第七話 取引
エアバッグに顔を埋めていたアッシュは、ゆっくりと背もたれに体を預けた。
「ハァ……ハァ……」
その瞬間、息が乱れた。
浅い呼吸が何度も重なり、肺の奥がじわりと痛む。
直前に張った障壁のおかげで、爆風は直撃していない。それでも、体のあちこちが軋む。恐らく骨の数本はイカれているだろう。
火傷による痛みも酷いが、何にしても外傷がこの程度で済んだのは不幸中の幸いだった。飛ばされた場所によってはそのまま死んでいた可能性も十分にあった。そこに乗り捨てられたトラックがあったのも運がいい。
(……しかし、マズイな。幾ら何でも魔力を消費し過ぎた)
魔力とは、魔法使いにとって命そのものだ。保有量を超える魔法を無理やり紡げば、不足分は自身の生命力で支払うことになる。
今回アッシュが削ったのは、初級の障壁を維持するための僅かな「命」だった。とはいえ、その反動は決して軽くはない。
事実、今のアッシュは意識を保つだけで精一杯だった。そしてそれも、全身を苛む痛みに意識を集中させることで辛うじて繋ぎ止めているにすぎない。ひとたび気を抜けば、たちまち眠気に呑まれてしまう。
「……ッッ!!」
アッシュは負傷した脇腹に指を捩じ込み、肉を抉る痛みで意識を強制覚醒させた。
(……まだだ。まだ……まだ終わっていない)
魔法使いのしぶとさを、アッシュは身を以て知っている。ほんの少し魔力があるだけで、肉体は常人を遥かに凌ぐ。それは自分自身もそうだが、これまでスラムで、あるいは戦場で見てきた格上の魔法使いたちは、皆一様に化け物じみていた。
魔力が生命力――というのは、決して大袈裟な比喩ではない。膨大な魔力を宿しているということは、それだけで足掻く余地が残されている証拠だ。
爆発に巻き込んだから何だ。トラックで轢いたから何だ。
死体を確認するその瞬間まで、魔法使いに「常識」の幕引きは通用しない。
「……クソ」
だが、その自戒も虚しく。トラックのドアを開けて地へ降り立つと同時に、アッシュの膝は折れた。重力に引かれるまま硬い地面に身を横たえ、遠ざかるサイレンの音を聞きながら、アッシュはゆっくりと意識を手放した。
***
それからアッシュが目を覚ましたのは、実に二週間もの時が経過した後だった。
目を覚ますなり、アッシュが頭を抱えたくなったのは言うまでもない。不可抗力だったとはいえ、異世界で――それも身元すら定かでない状態のまま、あれだけ派手な騒ぎを起こしてしまったのだ。
気を失っている間に、どんな立場に置かれていても不思議ではない。
それこそ、以前の世界と同じように。
しかし、結果としてその心配は杞憂に終わった。
むしろ、アッシュの懸念とは裏腹に、その待遇は貴賓と言って差し支えないほどのものだった。
清潔感の漂う広々とした個室に、部屋の大半を占めるほど大きなベッド。シーツには皺一つなく、室内にも埃の気配はない。
身につけている衣服や、一定の間隔で運ばれてくる食事一つ取ってもそうだ。とても、今後どうなっても誰も気に留めないような「消耗品」の身分に与えられるものではなかった。
使用人らしき人物に何のつもりかと尋ねても、「まずはお食事を」とはぐらかされるばかり。毒でも盛られているのかと思えば、食事は日に日に豪勢になっていく始末だ。
(……まるで、どこぞの貴族にでもなった気分だな)
目を覚ましてから数日。最大限に警戒しながら様子を窺ってみたものの、依然として敵意や害意の類は感じられなかった。
隙を見て逃げ出すことも頭をよぎったが、周囲の状況が分からない以上、軽挙妄動は命取りになる。それに何より、魔力を底まで絞り出した反動は想像以上に深刻だった。まともに歩くことすらままならないのが現状だ。
動けない以上、今は大人しく回復に努める。それ以外に選択肢はなかった。
(だが、それもそろそろ潮時だな)
