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カエル天気予報  作者: 美濃 陽介
カエル天気予報 第一部 カエル天気予報編
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18/22

幕間4 横須賀で


莉莉が寝たあと。

かえでは自分の部屋に戻って、ベッドの上に置いたままだった小さな箱を片づけていた。

昼間つけていたイヤリング。

色違いを莉莉に見せたら、思っていたより食いついた。


『今度一緒に見に行く?』


『行く』


返事が早かった。

かえでは少し笑った。

昔から、りーりーは分かりやすいところと、分かりにくいところがある。


「かえで」


ドアの向こうから声がした。


「何?」


「充電器あった」


「よかったね」


「リビングにあった」


「知らないよ」


あやとがドアを開けた。


「何してんの」


「片づけ」


「りーりー寝た?」


「たぶん」


「早いな」


「札幌から来て、一日歩いてたんだから疲れたんでしょ」


「ああ」


あやとはそのまま部屋に入ってきた。


「今日、楽しそうだったね」


かえでが言った。


「りーりー?」


「うん」


「そう?」


「そうだよ」


「いつもあんな感じじゃない?」


「お兄ちゃん、全然見てないじゃん」


「見てたよ」


「じゃあ分かるでしょ」


あやとは少し考えた。


「何が?」


「もういい」


「何だよ」


かえではイヤリングを箱に戻した。


「あの子、今日ずっと機嫌よかったよ」


「へえ」


「お兄ちゃんに呼ばれたからじゃない?」


「俺?」


「知らない」


「何それ」


「本人に聞けば?」


「聞いたら『別に』って言うだろ」


「たぶんね」


二人とも少し笑った。


~~~


「でも、大きくなったよな」


あやとが言った。


「今日も言ってたじゃん」


「だって、前もっと小さかっただろ」


「当たり前でしょ。十三歳なんだから」


「俺たちがよく遊んでた頃、まだ小さかったもんな」


「うん」


莉莉が東京に住んでいた頃。

親戚が集まると、莉莉はよく二人のところへ来た。

大人たちの話より、少し年上のあやととかえでといる方が好きだったのだと思う。


「りーりー、昔お兄ちゃんの後ろばっかりついてたよね」


「そうだっけ」


「そうだよ」


「かえでのところにも行ってただろ」


「来てたけど」


かえでが笑う。


「お兄ちゃんが何かやると、すぐ真似してた」


「覚えてない」


「公園で同じところから飛ぼうとして、転んだじゃん」


「あったっけ?」


「あったよ。私が怒ったもん」


「誰に?」


「お兄ちゃんに」


「何で俺」


「危ないことさせるから」


「勝手についてきたんだろ」


「小さい子にそれ言う?」


あやとが笑った。

かえでは少し黙った。


「もう、ついてこないけど」


あやとも黙った。


「今日、自分で横須賀まで来たもんな」


「東京からだけどね」


「それでも」


あやとは壁にもたれた。


「展示も意外とちゃんと見てた」


「意外とって失礼じゃない?」


「いや。もっとすぐ飽きると思ってた」


「何か聞いてたの?」


「海がまだ増えてるのかとか、雨だけが原因なのかとか」


「へえ」


「研究の話も」


「りーりー、そういうの好きなのかな」


「どうだろ」


「大じじいの影響?」


「それも分かんない」


「みんな分かんないね」


かえでが笑った。


「でも、イヤリングの方が楽しそうだったけど」


「そんなもんだろ」


「十三だしね」


