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カエル天気予報  作者: 美濃 陽介
カエル天気予報 第一部 カエル天気予報編
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16/23

第3章「雨の外側」 第13話 雨を調べる人たち

「りーりー、これ見た?」


夕食の途中で、あやかが言った。

莉莉はオムライスを食べながら顔を上げた。


「何」


「カエル術」


「使えるけど」


「知ってる」


「じゃあ何」


向かいに座るあやかが、テーブルの端に置いていた端末を莉莉の方へ向けた。

画面にはニュースが流れている。


上の方に、

国際気象干渉研究会議 札幌で開幕

と表示されていた。


その下には英語が並んでいる。


Meteorological Interference Ability


その後ろに括弧。


MIA


「ああ」


莉莉は言った。


「知ってるの?」


「名前は」


「へえ」


「この前、検査でも聞いたし。昨日、美羽たちとも話した」


「何を?」


「外国でもカエル術って言うのかなって」


「言わないでしょ」


「私もそう言った」


「じゃあ、ちゃんと親子じゃん」


「いまそれ関係ない」


あやかが笑った。

キッチンからママが振り返る。


「何の話?」


「莉莉が国際的な能力者だった話」


「違う」


「カテゴリーAなんでしょ?」


ママが言った。


「そうだけど」


「十分じゃない」


「何が」


莉莉にはよく分からない。

検査ではそう言われた。


カテゴリーA。


同い年ではかなり高い方。

細かく動かすのが得意。

でも学校では別に何も変わらない。

数学の宿題も減らない。

英語も簡単にならない。

傘を忘れた時に、少し便利。

それくらいだ。


「で、これ何」


莉莉は画面を指差した。


「世界中から研究者が来てるんだって」


あやかが言った。


「札幌に?」


「うん」


「なんで」


「研究するため」


「何を」


あやかが莉莉を見る。


「りーりーたちを」


莉莉はスプーンを止めた。


「やだ」


「莉莉個人じゃないよ」


「ならいい」


「切り替え早いなあ」


ママが笑う。


ニュースでは、壇上に立つ女の人が英語で話していた。

字幕が出る。


長期化する異常降雨

能力発現の仕組み

若年能力者の発達

気象災害への応用


莉莉はしばらく見ていた。

知らない言葉が多い。

画面が切り替わった。


今度は雨の中に立つ男の人だった。

その周囲だけ、雨が左右へ流れている。

莉莉は少しだけ画面を見る時間を長くした。


「強いね」


「分かるの?」


あやかが聞いた。


「たぶん」


男の人が片手を上げる。

雨の流れが大きく変わった。


莉莉は眉を寄せる。


「でも、雑」


「雑?」


「うん」


「何が?」


「曲げ方」


あやかが画面と莉莉を交互に見る。


「分かんない」


「私には分かる」


「へえ」


「何」


「いや。能力者なんだなって」


「そうだけど」


ずっとそうだ。

四歳くらいから。

だから今さら言われても困る。


~~~


翌朝。

ニュースは学校でも話題になっていた。


「MIA!」


教室に入るなり、美羽が言った。

莉莉は鞄を机に置く。


「何」


「昨日のやつ!」


「見た」


「これでしょ。気象なんとか」


「気象干渉能力」


紬が言った。


「そう、それ」


美羽が頷く。


「エムアイエー」


「覚えたんだ」


「ニュースで十回くらい言ってた」


「じゃあ忘れないね」


「でもカエル術の方がよくない?」


「うん」


莉莉は椅子に座る。

美羽も前の席を借りて座った。


「世界に何人いるんだろ」


「知らない」


「莉莉みたいなの」


「知らない」


「莉莉より強い人もいるの?」


「いるでしょ」


「いるんだ」


「たぶん」


美羽は少し考えた。


「じゃあ、その人たち全員集めたら雨止められる?」


莉莉は答えなかった。

考えたことがなかった。

紬が窓を見る。


今日も雨。

少し強い。

カエルは黄色だった。


「止められるなら、とっくにやってるんじゃない?」


紬が言った。

美羽が「あ」と言った。

莉莉も窓を見る。


世界には、自分より強い能力者がいる。

たくさんいる。

それでも雨は降っている。

そのことを、莉莉は初めて少し不思議だと思った。


「でもさ」


美羽が言う。


「弱くはできるんでしょ?」


「できる」


「じゃあ、みんなでやれば?」


「疲れる」


「交代で」


「知らない」


「すぐそれ」


「私に聞かれても分かんないし」


紬が莉莉を見る。


「研究してる人は、それを調べてるんじゃない?」


「何を?」


「どうしたら、もっと弱くできるか」


美羽が頷いた。


「なるほど」


莉莉はもう一度窓を見る。

雨粒がガラスを流れている。


つまもうと思えば、つまめる。

引こうと思えば、引ける。

曲げようと思えば、曲げられる。


でも。


どうしてできるのかは知らない。

そう考えると、少し変だった。


「りーりー」


美羽が言う。


「何」


「研究されたら雨止まるかもよ」


「私が?」


「違う。カエル術が」


莉莉は少し考えた。


「止まったら傘いらないね」


「そこ?」


「便利じゃん」


紬が笑った。


「莉莉らしい」


「何が」


その時、担任が入ってきた。


「席戻れー」


美羽が立ち上がる。


「続きあとで」


「続きあるの?」


「ある」


「私はない」


「ある!」


美羽は自分の席へ戻っていった。


