったよ」


「これから増えるの?」


「たぶん」


「いっぱい?」


「たぶん」


「またたぶん」


「まだ始まったばっかりだからね」


莉莉は設備を見る。

昔ここに何があったのかは、よく知らない。

道路だったのかもしれない。

家だったのかもしれない。

店だったのかもしれない。

今は水だった。


その水の動きが、街で使う電気を作っている。


「結構役に立ってるんだね」


あやかが莉莉を見る。


「何が?」


「ここ」


「第七?」


「うん」


「言い方」


「だってそうじゃん」


あやかは少し考えた。


「まあ、そうだね」


二人で水を見る。


「なくなったものもいっぱいあるけどね」


あやかが言った。

莉莉は何も言わなかった。

あやかも、それ以上は言わなかった。

雨だけが水面に落ちていた。


~~~


帰りに、約束通り店へ寄った。

あやかが服を見た。

莉莉も見た。


「これどう?」


あやかが一着持ってくる。


「お母さんが着るの?」


「うん」


「若くない?」


「三十二歳です」


「さっき自分で言ったじゃん」


「何を」


「十三歳から見たら昔って」


「昔とは言ってない」


「同じでしょ」


「違います」


莉莉は別の服を見る。


「こっちの方がいい」


「ほんと?」


「うん」


あやかが鏡の前で合わせる。


「どう?」


「いいんじゃない」


「普通?」


莉莉はあやかを見る。


「似合ってる」


あやかが少し笑った。


「じゃあ買お」


「早」


「りーりーが似合ってるって言ったから」


「私のせいにしないで」


そのあと、二人で甘いものを食べた。

莉莉はプリンにした。


あやかはケーキ。


「一口」


あやかが言った。


「やだ」


「ケーキあげるから」


「いらない」


「何で」


「プリンがいいから」


「じゃあ一口」


「意味分かんない」


結局、あやかは一口食べた。

莉莉もケーキを一口食べた。

悪くなかった。

でもプリンの方がよかった。


~~~


家に帰ると、あやかが濡れた上着を乾燥設備に入れた。

莉莉も入れる。

表示が変わる。


「早」


あやかが言った。


「何が?」


「乾燥」


莉莉も見る。

いつもより終了予定が少し早い。


「新しいやつじゃない?」


「エネルギー網?」


「うん」


「それは関係ないと思うけど」


「じゃあ何で早いの」


「最近更新したとか」


「知らない」


「私も知らない」


二人で表示を見る。

少しして、あやかが笑った。


「でも、電気いっぱい使っても平気になるなら助かるね」


「何で?」


「乾燥機とか暖房とか、結構使うから」


「雨だからね」


「そう」


あやかはリビングへ行った。

莉莉もついていく。

窓の外では雨が降っていた。

いつもの札幌だった。


水面があって。

人工基盤があって。

古い街があって。

新しい街があって。


その下では、見えないところから熱を取り出している。

水の上では、波や流れから電気を作っている。

もっと遠くでは、風からも。

それをAIがつないでいる。


莉莉には、全部は分からなかった。

たぶん、お母さんにも全部は分かっていない。


「お母さん」


「ん?」


あやかが振り返る。


「卒業したら何するの?」


「え?」


あやかが少し驚いた顔をした。


「急だね」


「今日いろいろ見てたから」


「んー」


あやかはソファに座った。

莉莉もその横に座る。


「まだ決めてない」


「また?」


「またって何」


「あやとお兄ちゃんも決めてなかった」


「あやとくん?」


「かえでお姉ちゃんも」


「ああ」


「みんな決めてない」


あやかが笑う。


「いいじゃん。決めてなくても」


「お母さん三十二歳だよ」


「年齢関係ないでしょ」


「そうなの?」


「そうなの」


あやかは少し考えた。


「でも、今日みたいなのは面白いかな」


「電気?」


「それだけじゃなくて」


あやかは窓の外を見る。


「水とか、街とか、動物とか、植物とか、人とか。そういうの全部一緒に考えるの」


「いっぱいじゃん」


「いっぱいなんだよ」


「獣医は?」


「それも考えてるよ」


「決まってないじゃん」


「だから決めてないって言ったでしょ」


莉莉は少し考えた。


「大変そう」


「大変だよ」


「じゃあやめれば?」


「何でそうなるの」


莉莉は笑った。


あやかも笑った。


窓の外では、雨が降っていた。


いつもの雨だった。


今日見た水面には、


前にはなかったものが浮かんでいた。


莉莉はそれを少し思い出した。


そして、


「プリンもう一個ない?」


と訊いた。


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