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フローライトの君  作者: 伽耶


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第七話:ろくなもんじゃねえ

「おはようございます、ホタル様」


シンシアさんに気を遣っていただき、私室へ招かれていた。


用意された食事を前にして、私は少しだけ姿勢を正す。


貴族の食事作法なんて、一般人の私に分かるはずもない。


ナイフとフォークは、どれから使えばいいのだろう。


そんなことを考えていると、シンシアさんが口を開いた。


「本日はよくお休みになられたようですね」


「おはようございます。……いえ、もうお昼過ぎですので、朝の挨拶は正しくないかもしれませんね」


苦笑いを浮かべながら答える。


こんな時間まで寝てしまったことに、少し罪悪感を覚えていた。


「いえ。昨夜は遅い時間までご相談にお付き合いいただいたのです。こちらこそ、深い時間までお引き留めしてしまい、申し訳ございませんでした」


シンシアさんが丁寧に頭を下げる。


「そんな……」


思わず慌ててしまう。


昨日の話し合いの半分は、私が投げかけた疑問に答えてもらっていた時間だった。


むしろ、こちらのほうが時間を使わせてしまったくらいだ。


ここまで丁寧に謝られてしまうと、かえって恐縮してしまう。


「私も余計なことをたくさん聞いてしまったかもしれません。お時間をいただいて、ありがとうございました」


「とんでもございません。ホタル様が疑問に思われるのは当然のことです」


また頭を下げられそうになり、私は慌てて手を振った。


「そんなに畏まらないでください」


「ふふ。申し訳ございません」


お互いに気を遣っていては、いつまで経っても話が進まない。


私は一度息を吐いて、思い切って本題に入ることにした。


「それで……今日呼ばれたのは、昨日のお話の続きですか?」


駆け引きは苦手だ。


だったら、単刀直入に聞いてしまったほうがいい。


シンシアさんは一瞬だけ目を丸くした。


そして、穏やかに微笑む。


「はい。そのつもりでございます」


「やっぱり」


私も、このままニートのように働かず、タダ飯を食らい続ける穀潰しになるつもりはない。


ようやく本題に入れる。


そう思った、その瞬間だった。


――バンッ!


突然、部屋の扉が勢いよく開いた。


「シンシア! 英雄が召喚されたというのは本当か!?」


「…………」


「…………」


私とシンシアさんは、同時に扉の方へ視線を向けた。


そこに立っていたのは――。


見覚えのない少年だった。


ここはシンシアさんの私室だったはずだ。


妙齢の女性の部屋に、ノックもせず乗り込んでくる。


その時点で、私の中ではかなり印象が悪かった。


「ルートヴィヒ殿下」


シンシアさんの声が、いつもより少しだけ低くなる。


「女性の私室へ入る際は、ノックをなさってくださいと、何度申し上げればご理解いただけるのでしょうか」


「そんなことより!」


声が大きい。


しかも、まるで聞いていない。


「英雄が召喚されたというのは本当か!?」


「……はい」


シンシアさんが淡々と答える。


……たぶん、このやり取りは何度もあったのだろう。


目の前にいる小太りで生意気そうな少年は、元の世界のファンタジーでよく見る、ステレオタイプな王族そのものに見えた。


サラサラの金髪だったアルス殿下やアルベリク国王と比べると、癖のある金髪を切りそろえたマッシュヘアも、私の好みではない。


そんなことを考えていると、ルートヴィヒ殿下と目が合った。


「ずいぶん、貧相な下女だな。名は何と申す?」


…………。


貧相と言ったな、このガキ。


確かに、細長いと言われてきた人生だ。


全体的に薄い身体をしている自覚もある。


だが、こんなちんちくりんの豆粒みたいなガキに言われる筋合いはない。


まあ、でも、こんな豆粒でも王族だよなぁ。


後先考えず行動するほど、私も若くない。


ノンデリでセクハラまがいの話をするおじさんにエンカウントしたとでも思って、諦めよう。


「私は――」


「ルートヴィヒ」


話し始めようとした、その瞬間だった。


低く、よく通る声が部屋に響いた。


「…………え?」


ルートヴィヒ殿下が振り返る。


力いっぱい開け放たれた扉の向こうに、アルス殿下が立っていた。


「アルス……兄上?」


「ここはシンシアの私室だ。それに、大切な話をするために私が時間を取ったはずだが……?」


静かな声だった。


怒鳴っているわけでもない。


それなのに、部屋の空気が一瞬で張り詰める。


「無礼にも女性の部屋へ勝手に入り込み、挨拶もせず、シンシアの客人を侮辱するとはどういうつもりだ?」


「いや、私はただ英雄のことを聞きに――」


「国家機密だ。お前には関係ない」


「……!」


ルートヴィヒ殿下の顔が引きつる。


アルス殿下は一歩だけ部屋へ入り、弟を真っ直ぐに見据えた。


「失せろ」


短い言葉だった。


けれど、有無を言わせない迫力があった。


「なっ……! 私は第三王子だぞ!」


「知っている」


アルス殿下は即答した。


「だから何だ?」


「……!」


ルートヴィヒ殿下が言葉を失う。


「王子であることを理由に、何をしても許されると思うな」


「…………」


アルス殿下の言葉に、ルートヴィヒ殿下は唇を噛んだ。


「……覚えていろよ」


捨て台詞を残し、乱暴に扉へ向かっていく。


そして、出ていく直前。


ルートヴィヒ殿下が私を見る。


「お前も、王族の前では口の利き方に気をつけろ」


「…………」


私は何も言わなかった。


いや、何も話してないんだけど。


心の中でそう呟きながら、ドタドタと不機嫌そうに帰っていくルートヴィヒ殿下の背中を見送る。


乱暴に扉が閉じられる。


静寂が戻った。


「愚弟が失礼をした。申し訳ない」


アルス殿下が深々と頭を下げる。


「……申し訳ございませんでした、ホタル様」


シンシアさんも申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ……」


私は苦笑する。


そして、隣に立つアルス殿下を見上げた。


「アルス殿下って……」


「はい?」


「弟さんに厳しいんですね」


「…………」


アルス殿下は少しだけ目を細めた。


「厳しくしなければならない時もあります」


そう言って、彼は私へ視線を戻した。


「改めて、失礼しました。ホタル様」


「いえ。助かりました」


「……そうですか」


アルス殿下は、少しだけ苦笑した。

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