~~~


昼休み。

莉莉は図書室にいた。

自分から来たわけではない。


「調べよう」


と言い出したのは美羽だった。


「何を?」


「MIA」


「なんで」


「気になるから」


「昨日まで名前もちゃんと覚えてなかったじゃん」


「だから気になるの」


紬もついてきた。

図書室の奥には、学校用の情報端末が並んでいる。

美羽が検索欄に、


MIA


と入力した。

大量に出た。


「うわ」


「いっぱいあるね」


紬が言った。


大学

研究機関

政府機関

国際組織

論文

ニュース

動画


知らない国のページ。

知らない言葉。


莉莉は画面を眺める。


「多すぎ」


「りーりーの能力、人気だね」


「私のじゃない」


「同じでしょ」


「違う」


美羽が一番上に出てきた一般向けの解説を開いた。


気象干渉能力――MIAとは

三人で読む。

最初の数行で、美羽が言った。


「難しい」


「早い」


紬が笑う。


「もっと簡単なのないの?」


美羽が検索条件を変える。

今度は子ども向けの解説動画が出た。

画面に、カエルの絵が出てくる。

莉莉が笑った。


「結局カエルじゃん」


「世界共通じゃん」


「違うでしょ」


動画が始まる。


カエル術。

正式名称、気象干渉能力。

Meteorological Interference Ability(メテオロジカル・インターフィアランス・アビリティ)

