❄❄ 18 ❄❄ 羽ばたきのデクランシュール
ボクらを乗せた車が雪道に轍を付けながら走る事、十五分。
「――着いたよ。ほら、あそこに見えるでしょ? でっかい木が」
徐行する車は、まばらに車が停まる湖畔の公営駐車場へと進む。男性はハンドルを片手で回しながら窓越しに少し離れた場所を指さす。
確かにそこには、青々と葉を茂らせた巨木が、真っ白に冠雪しながらも堂々と屹立していた。
しかしこうしてみると、いくらスリップを恐れての低速走行だったとはいえ、怪我人が雪を掻き分けて歩くには相当無謀な距離だった。
見ず知らずのボクらに手を差し伸べてくれた彼らには、本当に感謝しかない。
「ほんっっっとうに、ありがとうございました! 何もお返しできるものが無くてすみません! でもこのご恩は、いつかどこかで、必ず!」
そう言うなりエルシーは後部座席から飛び降りると、深々とお辞儀をしてから駆け出した。片足を庇っているので、不格好なスキップのようになっていたけど。
背後からの「気を付けてねーっ!」という声援に後押しされて、ボクらは何とか教えられた大樹の付近を目指して進んでいった。しかし湖岸沿いの柵に遮られて、思ったより水辺の近くにはいけなかった。その上、柵のすぐ下は切り立った崖になっているようだ。
ふたりで辺りを見渡してみても、どうやら下へ降りる階段などは無さそうだ。もしかしたら、いつもの健康体のエルシーだったら考えなしに飛び降りていたかもしれないが。
仕方がないので、諦めてここからアオサンの姿を探すことにする。
絶え間なく雪が降り散る劣悪な視界の中、ボクらは必死に目を凝らして彼の美しい羽色を探す。
すると――
「あっ、あそこ!」
ほどなくして声を上げたエルシーが、真っすぐに指をさす。
その白く細い人差し指の先を追うと……いた!
印象的なグラデーションの冠羽を揺らし、白雪模様の翼を必死に広げ、水の上で何とか羽ばたこうともがく、一羽のオシドリ。
「いたっ、いたよ、アウロラ! おーい、おーーいっ!」
「アオサン! ボクたち来たよ! おーい!」
柄にもなくボクも、エルシーと共に声を張り上げて彼の名前を呼ぶ。
しかし、アオサンが気が付く様子はない。
ただただ必死で、翼を上下に動かしている。
遠目すぎて、彼の表情までは分からない。
でもきっと彼なりに、嘴を食いしばってるに違いなかった。
「ねぇ、アウロラ。……アオサン、飛ぼうとしてる」
「うん、きっとそうだね」
「すごく、頑張ってる」
「そうだね、頑張ってる」
「もしかして、私達に内緒で? でも、せっかく一緒に頑張ってきたのに、どうして急に何も言わずにひとりで……」
「内緒というよりは……うーん、そうだねぇ」
エルシーは少々納得がいってなさそうだったが――ボクは、彼の考えが分かる気がした。
アオサンは鳥一倍、責任を感じていた。
保護してくれた『ニンゲン』に対して。
待っていてくれただろう仲間に対して。
練習を手伝い応援したボクらに対して。
――他とは違う生き方を選んだ、自分に対して。
それらをずっと、見て見ぬふりをしてきた。向き合う事から逃げてきた……と考えているんだろう。
ボクからすれば、生物としての本能の外で生きるという決断こそ、普通では考えられないほど難しい選択のように思うけれど。
でも彼は、そんな自分が、どこかずっと許せなかった。
もし逃げても誰も責めなかっただろうし、実際誰からも責められなかった。
それでもアオサンは自分を責めたし、責められるべきとすら思っている。
だからこそ群れから距離を置き、独りでの生きるやり方を選んだのだのだから。
しかし今日。そして今日。だから今日――。
彼はきっと、独りで『独り』から飛び立とう決意したのだ。
自分の力で、自分のトラウマから解放される。
それこそが、『みんな』に対する責任の取り方なんだと。
「……水臭いなぁ」
「まぁ、水鳥だからね」
「もうアウロラは……そうやって、肝心な時に茶化すんだから」
「エルシーこそ、シリアスは苦手な癖に」
「ふふっ、それは……そうだね」
ふたりで今一度顔を見合わせて、クスリと笑う。
そして再び、アオサンへと向き合う。
もうどれくらいの間、ああやって挑み続けているんだろうか。真面目過ぎるほど真面目な彼のことだ。下手をすれば、夜通しやっていたのかもしれない。
確かに少しずつ。
本当に少しずつだが、羽ばたきから硬さが取れつつある、ように見えた。
水面を泳いで助走をつけて、身体をしならせて、翼を広げる。
バサバサ、バサリバサリ。
最初は細かに、徐々に大胆に。
両翼が風を掴み、体が水面から離れ――ダメだ、バランスを崩して再び湖へ。
水しぶきが舞って、アオサンは悔しそうに頭を振る。
しかしすぐに、アオサンは空を見つめ前を向いて、体勢を立て直す。
「頑張って」
「……頑張れ」
「もう少し、あと少し」
「大丈夫、アオサンなら出来る」
――風が俄かに強まり、宙に雪花が舞う。
いつの間にか緩んでしまっていたのだろうか。エルシーの左足に巻かれていた枯草色の布がほどけて、風に乗って飛んでいってしまった。しかし、ボクらは気にしない。
ボクらはもう、空を見据えるアオサンに釘付けだった。
周りの一切の音が消え、まるで離れた場所にいるアオサンへ雪が触れる音まで聞こえそうなほど。感覚がそぎ落とされ、今感じるのは頬をつき合わせているエルシーの存在だけ。
そんなものには手を伸ばさず、エルシーは冷たい欄干をぎゅっと握りしめる。
アオサンが一際に力強く、湖面を滑り始める。
「行って!」
「行け」
「……行けっ」
「飛べるから」
「飛べるよ、アオサン」
「うん、飛べる」
「自分を信じて」
「風を掴んでっ」
「また……飛立って……」
アオサンが、速度を上げる。
飛ばされていった枯草色の布が、彼を掠める。しかし彼は止まらない。
雪を塗した両翼が空を打つ。
首をもたげ、天高くを目指して、強く強く羽ばたく――
「行け、行けっ、行ってぇぇぇえぇぇぇええ!」
降りしきる粉雪と、振り絞るボクらの絶叫とを置き去りにして。
――こうして友は、今再びの空へと飛び立った。
祈りと願いと勇気を翼に乗せて。
前へ、上へ、未来へ。
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