未だ全快とは言えないが、最低限の動きはできるようになった。この分なら、たとえ周囲にどれだけの戦力が控えていようと、身体強化によるゴリ押しでの逃走は十分に可能だろう。仮に正面突破が難しくても、近くの人間を捕まえて盾にでもすれば、道を開くくらいは容易いはずだ。
狙うなら次の食事時。使用人が扉を開けた、その一瞬の隙。
そこまで綿密に脱出計画を組み立てていた——のだが。
「——どうして、そこでお前が出てくる」
アッシュの決意も虚しく、扉から姿を現したのは、これまでの者たちと同様の給仕服に身を包んだクラスメイト――白澄凛子だった。
「粋なサプライズ」
「……どの辺が粋なのか言ってみろ。答えによっては引っ叩くぞ」
「……とりあえず、ご飯にしようか」
そう言って頬を赤らめながら、凛子はアッシュの前に食事を差し出す。
しかし、とてもではないが手を付ける気にはなれない。アッシュは皿に触れず、ただ凛子をじっと見据えた。
「何故、お前がここにいる」
それは、アッシュからすれば至極当然の疑問だった。
凛子を逃した後、彼女が無事に逃げ延びたのだろうことは、今の姿を見れば容易に察しがつく。目立った外傷もないところを見るに、少なくとも騒動に巻き込まれない安全圏までは辿り着けたのだろう。
「……お前が無事なのはいい。少なくとも、あの場で助けた意味はあったってことだからな。だが、それとこれとは話が別だ」
問題は、あの騒動に巻き込まれておきながら、こうして平然とここにいることだった。
記憶の片隅に残るサイレンの音からしても、政府が介入していたのは間違いない。それが騒動の後からだったのか、あるいは以前から動いていたのかまでは分からないが、少なくとも現時点で、アッシュの存在が政府側に把握されている可能性は高かった。
その場凌ぎで偽装した身元など、詳しく調べられればすぐに綻びが出る。現場に居合わせていた以上、騒動への関与を疑われるのも当然だ。
だからこそ、この状況は理解できない。
凛子が政府の目を逃れ、秘密裏にアッシュを匿っている――というのならまだ話は分かる。だが、現実的に考えてそれはあり得ない。
当時の状況で、一度避難した凛子が再び現場へ戻り、意識を失った人間を抱えて、街中に張り巡らされた監視の目を掻い潜り続けるなど不可能に近い。
そして何より、この場所には妙な統制感があった。出入りの気配は厳格に管理され、少なくとも、個人の独断だけで自由に動ける環境には思えない。
「仮に政府側の指示だとしても、被害者でしかないお前がここにいるのは不自然だ。もう一度聞く。何故、無関係であるはずのお前がこの場にいる」
「……それは——」
「——彼女がこの事件の重要参考人だからだよ」
そうして、凛子の言葉を継ぐように現れたのは——黒のスーツを緩く着崩した、長い髪の中性的な男だった。
「お前は何者だ」
アッシュの声には、明確な警戒が滲んでいた。だが男はそれを意に介した様子もなく、躊躇なく部屋へと足を踏み入れる。
「僕は内閣府直轄・特務局対異常事象部・統括調整官――遊佐千早。まあ、簡単に言えば政府の人間だよ」
「後ろのお前もか」
アッシュの視線を受けたのは、遊佐の背後に控えていた女だった。
サイズの合った黒のスーツを隙なく着こなし、その瞳は、まるで主君の命令を待つ冷徹な「人形」か、あるいは職務に忠実な「侍女」を思わせる無機質な静けさを湛えている。感情の揺らぎを完全に排したその佇まいは、立ち居振る舞いの端々にまで徹底した自己規律が染み付いていることを物語っていた。
「はい、魔法使いアッシュ・ヴェイル様。私は遊佐の補佐、早乙女緑と申します。以後お見知り置きを」
淀みのない発声。会釈一つとっても無駄な予備動作がなく、アッシュは直感的に、この女が相応の訓練を受けた「実力者」であることを見抜いた。
(……だが、本当に警戒すべきは、こいつじゃない)