MIA


世界各地で確認されている。

多くは、雨滴をわずかに動かす程度。

一部の能力者では、より広い範囲の降水や、降水を生じさせる気象現象への干渉も確認されている。

研究は現在も続いている。


「莉莉これ?」


美羽が画面を指差した。

三種類の図が並んでいる。


 偏向


 減衰


 気象干渉


「全部」


「全部なんだ」


「検査で言われた」


「それ、けっこうすごいやつじゃない?」


「Aだから」


「そのAがよく分かんない」


「私も」


「本人」


紬が笑った。

動画は続く。


MIA能力者の多くは若年期に能力が現れる。

成長に伴って能力特性は変化する。

世界各国で医学的・気象学的研究が行われている。


さらに画面が変わった。


水に囲まれた街。

冠水した道路。

巨大な排水施設。

避難する人たち。


その上に、雨を弱める能力者の映像が重なる。

ナレーションが続いた。


――MIA研究の目的は、能力者の能力を測定することだけではありません。


莉莉は画面を見る。


――なぜ人間が気象現象へ干渉できるのか。その仕組みを明らかにし、長期化する異常降雨への新たな対応へつなげることも、世界各国で研究されています。


美羽が黙った。

紬も黙っている。

莉莉も何も言わなかった。


画面には世界地図が出ている。


札幌

東京

シンガポール

ロンドン

ニューヨーク

知らない街


どこにも雨が降っていた。


「……カエル術って」


美羽が言った。


「そんな大事なものだったんだ」


莉莉は少し考える。


「知らなかった」


「能力者なのに?」


「うん」


今度は美羽も突っ込まなかった。


~~~


さらに検索していくと、いろいろな研究が出てきた。


「これ何?」


「医療」


「こっちは?」


「気象」


「これは?」


紬が画面を読む。


「能力の発達と脳活動」


「脳なの?」


莉莉が聞く。


「分かんない。そう書いてある」


「じゃあ、これ」


美羽が別のページを開いた。


若年MIA能力者の長期追跡研究


莉莉が顔をしかめる。


「それ、この前やったやつっぽい」


「研究協力?」


「うん」


「りーりー、世界の研究に参加してるじゃん」


「採血された」


「感想そこ?」


「三本」


「それは嫌」


紬が画面をスクロールする。


「日本は本人と保護者に説明して、研究への参加を決めるって書いてある」


「言われた」


莉莉は覚えている。

嫌なら断っていい。

途中でやめてもいい。

そう説明された。


「外国は?」


美羽が聞いた。

紬が別のページを開く。

少し読む。


「国によって違うみたい」


「どう違うの?」


「登録とか、研究とか。能力を使っていい場所とか」


莉莉は、この前の検査で聞いた話を思い出した。

海外へ行く時には、その国の制度を確認すること。

日本と同じように考えない方がいい国もある。


「それ、聞いた」


「何て?」


「外国行く時は調べろって」


「それだけ?」


「うん」


「もっとちゃんと聞きなよ」


「海外行く予定ないし」


美羽が呆れた顔をした。


「香港とか行きたくない?」


「行きたい」


「じゃあ調べなよ」


「行く時に調べる」


紬が笑う。


さらに下へ進む。

そこに、


高位MIA能力者の保護と国際制度


というページがあった。

美羽が指を止める。


「保護?」


紬が開いて、少し読む。


「国によって能力者の扱いが違うから……みたい」


「ふうん」


莉莉は画面を見る。


登録制度

医療支援

個人情報

国外移動

未成年能力者の権利


難しい言葉が並んでいる。


「りーりーも保護されるの?」


美羽が聞いた。


「知らない」


「Aなんでしょ?」


「そうだけど」


「じゃあ気をつけなよ」


「何に」


「知らない人についていかない」


「小学生じゃない」


「十三歳は子ども」


莉莉は止まった。

どこかで聞いたような言い方だった。


「……こうたみたい」


「誰?」


「おじさん」


「警察の?」


「うん」


そういえば、こうたは時々うるさい。


知らない人についていくな。

一人で変なところへ行くな。

着いたら連絡しろ。

帰ったら連絡しろ。


たぶん、警察官だからだ。

莉莉はそう思っていた。


「何考えてるの?」


美羽が聞いた。


「別に」


「またそれ」


「普通に、こうたがうるさいなって」


「おじさん?心配されてるんでしょ」


「うるさいのと心配は別」


「同じじゃない?」


「違う」


紬が笑った。


「莉莉、心配されるの苦手そう」


「されなくていいし」


「するでしょ」


「なんで」


「十三だから」


「紬まで」


三人で笑った。

司書の先生に見られた。

少し静かにする。


~~~


「これ、調べてる人って」


莉莉が画面を見たまま言った。


「毎日、雨見てるのかな」


美羽が振り返る。


「そこ?」


「だって雨の研究でしょ」


紬が言う。


「雨だけ見てるわけじゃないんじゃない?」


「じゃあ何見るの」


「雲とか。データとか。能力者とか」


「ふうん」


莉莉はもう一度、検索結果を見る。

知らないことばかりだった。

大じじいが前に言っていた。


研究は、知らないことを調べることだ。


あやかも、分からないことを大学で勉強している。

画面の向こうには、雨について分からないことを調べている人たちがいる。

世界中に。


少しだけ、面白そうだと思った。


「りーりー、研究者になる?」


美羽が言った。


「ならない」


「即答」


「採血あるし」


「研究者は採られる側じゃないでしょ」


「あ」


紬が吹き出した。


「そこから?」


「知らないし」


研究者になるつもりはない。

たぶん。

でも。

知らないことを調べるのは、少し面白いのかもしれない。

そのくらいだった。


~~~


その日の帰り。

美羽と紬と別れてから、莉莉は一人で電車に乗った。

窓の外は雨。

街の灯りが、濡れた窓を流れていく。

端末を開く。

昼間見たページが履歴に残っていた。


Meteorological Interference Ability(メテオロジカル・インターフィアランス・アビリティ)


気象干渉能力。


MIA


莉莉はその文字をしばらく見る。


カエル術。


自分にとっては、そっちの方がずっと近い。

雨がうるさい時に少し弱くする。

傘を忘れた時に曲げる。

美羽と紬が濡れないようにする。

小野寺と比べる。

検査で疲れる。

それくらい。


でも。


世界中には、自分と同じような人がいる。

その人たちを調べている人がいる。

どうして使えるのか。

もっと雨を弱くできないか。

この雨に、人間が何かできないか。

そんなことを考えている。


莉莉は窓の向こうを見る。


雨。

いつもの雨。

十三年間、ほとんど毎日見てきた雨。

もし。


これが弱くなったら。


もっと弱くなったら。


いつか、降らなくなったら。


その先に何があるのだろう。


青い空。

地面まで届く光。

ママが知っている空。

大じじいも、ことみちゃんも、あやかも知っている空。

莉莉が飛行機の上から何度も見てきた青。

地面から見るそれは、どんな感じなのだろう。

一回くらいは見てもいい。

前にママへ言った言葉を思い出した。

今も、そのくらいだ。

たぶん。


窓に雨粒が流れた。

莉莉は指を上げる。

ガラスには触れない。

ただ、その向こうへ意識を伸ばす。


一粒。


つまむ。


少し引く。


雨粒の流れが変わった。


いつもの感触。


今日は重くない。


変でもない。


普通の雨。


莉莉は指を下ろした。


端末を見る。

ニュースの見出しが更新されている。


MIA国際共同研究枠組みを拡大へ

その下に、小さな文字。

長期異常降雨への新たな対応を目指す

莉莉は少しだけ読んで、画面を閉じた。


難しいことは、研究する人たちが考えればいい。


自分はまだ十三歳だ。


明日は英語の小テストがある。


そっちの方が、今は困る。


窓の外では、


世界中の研究者が調べている雨が、


今日も普通に降っていた。


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