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カエル天気予報  作者: 美濃 陽介
カエル天気予報 第一部 カエル天気予報編
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第3章「雨の外側」 第16話 雨の外側


朝から雨だった。

いつも通りだった。

ただ、少し寒い。


教室の窓には細かな雨粒がついていて、その向こうに灰色の空が見える。


「寒い」


美羽が言った。

莉莉は教科書を机の中に入れた。


「上着着れば」


「あるよ」


「じゃあ着れば」


「ロッカー」


莉莉は美羽を見る。


「意味ないじゃん」


「朝は寒くなかったの」


「寒かったでしょ」


「駅までは走ったから」


「知らない」


美羽が莉莉の机に腕を置いた。


「莉莉、寒くないの?」


「少し」


「ほら」


「何が」


「寒いじゃん」


「寒くないって言ってない」


「そういうとこだよ」


何がそういうところなのか、莉莉には分からなかった。

紬が教室に入ってきた。


「おはよう」


「紬、寒くない?」


美羽がすぐに訊く。


「寒いよ」


「だよね!」


「だから上着着てる」


美羽が黙った。

莉莉は少し笑った。


「何」


「別に」


「絶対馬鹿にした」


「してない」


「してる」


紬が鞄を置きながら二人を見る。


「あ」


「何?」


美羽が振り返る。

紬は莉莉の髪を見ていた。


「それ、横須賀で買ったやつ?」


莉莉は髪に触れる。

小さな髪飾り。


「うん」


「最近よくしてるね」


美羽も覗き込んできた。


「ほんとだ」


「前もしてたよ」


「そうだっけ?」


「してた」


美羽が少し離れて莉莉を見る。


「気に入ってるんだ」


「普通」


紬が笑った。


「普通なんだ」


「普通」


美羽も笑った。


莉莉は窓を見る。

雨が降っている。

カエルは黄色。

今日も、普通の日だった。


~~~


三時間目は社会だった。

先生が前で何かを説明している。

莉莉は聞いていた。

たぶん。


教科書も開いている。

ノートも取っている。

ただ、ときどき窓の外を見た。

雨がガラスを流れている。

細い雨粒が一つ、途中で別の雨粒と重なった。

少し大きくなって、下へ落ちる。

莉莉はそれを目で追った。

その向こうにも雨が降っている。


校舎

グラウンド

屋根のついた通路

灰色の空


いつもの景色だった。

莉莉は窓の外へ、少しだけ意識を向けた。


外の雨

拾う

つまむ

少し引く


窓の向こうで、雨の流れがわずかに変わった。


動く。


普通だった。

もう少し横へ引く。


雨が曲がる。


それも普通。

莉莉は意識を戻した。


雨も元に戻る。


その時だった。

何かが残った。

莉莉は窓を見る。


雨。


それだけ。

もう一度、意識を向ける。


つまむ


引く


雨が動く


何もない。

莉莉は眉を寄せた。

さっきは何だったんだろう。


「美濃」


名前を呼ばれた。

莉莉は前を見る。

先生がこちらを見ていた。


「はい」


「今の話、聞いてたか?」


「聞いてました」


「じゃあ答えて」


黒板を見る。

質問を見る。

少し考える。


「地方自治体」


「はい。正解」


先生はそのまま授業を続けた。

後ろから小さく、


「すご」


と聞こえた。


莉莉は振り返らなかった。


窓の外では、雨が降っていた。

さっきの感覚は、もうなかった。