視線を戻した先に立つ遊佐という男は、その対極にいる。
着崩したスーツに、後ろで緩く結ばれた長い髪。一見すれば無防備だが、その立ち姿にはどこにも重心が固定されていないような、妙な捉えどころのなさがあった。
それは、アッシュがかつてヘリオスの傍らで見た、代々暗殺稼業を担う一族の護衛たちが纏っていた、あの厭な気配に近しい。獲物を仕留める一瞬まで己の存在を世界から消し去る、あの特異な雰囲気。
その水準は、明らかにアッシュがこの世界での生活で遭遇してきたどの人間とも異なっていた。魔力という明確な力を持たずして、これほどまでに死の気配を馴染ませている。それは一朝一夕の訓練で得られるようなものではない。それこそ、魔法が絶対の理である向こうの世界であっても、間違いなく「一流」の括りに届きかねないほど――。
(やはり、一筋縄ではいかないな)
アッシュは無意識に、布団の中に潜ませた拳を固く握り締めた。回復しきっていない魔力が、警告を鳴らすように血管の奥で熱く脈打つ。
ある程度の予想はついていた。だが、いざ権力を背景にした実力者を前にすると、スラムや学院で叩き込まれた「上下」の感覚――強者が弱者を、持てる者が持たざる者を蹂躙する、あの理不尽な秩序の感触が、厭な汗とともに蘇ってくる。
「おや、あまり驚かないね。普通、内閣府だとか聞けば、もう少し反応するものだけど」
「この状況が既に普通じゃないからな。そういうのは間に合ってる」
「それもそうか」
「それより、さっきのはどういうことだ。コイツが重要参考人とか言っていたが」
アッシュは内心の動揺を喉元で押し殺し、努めて冷然とした眼差しを遊佐へと向けた。
そんなアッシュの警戒を、遊佐はどこ吹く風といった様子で、困ったように頭を掻いて受け流す。
「さて、どこから説明したものか」
「遊佐様。アッシュ様には、まだ何ら説明がなされておりません。現状で話を進めるのは、いささか非効率かと思われます」
早乙女が、遊佐の背後から淡々と、それでいて一切の反論を許さない響きで口を挟んだ。
「つまり、最初から全部説明しろって?」
「後々の齟齬を考えれば、それが最善です。差し出がましいようですが、判断を」
「あー、いいよいいよ。どうせその辺は緑に丸投げするつもりだったし」
遊佐は緊張感の欠片もない声でそう言うと、勝手知ったる他人の家のように、近くの壁へ寄りかかる。
一方で、早乙女は一歩前へ出ると、そのまま淡々と説明を始めた。
——曰く。
この世界では、現状アッシュのような存在は異常事象として扱われていること。
そして、それらに対処するために急遽、発足された組織こそが、内閣府直轄・特務局対異常事象部であること。
「——なるほどな。つまり、お前たちは最初から俺たちの存在を把握していたってわけか」
「正確に言えば、『何かが起こっている』という異常を感知していただけで、こちらも君たちの存在を完全に把握できていたわけじゃない」
「それは異常を感知する手段自体はあるということか」
「原因まではさっぱりらしいけどね。なんか凄まじい電磁波が発生してたとか。別に興味ないから、僕も詳しくは知らないけど」
(……嘘は言っていないな。矛盾もない)
考えてみれば、あれだけの魔法だ。魔法の存在しない世界とはいえ、転移の影響が何一つ観測されない方が不自然だった。
「大体の事情は分かった。それで、それがさっきの話とどう繋がる」
ここまでの説明で、自身の身柄が「保護」されている理由は概ね理解できた。
騒動の渦中にいた当事者として。そして何より、この世界の理に属さない異邦人として。詳細な事情を知る自分を、体の良い「協力者」の名目で囲い込んでおきたいのだろう。
だが、それでもなお、一般人であるはずの凛子がこの場に居合わせる理由にはならない。