~~~


「何の話してる?」


開いたままのドアから、かいとが顔を出した。


「あ、父さん」


「りーりーの話」


「寝た?」


「たぶん」


「今日は疲れたろ」


かいとも部屋に入ってくる。


「展示、見に来た?」


あやとが訊いた。


「少しだけ。着いたの遅かったからな」


「仕事?」


「そう」


「市役所に開庁記念日とかで休みはない」


「かわいそう」


「それ、今日何回目だ」


かいとが笑った。

窓の向こうには、横須賀の夜があった。

雨の中に街の明かりが浮かんでいる。

その向こうは海だった。


「父さんって、横須賀生まれだよね」


かえでが言った。


「そうだよ」


「覚えてる?」


「ほとんど覚えてない」


「何歳まで?」


「三歳くらい」


「じゃあ、りーりーが昔うちに来てた頃くらい?」


「そうだな」


かいとは窓の外を見る。


「大じじいが海自で横須賀にいた頃に、俺が生まれた」


「ああ」


あやとが言った。


「それで呉?」


「そう。俺が生まれてしばらくして、大じじいが先に呉へ行った。そのあと俺たちも行った」


「それから埼玉と千葉?」


「それはもう少しあと」


かえでが窓の外を見る。


「じゃあ、大じじいもここにいたんだ」


「いたよ」


「父さんもここで生まれて」


「うん」


かえでがあやとを見る。


「で、お兄ちゃんも海」


あやとも見る。


「何」


「別に」


「絶対何か言いたいだろ」


「つながってるのかなと思って」


「関係ないよ」


返事は早かった。

かえでが笑う。


「大じじいが海自だったから選んだわけじゃないし」


「父さん海保だったし」


「それも関係ない」


「ほんと?」


「たぶん」


かいとが笑った。


「まあ、本人が関係ないって言うなら、関係ないんじゃないか」


「父さん適当」


「自分の進路なんて、そんなもんだよ」


あやとが父を見る。


「父さんは海保辞めた時から、市役所に行こうと思ってたの?」


「まさか」


かいとは即答した。


「海保辞めたときだって、その先が全部決まってたわけじゃない」


「大学入り直したんだよね」


「そう」


「それで市役所?」


「そう。保健行政」


「最初から?」


「大学に入ってから、少しずつ考えたかな。でも、今みたいになるとは思ってなかった」


あやとが少し考える。


「じゃあ、二十二で決まってなくても普通?」


「今日、りーりーにも似たようなこと言われた」


「何て?」


「四年なのに決まってないのって」


かいとが笑った。


「厳しいな」


「十三歳から見たら、二十二なんて何でも分かってると思うんじゃない?」


かえでが言った。


「父さんは?」


「何」


「二十二のとき、今の自分想像できた?」


「全然」


「じゃあ私も、まだ分かんなくていいか」


「大丈夫とは言ってないぞ」


「お兄ちゃんも私も、まだ決めなくていい?」


「決めなくていいとも言ってない」


あやとが笑う。


「何も言ってないじゃん」


「自分で決めろってこと」


「急に父親っぽい」


「父親だからな」


かえでが笑った。


~~~


「そういえば」


かいとが言った。


「りーりー、横須賀来たの初めてだっけ?」


あやととかえでが顔を見合わせた。


「たぶん」


「小さい頃、来てないよね?」


「東京や横浜ではよく会ってたけど」


「こっちには来てないと思う」


かいとは窓の外を見る。

雨の向こうに、港の明かりが並んでいる。


「そっか」


それだけ言った。


「何?」


かえでが訊いた。


「いや」


かいとは少し考えた。


「俺にとっては、生まれた場所だから」


「覚えてないんでしょ」


「覚えてないよ」


「じゃあ意味なくない?」


「そうでもない」


「何で?」


「知らない」


かえでが笑った。


「父さんも分かんないんじゃん」


「そうだな」


かいとは否定しなかった。

あやとが窓を見る。

昼間、莉莉と歩いた場所が、この雨のどこかにある。


海岸線を見ながら、


「海って、まだ増えてるの?」


と訊いていた。


小さい頃は、自分の後ろをついてきていた。

何をするにも、


「りーりーも」


と言っていた気がする。


今はもう言わない。

今日だって、自分で横須賀まで来た。


展示を見て、質問して、

分からないことを分からないと言っていた。


「何?」


かえでが訊いた。


「いや」


あやとは窓から目を離した。


「大きくなったなと思って」


「また言ってる」


「だって大きくなっただろ」


「おじさんみたい」


「りーりーにも言われた」


かえでが笑った。


~~~


「もう寝る」


かいとが言った。


「明日も早いから」


「土曜なのに?」


「仕事じゃない」


「じゃあ何?」


「いろいろ」


「何それ」


「大人にはいろいろあるんだよ」


「便利な言葉」


かいとが部屋を出ていく。

あやとも立ち上がった。


「俺も戻る」


「充電器なくさないでね」


「もう見つかったって」


「またなくすじゃん」


「なくさない」


あやとがドアまで行く。


「お兄ちゃん」


「何?」


「りーりー、また来るかな」


あやとは少し考えた。


「来るだろ」


「何で?」


「また来ればって言ったから」


「それだけ?」


「『うん』って返ってきた」


かえでが笑う。


「よかったね」


「何が?」


「別に」


「何だよ」


「おやすみ」


「はいはい」


ドアが閉まった。

かえではベッドに座ったまま、小さな箱を見る。


明日、莉莉とイヤリングを見に行く。


昔は、自分たちが行くところへ、小さな莉莉がついてきた。

明日は、莉莉が行きたいと言った店へ、二人で行く。それだけのことだった。

かえではイヤリングの箱を閉じた。


窓の外では、横須賀の海に雨が降っていた。


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