~~~


放課後、三人で学校を出た。


「寒っ」


美羽が言った。


「上着」


莉莉が言う。


「着た!」


「偉い」


「褒められた」


「普通」


「それ今日二回目」


雨は朝より少し強くなっていた。

三人の傘に雨粒が当たる。

ぱらぱら。

細かい音。

莉莉はその音を聞きながら歩いた。


雨の音は嫌いではない。

昔から。

駅へ向かう途中、美羽が前を歩く。

紬がその横。

莉莉は半歩後ろ。

朝のことを思い出した。

何かが残った。

でも、何が残ったのか分からない。

雨だったのかもしれない。

自分の感覚だったのかもしれない。

ただの気のせいかもしれない。

莉莉は傘の縁から落ちる雨を見る。


少しだけ意識を向けた。


つまむ


横へ引く


傘の横を落ちていた雨が、わずかに向きを変える。

できる。

もう一度。

今度は少し弱める。

雨粒が細くなる。

できる。

いつも通り。

莉莉は意識を戻そうとした。


その瞬間。


少しだけ、


奥まで触った。


そんな感じがした。


莉莉は足を止めた。

何の奥なのかは、分からなかった。


「りーりー?」


美羽が振り返る。

莉莉は答えなかった。


雨を見る。

何もない。

もう一度、意識を向ける。

雨をつまむ。

そこにある。

いつもの感覚。

少し引く、動く。

でも、さっきの感じはしなかった。


「莉莉?」


今度は紬が言った。

莉莉は二人を見る。


「何」


「止まってる」


美羽が言った。


「うん」


「どうしたの?」


「別に」


美羽が莉莉を見る。


「またそれ」


「何でもない」


「ほんと?」


「うん」


莉莉は歩き出した。

美羽と紬も歩く。


「今日さ」


美羽が言った。


「何」


「駅で何か食べてかない?」


「宿題」


「明日やればいいじゃん」


「明日も宿題あるよ」


「じゃあ今日のは明日、明日のは明後日」


紬が言った。


「ずっとずれるね」


「いつか休みの日が来る」


「来ても宿題あるでしょ」


「……学校ってひどくない?」


莉莉は少し笑った。


「今気づいたの?」


三人はそのまま駅へ向かった。

雨は、普通に降っていた。


~~~


家に帰ってから、莉莉は自分の部屋で端末を開いた。

宿題ではない。

検索欄を見る。

少し考える。


MIA 感覚 雨


入力する。


検索。

たくさん出た。


研究機関

大学

ニュース

一般向け解説

知らない言葉

英語


英語は閉じた。


日本語のページを開く。

能力を使用した際の感覚には個人差があります。


読む。


人によって、押す、引く、動かすなど、異なる表現が用いられます。


知っている。


次。


能力強度と知覚特性。


難しい。

閉じる。


もう一度検索する。


MIA 触る感じ


さっきより変な結果が増えた。


「違う」


小さく言う。

検索語を変える。


カエル術 違和感


動画がいっぱい出た。


違う。


莉莉は椅子にもたれた。

何を調べたいのか、自分でもよく分からない。

前にも、雨がおかしいと思ったことはある。

重かったり、触った感じが少し違ったり。

検査では、強い能力者の中にも、雨をいつもと違って感じる人がいると聞いた。

だから、それなのかもしれない。


一つのページを開く。

若い能力者向けの一般的な説明だった。

莉莉は読む。


一部の能力者では、通常と異なる操作感覚や知覚が報告されることがあります。


その先。

原因については、現在も研究が続けられています。

莉莉は画面を見る。


「それだけ?」


端末は答えない。

もう少し下へ動かす。


疲労

体調

気象条件。

能力発達


いろいろ書いてある。

でも、今日の感じは書いていない。

莉莉は検索欄に戻った。

少し考える。


雨の外側


検索。


出てきた。


雨の日の外壁対策。

屋外施設の防水。

傘の外側に水滴が残る理由。

小説。

昔の歌。


「違う」


莉莉は画面を閉じた。

何が違うのかも、よく分からなかった。


~~~


「りーりー、ご飯」


あやかの声がした。


「うん」


莉莉は部屋を出た。

リビングに行く。

ママはまだ帰っていなかった。

あやかがキッチンに立っている。


「今日何?」


「鮭」


「また?」


「昨日は肉」


「一昨日」


「一昨日のことまで責任持てません」


莉莉は椅子に座った。

あやかが皿を置く。


「何調べてたの?」


莉莉は顔を上げた。


「何で知ってるの」


「部屋の前通ったら、りーりーが『違う』って端末に文句言ってた」


「言ってない」


「言ってたよ」


「聞かないで」


「はいはい」


あやかも座る。

莉莉は箸を持った。

鮭を少し食べる。


「お母さん」


「ん?」


莉莉は少し考えた。


「雨って、どこまでが雨なの?」


あやかの箸が止まった。


「……何それ」


「知らない」


「りーりーが聞いたんでしょ」


「うん」


あやかは少し考える。


「どこまでって、雲から落ちてきてる水滴が、ってこと?」


「違う」


「地面に落ちた後?」


「違う」


「じゃあ水循環?」


「たぶん違う」


「難しいな」


あやかが鮭を食べる。


「雨雲まで含めるの?」


「そうじゃなくて」


「じゃあ何?」


莉莉は黙った。

自分でも分からない。


「知らない」


あやかが笑った。


「何それ」


「だから調べてた」


「分からないことを?」


「うん」


「いいじゃん」


莉莉はあやかを見る。


「何が」


「別に」


「何それ」


「りーりーの真似」


「似てない」


「似てるよ」


莉莉は味噌汁を飲んだ。

あやかが少しして言った。


「分かったら教えて」


「何を?」


「雨がどこまでなのか」


「お母さんが分かってないじゃん」


「だから教えて」


「やだ」


「なんで」


「面倒くさい」


「ひどい」


莉莉は少し笑った。

あやかも笑った。

それで、その話は終わった。


~~~


夜。


宿題を終えて、莉莉はカーテンを閉めようとした。

窓の外を見る。


雨。


街の明かり。

濡れた道路。

傘を差して歩く人。

いつもの札幌。

カエルは黄色だった。

莉莉はカーテンに伸ばした手を止めた。

少しだけ、ガラスに近づく。


雨を見る。

意識を向ける。

そこにある感覚を拾う。


つまむ。


引く。


窓の向こうで、雨が少し曲がった。

いつも通り。


もう一度。

少しだけ強く。

雨の流れが変わる。

莉莉は目を細めた。


何か。


――ない。


何も見えない。

莉莉は意識を戻した。

雨も元に戻る。

しばらく、そのまま見ていた。


雨の向こうに何かがある。

そう思ったわけではない。

何かを見たわけでもない。


ただ。


雨だけじゃないような気がした。

スマートフォンが震えた。

莉莉は振り返る。

美羽。


『数学の③わかる?』


莉莉は画面を見る。


『分かる』


送る。

すぐに返ってきた。


『教えて』


『やだ』


『なんで』


『自分で考えて』


泣いているカエルのスタンプが来た。

莉莉は少し笑った。

もう一つ来る。


『紬もわかんないって』


莉莉は少し考えた。


『じゃあ写真送って』


すぐに、


『神』


と返ってきた。


「大げさ」


莉莉は机に戻った。

ノートを開く。

問題を見る。

美羽に説明するところを考える。


窓の外では、雨が降っていた。


莉莉が知っている、


いつもの雨だった。


たぶん。


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