「俺の事情を把握しすぎていることからして、お前らがこいつから色々と聞き出したのは察しがついている。その際、どんな手段を使ったのかもな」
アッシュの言葉に、凛子の肩が小さく震える。
「……黙っているのは図星か。まあ、少しでも情報が欲しいお前らからすれば、不慣れな小娘を揺さぶる程度、造作もないことなんだろう。たとえそれが薄っぺらな脅しに過ぎなかったとしても、このお人好しが無視できるはずもない」
アッシュの冷めた視線が、遊佐と早乙女を射抜く。スラムでの駆け引きや、学院での陰湿な権力闘争――そこで見てきた「持てる者」による卑劣なやり口を、彼はこの二人の背後にある政府という組織に重ねていた。
「その件に関しては悪かったね」
「私からも申し訳ございませんでした。上からの指示とはいえ、配慮を欠いた手段を用いたこと、ここに深く謝罪いたします」
揃って頭を下げる二人の姿に、アッシュは静かに目を見開く。
「……俺の知る役人とは随分違うな」
「安心しなよ。中にはちゃんとクズもいるから」
「自分は違うとでも言いたいのか」
「どうだろうね。ただ、一つ弁解させてもらえるなら――僕は今回、確かに配慮に欠けた手段は使った。けれど、越権行為までした覚えはないよ」
その言葉に、アッシュはふと、部屋の隅で気まずそうに縮こまる凛子へ視線を向けた。
「おい、バカ女……お前、一体何をした。まさかとは思うが、重要参考人になるような真似はしてないよな」
「……してないわ。私は、みんなが戦いに巻き込まれないように避難を促しただけだもの」
「——と、本人は言ってるけどね」
遊佐は肩をすくめる。
「まあ、そのやり方が通り魔の真似事じゃなかったら、あながち間違いでもなかったよ。実際、それで人的被害が出なかったのは事実だから」
「私は言われた通り、自分に出来ることをしただけよ。アッシュくんの正当防衛の証明までしたんだから、むしろファインプレーと言ってほしい」
「……その結果、自分が捕まってたら世話ねえだろ。状況を考えれば逃げる一択だ」
(……まあ、この場にいる時点で、情状酌量込みの扱いにはなっているんだろうが)
それにしたって、馬鹿だ。
自分を顧みず、他人を優先する。
それが高尚な在り方であることくらい、アッシュも理解している。だが、それに共感できるかと言われれば、話は別だった。
(しかし、借りを作ったままというのも癪だな。経緯はどうあれ助けられたのもまた事実だ)
そしてアッシュは姿勢を正し、遊佐と早乙女を見据えて言った。
「……それで用件はなんだ。結局のところ、お前らは俺に何を求めている」
「早い話、君と協力関係を結びたい」
「分かった」
即答だった。
その返答に、遊佐と早乙女は揃って目を瞬かせる。
数秒の沈黙の後、早乙女が慎重に口を開いた。
「……魔法使いアッシュ・ヴェイル様。確認ですが、これは単なる口約束ではなく、公的な契約として扱われます。ですので、もし白澄凛子様の処遇を案じ、場を収めるためだけに返答されたのであれば、今のうちに訂正してください。少なくとも、彼女を不当に扱うようなことは致しません」
その声音は淡々としていたが、僅かに念を押すような硬さがあった。
「まるで、頷く以外の選択肢を最初から潰しているような物言いだな」
「誤解なさらないでください。こちらとしても、貴方を害するつもりはありません。ですが、正式に契約を交わした以上、それを故意に反故にした場合には、相応の責任を問わざるを得なくなります」
「その相応の責任というのが何なのか気になるところではあるが……まあ、いい。別にもとより撤回するつもりもない」
「……それは、こちらの提案に応じて頂ける、という認識でよろしいでしょうか」
「ああ。詳しい条件は聞いてみなければ分からないがな。少なくとも、衣食住と最低限の立場を保証するっていうなら、頭ごなしに断る理由もない」
