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カエル天気予報  作者: 美濃 陽介
カエル天気予報 第一部 カエル天気予報編
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15/23

第2章「雨の世界の人々」 第12話 放課後

「りーりー、今日暇?」


六時間目が終わった瞬間、美羽が言った。

莉莉は教科書を鞄に入れながら顔を上げる。


「暇って何」


「予定ないってこと」


「それならない」


「じゃあ暇じゃん」


「言い方が嫌」


隣で紬が笑った。


「美羽、今日クレープ食べたいんだって」


「なんで紬が説明するの」


「朝から三回聞いたから」


「二回」


「三回」


「どっちでもいい」


莉莉は鞄のファスナーを閉めた。


窓の外では雨が降っている。

今日は緑。

朝からずっと同じだった。

強くもない。

弱くもない。

窓を流れる雨も、いつもの雨に見える。


「で、りーりー行く?」


「どこ」


「クレープ」


「行く」


美羽が笑った。


「早い」


「クレープって先に言えばよかったじゃん」


「食べ物なら即答なんだ」


「悪い?」


「全然」


担任が教室へ入ってきた。

三人はそれぞれ自分の席へ戻った。

帰りのホームルームが始まる。


今日の水位。

明日の時間割。

提出物。

いつもの連絡。

莉莉は半分くらい聞きながら、窓の外を見た。


雨は普通だった。

この前の検査で聞かれたことを、少しだけ思い出す。

変だったら覚えておいて。

そう言われた。

今は別に変ではない。

だから、覚えておくこともない。


「美濃」


「はい」


急に名前を呼ばれた。

担任がこちらを見る。


「聞いてたか?」


「聞いてました」


「明日の一時間目」


莉莉は止まった。


「……数学」


「二時間目」


「理科」


「聞いてないだろ」


教室で笑いが起きた。


「途中までは聞いてました」


「どこまでだ」


「水位」


「最初だな」


また笑われた。

美羽が向こうの席で肩を震わせている。

莉莉は睨んだ。

あとで覚えておく。

こっちは覚えておいてもいい。


~~~


三人で駅前の商業区画へ向かった。

屋根付きの歩廊が続いている。

外側には透明な壁。

その向こうを雨が斜めに流れていく。


「今日弱いね」


美羽が言った。


「普通」


「莉莉の普通、信用できない」


「何それ」


「この前、雨割ってたじゃん」


「割ったって言わないで」


紬が言う。


「でも割れてたよね」


「紬まで」


「小野寺くん固まってたし」


莉莉は少し考えた。


「小野寺が弱いんじゃない?」


「ひど」


「本人もそんな感じだったよ」


「莉莉が強いんじゃなくて?」


「それもあるかも」


美羽が莉莉を見る。


「普通に言うんだ」


「検査で言われたし」


「どれくらい強いの?」


「同い年では強い方だって」


「へえ」


美羽は感心したように言ったあと、


「じゃあ、やっぱ雨割ったでいいじゃん」


「よくない」


紬が笑った。


小野寺とはあれから話していない。

別に避けているわけではない。

用がないだけだ。

向こうも同じらしい。

それでいい。


「そういえば」


美羽が言った。

嫌な言い方だった。

莉莉は横を見る。


「何」


「この前、あやかさんに会った」


莉莉が止まりかけた。


「どこで」


「駅」


「なんで言わないの」


「今言った」


「いつ」


「三日前くらい」


「それ今じゃないじゃん」


「ちょっと話したよ」


「何を」


「りーりーのこと」


「やめて」


「大丈夫。悪口じゃないから」


「内容の問題じゃない」


紬が言った。


「美羽、あやかさんと普通に連絡取ってるもんね」


「紬まで何で知ってるの」


「美羽が言ってた」


莉莉は美羽を見る。


「禁止」


「だからそんな法律ないって」


「あやかと同じこと言うな」


二人が笑う。


「そういうとこもあやかさんに似てる」


紬が言った。


「似てない」


「はいはい」


「もう帰る」


「クレープは?」


莉莉は止まる。


美羽が笑った。


「帰らないじゃん」


「クレープ食べてから帰る」


「強い意志」


~~~


店は歩廊から少し入ったところにあった。

小さな店。

放課後なので学生が多い。

三人はメニューの前に並んだ。


「私これ」


美羽が一番大きな写真を指差す。


苺。


バナナ。


クリーム。


アイス。


チョコレート。


いろいろ乗っている。


「重そう」


莉莉が言った。


「若いから大丈夫」


「同い年じゃん」


「莉莉、何にする?」


「プリンある」


「またプリン」


「またって何」


「この前も食べてなかった?」


「プリンは何回食べてもいいの」


紬が笑う。


「名言っぽく言わないで」


結局、莉莉はプリンとキャラメルのクレープ。

紬はシンプルなチョコ。

美羽は予定通り、ほとんど全部乗っているものを頼んだ。


窓際の席に座る。

窓の向こうでは雨が降っている。

透明な屋根を細かな雨粒が流れていく。


美羽が一口食べた。


「おいしい」


「それ、食べにくそう」


「莉莉、一口いる?」


「いらない」


「美味しいのに」


「クリーム多すぎ」


「紬は?」


「いらない」


「何で二人とも冷たいの」


莉莉は自分のクレープを食べる。

プリン。

おいしい。


「そういえばさ」


また美羽が言った。

莉莉は顔を上げた。


「美羽のそういえば、ろくなことないよね」


「失礼」


「今日は何」


美羽が少し笑う。


「莉莉って彼氏いないよね」


莉莉はクレープを食べた。


「いない」


「欲しくないの?」


「別に」


「誰か好きな人は?」


「いない」


即答。

美羽が紬を見る。

紬も美羽を見る。


「何」


莉莉が言う。


「いや」


美羽が言った。


「即答すると思った」


「じゃあ聞かないで」


「でも莉莉、けっこうモテるじゃん」


莉莉は眉を寄せた。


「モテないけど」


「モテるよ」


「何で美羽が決めるの」


「この前も告白されてたじゃん」


「見てたの?」


「一緒にいたじゃん」


「逃げたくせに」


「気を遣ったの」


「あれは気を遣ったって言わない」


紬がクレープを置いた。


「でも、あれだけじゃないよね」


莉莉が紬を見る。


「何が」


紬も莉莉を見る。


「莉莉のこと気にしてる男子」


「誰」


美羽が吹き出した。


「そこから?」


「だって知らないし」


「りーりー、自分で思ってるよりモテるからね」


「別にモテない」


「だから、そういうところ」


「どういうところ」


紬が少し考えてから言った。


「莉莉、黙ってると大人っぽく見えるから」


「十三だけど」


「知ってる」


「あと、ちょっと話しかけにくい時あるし」


「なんで」


「顔」


「顔?」


「表情」


紬が言い直した。


「真顔の時」


莉莉は自分の頬を触った。


「普通だけど」


「ほら、それ」


美羽が言った。


「何が」


「分かってない」


「意味分かんない」


美羽が笑う。


「でも告白された時、断るの早かったよね」


「付き合わないし」


「分かったから」


「何が?」


「そういうの」


美羽が感心したような顔をした。


「そういうとこ変に大人だよね」


「普通でしょ」


「じゃあ初恋は?」


莉莉の手が少し止まった。

美羽の目が変わった。


「今止まった」


「止まってない」


「止まった」


「プリン落ちそうだっただけ」


「初恋あるんだ」


「……あるよ」


美羽が身を乗り出す。


「え!」


「声でかい」


「誰?」


「言わない」


「同じ学校?」


「違う」


「東京?」


莉莉は黙った。


「東京だ!」


「うるさい」


紬がストローを触りながら聞いた。


「小学生?」


莉莉は紬を見る。


「なんで」


「何となく」


「……小学生の頃」


「誰?」


美羽が聞く。


「言わない」


「今も好き?」


莉莉は少し考えた。


好き。

その言葉は、何となく違う。

嫌いではない。

むしろ好きだ。

東京で家族が集まった時も、来ると思っていた。

来ないと聞いて、少しだけ残念だった。


でも。


「好きだけど」


美羽の目が大きくなる。


「えっ」


「そういう好きじゃない」


「どういう好き?」


「知らない」


「何それ!」


「知らないものは知らない」


紬が少し笑った。


「初恋だった人ってこと?」


莉莉はクレープを見る。

プリンが少し横へずれている。


「たぶん」


「今も連絡取ってる?」


美羽が聞く。


「そんなに」


「年上?」


莉莉は黙った。


「年上だ」


また美羽の顔が変わる。


「何歳?」


「言わない」


「大学生?」


「……」


「大学生だ!」


「美羽うるさい」


「すごい。東京の大学生?」


「違う」


「何が?」


「別に東京じゃないし」


言ってから失敗したと思った。

美羽が笑う。


「情報増えた」


「最悪」


紬も笑っている。


「親戚?」


莉莉は紬を見る。

紬が首を傾げた。


「何となく」


このこは時々、本当に嫌だ。


「……親戚」


「ええ!」


美羽の声がまた大きくなった。

隣の席の高校生が振り返った。

莉莉は顔を伏せる。


「もう帰る」


「待って待って」


「クレープまだある」


「持って帰る」


「ごめんって」


全然悪いと思っていない顔だった。

美羽は少し笑ってから、


「でも、初恋っていいね」


と言った。


「何が」


「何か、初恋って感じ」


「意味分かんない」