凛子の件を抜きにしたとしても、これはアッシュにとっても渡りに船の提案だった。先を見据えるなら、使える戦力は多いに越したことはない。
「なら、早速で悪いけど詳しく話を聞かせてくれるかな」
遊佐の言葉に、アッシュは一拍だけ間を置いた。
そして、静かに重い口を開く。
これまで誰にも語ることのなかった自分の来歴を。
魔法という現象を。
異世界や魔法使いという存在を。
それは本来、口にするだけで自身の立場を危うくする情報だった。だが、今ここにいる人間たちが既に知る側である以上、隠し立てをする意味はない。
ただし、それは信用ではない。あくまで取引だ。必要な情報を渡し、その代わりに必要なものを得る。
アッシュはそう割り切り、一言一言、事実を差し出していった。
途中、遊佐や早乙女から幾度となく詳細を問う質問が挟まれたものの、一時間ほどかけてあらかたの情報を伝え終えた頃には、辺りは耳鳴りがしそうなほどの静寂に包まれていた。
「……信じ難いという他ないね」
沈黙を破ったのは遊佐だった。
「異世界に、転移魔法に、魔法使い。出てくる単語の殆どが理解の範疇を超えている」
「嘘だと思うなら勝手にしろ」
「いや、別に君の話を信じていない訳じゃない。むしろ嘘でないと分かるからこそ問題なんだよ」
遊佐はそう言って、軽く息を吐いた。
魔法使いという存在の脅威が、想定以上だったのだろう。彼の表情からは、飄々とした軽さがわずかに抜け落ちていた。
「……さてどうしたものかな。とりあえず——」
遊佐はそう言いかけて、そこでふと口を閉じた。
「……いや、今日はこの辺にしておこうか」
軽く息を吐き、いつもの調子を取り戻すように肩をすくめる。
「一度に詰め込みすぎると、こっちの処理が追いつかない。君も疲れているだろうしね」
その言葉を最後に、場は一度区切られた。
アッシュは短く息を吐き、視線を上げる。
「情報は渡した。条件も飲んだ。なら、これ以上ここにいる理由はないだろう」
そう言葉にした瞬間、早乙女が静かに口を開いた。
「代わりのお食事でしたら言ってくだされば、希望のものを用意致しますが」
「……こんな堅苦しい場所で飯なんか食えるかよ。それとも俺が外に出るのは都合が悪いか?」
「いえ、そのようなことはございません。こちらの常識の範囲内で行動していただけるのであれば、問題はありません。魔法の使用も含め、必要以上に制限する意図はございません」
(……こちらの常識の範囲内ね)
アッシュはその言葉を一度だけ反芻し、扉へと歩を向けた。
そして、扉に手をかけたところで、ふと足を止める。
「——ああ、それと」
背を向けたまま、静かに声だけを落とす。
その一言に、室内の空気がわずかに張り詰めた。
「……何かな」
遊佐が間を置いて応じる。
アッシュは振り返らないまま、淡々と続けた。
「——これは協力者として最初の助言だ。本気で魔法使いを相手にするつもりなら、不用意に魔法使いに近付くな。満足に動けないからと言って無力とは限らない」
「……肝に銘じるよ」
「ああ、そうしろ。それと戦力についても少なくとも『今』の十倍は用意しておけ。動き自体は悪くないが、上位の魔法使いや魔物相手には圧倒的に戦力不足だ」
アッシュの冷徹な宣告に、遊佐は一瞬だけ表情を消した。が、すぐにまた掴みどころのない薄笑いを浮かべ、肩をすくめる。
「手厳しいね。でも、専門家の意見として貴重に預かっておくよ。……それじゃあ白澄さん、彼をよろしく頼むよ」
遊佐の言葉に、凛子が「あ、はい! 行こう、アッシュくん」と慌ててトレイを置き、アッシュの隣に並ぶ。
アッシュは遊佐たちに視線を向けることなく、重い扉を押し開けて廊下へと踏み出した。
「口先だけで終わらないことを祈る」
背後で静かに扉が閉まる。
その音を背に、アッシュは廊下の奥へと歩き去っていった。