紬が言う。


「今好きかどうかと、特別かどうかは別なんじゃない?」


莉莉は紬を見る。


「何それ」


「知らない」


「知らないのに言ったの?」


「そういうこともある」


どこかで聞いたような言い方だった。

莉莉は少し考える。

大じじいだ。


「大じじいみたいなこと言わないで」


「誰?」


美羽が聞く。


「ひいおじいちゃん」


「あの療養所の?」


「うん」


「莉莉の家族、登場人物多すぎない?」


「知らない」


「知らないで済ますな」


三人で笑った。


~~~


クレープを食べ終わっても、すぐには帰らなかった。


美羽が今度は同じクラスの男子の話を始めた。

紬は半分だけ聞いている。

莉莉はスマホを見る。

あやかからメッセージが来ていた。


『今日ちょっと遅くなる』


続けて、


『ママ家にいる』


さらに、


『卵買わなくていいって言っといて』


莉莉は返す。


『自分で言えば』


すぐ既読。


『冷たい』


『大学生でしょ』


少しして、


『娘でしょ』


莉莉は笑った。

美羽が覗こうとする。


「誰?」


スマホを伏せる。


「あやか」


「お母さん?」


「うん」


「あ、彼氏の人どうなったの?」


「どうなったって何」


「付き合ってるんでしょ?」


「たぶん」


「たぶん?」


「本人じゃないから知らない」


「名前何だっけ」


莉莉は少し迷った。


「直人」


「あ、名前知ってるんだ」


「最近知った」


「会ったことある?」


「ある」


「どう?」


「普通」


美羽が頭を抱えた。


「莉莉、全部普通って言う」


「普通だから」


紬が聞いた。


「嫌いじゃない?」


「別に」


「それ、莉莉の場合かなり高評価じゃない?」


「何で」


「嫌なら嫌って言うから」


莉莉は考えた。

それはそうかもしれない。


「じゃあ、悪くない」


美羽が笑った。


「昇格した」


「何が」


「直人さん」


「本人に言わないで」


「連絡先知らないよ」


「ならいい」


少し静かになる。

窓の外では雨が降っている。

人が歩いている。


傘。


レインコート。


透明な屋根。


いつもの街。


美羽が外を見ながら言った。


「ねえ」


「何」


「外国でもカエル術って言うの?」


「言わないでしょ」


莉莉が答える。


「じゃあ何て言うんだっけ。ほら、ニュースで言ってるやつ」


美羽が指を動かす。

何かを思い出そうとしているらしい。


「気象……」


紬が言う。


「気象なんとか」


「あ、それ」


美羽が頷いた。

莉莉は二人を見る。


「気象干渉能力」


美羽も莉莉を見る。


「知ってるじゃん」


「聞いたことはある」


「それって外国でも同じ?」


「知らない」


「能力者なのに?」


「知らなくても使えるし」


紬が頷いた。


「それはそう」


美羽は少し考えた。


「でも、カエル術の方が分かりやすいよね」


「うん」


莉莉もそう思う。

気象干渉能力。

そう言われると、何だか自分が使っているものではないみたいだった。

カエル術なら分かる。


雨をつまむ。


引く。


曲げる。


それだけだ。


「外国の能力者も、傘さすのかな」


美羽が言った。


「さすんじゃない?」


「強い人ならいらなくない?」


「疲れるから傘の方が楽」


「夢がない」


「濡れない方が大事」


「現実的」


紬が言った。

その話も、そこで終わった。

美羽が突然、


「あ」


と言ったからだ。


「何」


「数学の宿題やった?」


莉莉が止まる。

紬も止まる。

三人で顔を見合わせた。


「……あるの?」


美羽が言った。


「あるよ」


莉莉が答える。


「どれ?」


「今日出たやつ」


「聞いてない」


「先生言ってた」


「莉莉も聞いてなかったじゃん」


「数学は聞いてた」


「ずるい!」


「何が」


紬が端末を確認する。


「あ、本当にある」


「最悪」


美羽が机に突っ伏した。

莉莉は笑った。


「りーりー」


「何」


「写させて」


「やだ」


「親友でしょ」


「関係ない」


「クレープ奢る」


「今日自分で買った」


「次!」


莉莉は少し考える。


「プリンも」


「強欲」


「じゃあだめ」


「分かった! プリンも!」


紬が笑う。


「それ、宿題を写す話じゃなくなってない?」


「ちゃんと教えるだけ」


莉莉が言った。


「先生みたい」


美羽が言う。


「先生にならないし」


「また言ってる」


「ならない」


三人で店を出た。

外はまだ雨だった。

歩廊の向こうで、細かな雨粒が落ち続けている。

莉莉は一瞬だけ、それを見る。


いつもの雨。


今日は、本当にいつもの雨だった。


「りーりー、早く」


美羽が呼ぶ。


「置いてくよ」


紬も振り返る。

莉莉は雨から視線を外した。


「待って」


二人のところへ走る。


「プリン忘れないでよ」


「宿題終わったらね」


「先に」


「だめ」


「紬、莉莉がひどい」



「美羽が悪い」


「なんで!」


莉莉は笑った。


美羽が何か言っている。


紬も笑っている。


その向こうでは、雨が降り続けている。


明日もたぶん降る。


明後日も。


それでも今は、


次のプリンの方が大事だった。


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