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❄❄ 19 ❄❄ 翼と掌のサフェロントン


「エルシー! しゃ、写真忘れてるっ!」

「わ、わわわわっ! 大変っ! えっと、あっとととと……えいっ!」


 慌てたエルシーは、取り落としそうになりながらも何とか構えたカメラをアオサンに向けて、急いでシャッターを切った。

 カシャリ。

 軽快な機械音が鳴り、フラッシュの光が瞬く。

 続けて次の一枚も撮ろうと、ダイヤルを回してフィルムを送ろうとするが――


「……んん? あれれ?」

「どうしたの?」 

「なんかフィルムが送れなくて……ええっ! これもう枚数切れ⁈」


 カメラを色々弄(いじ)った挙句、愕然(がくぜん)として肩を落とすエルシー。

 どうやら老主人は新しいものに入れ替えていなかったのか、フィルムの残数はたったの一枚分だけだったらしい。


「どうしよう……急いで撮ったし絶対ブレブレだよ」

「ほらー、だから言ったのに。ちゃんと事前に確認しないからさぁ」

「そっ、そんなこと言うけど、アウロラだって忘れてたじゃない!」

「いやいやっ。ボクのせいにしないでよ、頼まれたのはエルシーじゃないか!」

「いいの、私とアウロラは一蓮托生なのっ! 大体、アウロラだって声を張り上げて『行け―!』だなんて叫んでたくせに――」


 雪空を悠然(ゆうぜん)と羽ばたくアオサンをさておいて、ボクらはぎゃーぎゃーと言い合いを始める。

 でもまぁ、仕方ないだろう。本当に文句をぶつけたいというよりは、お互い張りつめていた緊張の糸が切れただけなのだ。

 その証拠に、ボクらの口元は堪(こら)えられない笑みで緩みきっている。

 

 ――そんなボクらは、後ろから近づく足音に気が付いていなかった。


「……いや、良いんだよ。ちゃんとこの目で見れたしね。本当に、本当にありがとう」

「んえあっ……!」

「んにゃっ⁉」


 夢中になっていたところに話しかけてきた、声の主。

 それは紛れもなく。


「――お、おじさん! どうしてここに? いつから⁈」


 古びた作業着を着込み、首から双眼鏡を吊り下げた『とりみ荘』の老主人だった。 


「どうしてって……はは、お嬢ちゃんが誘ってくれたんじゃないか。まぁ情けないことに、相当悩んだけどね」

「でもこの場所だって、私たちも直前まで知らなかったのに……」

「おや、そうなのかい? ここいらが、アオサン(A-03)の普段の棲処(すみか)だよ。だからキミ達が来る前から遠目で見ていたんだが……まぁ、こうして実際に足を運ぶのは随分と久しぶりだねぇ」


 ははっと小さく笑いながら、老主人は感慨深そうに眼を細める。その視線の先は応対するエルシーではなく、楽しそうに声を上げて宙を旋回するアオサン。

 見つめる目尻には、大粒の涙が浮かんでいた。


「……すまない。でも本当に。本当によかった」

「楽しそうに空を飛ぶアオサン、綺麗ですね」

「『アオサン』ね。そうか、キミはそう名付けたんだね」

「あっ! その、安直ですけどA-03だから……」

「いやいや。名前なんて所詮、私達人間のエゴだからね。安直ぐらいのわかりやすさで、ちょうど良いんだ。私も次からそう呼ばせてもらうとしよう」

 

 再び笑う老主人。昔話や野鳥の話をしているときの彼も楽しそうだったが、それ以上に心の底から喜びを感じているという感じがする。

 しかしそれにしても、あのタイミングで声を掛けてきたという事は……まさか、ボクの声も聴かれてしまったのだろうか。

 ――そんなことを思いながら、フードから顔を出して様子を窺(うかが)っていたボクに気が付いたんだろう。

 彼はこちらと完全に目を合わせて、話しかけてきた。


「それにしても……お喋りできる猫くんの友達連れとは。ずっと感じていたけれど、お嬢ちゃんは不思議な旅人だねぇ」

「えっ、いやあの、その……」

「に、にぃやぁ」

「――ああ、これはすまない。内緒だったんだね……って当たり前か」


 事(こと)ここに至っては苦笑するしかないボクたちに向かって、老主人は茶目っ気たっぷりに口に一本指を当てて「大丈夫」と囁く。

 宿での物静かな雰囲気とあまりに違うが、色々な葛藤(かっとう)から解放された本当の姿はコレなのかもしれない。


「他に話したりなどしないよ。キミ達には、本当に感謝しているからね。意固地になって会わずにいた私を、ここまで連れ出してくれて。キミ達の事は老いぼれのちょっとした秘密として、墓場まで持っていくと約束するよ」

「あ、あはは。ありがとうございます……」 

「ただし! 次からは、気を付けるんだよ? 宿泊部屋や風呂場での会話は結構聞こえていたし。……それに、ほら。彼らにも内緒なんだろう?」


 老主人がそう言ってちらりと目線を遣(や)った、彼の背後。そこには大きく手を振って駆け寄る金髪と茶髪の男女がいた。


「おーい! おねーさん大丈夫ぅー?」

「あれ? おい、あのオシドリ飛んでるぞっ!」

「――うぇっ、マジじゃん! ヤバい、一瞬で超進化してる! あははー、ウケるんですけどー!」

「えっとそれで、このおじいさんは……」

「あぁ。私はこの近くでしがない民宿をやっている者でね。……ところでキミ達、野鳥(オシドリ)に興味があるのかね?」

「すげー! 今おじーちゃんの目ぇ光った!」

「えっ、ちょっなんすか? 何が始まるんスかぁ⁈」

「……では、野鳥の見方を教えてあげよう。はっは、なぁに大丈夫。すぐ楽しくなってくるからね。どれ、まずはオシドリの基本的な生態だが――」 


 相変わらず手を叩いて爆笑する女性と、ドン引きしている男性を無理やり連れて、老主人は爛々(らんらん)と瞳を輝かせながら湖の方へと歩いて行った。

 喧騒が遠のいていくと、一気に静寂が戻ってくる。

 一連の展開に呆気に取られていたエルシーだが、しばらくすると力が抜けたように座り込んでしまった。

 そしてそのままトサリと仰向けになって、深雪へ半身を埋まらせながら空を見上げる。

 ボクも、そんな彼女のほっとしたような笑顔に寄り添って尻を下ろす。

 

「ふふ。ふふふっ、あははっ。おじさんって、面白い人だね!」

「うん。……エルシー、足は大丈夫?」

「あぁ、うん。全然気にならないや。なんでだろうね、今は興奮しているからかな?」

「そっか。……ア(・)レ(・)、飛んでっちゃったね。いいの?」


 風に飛んで行った枯草色の布を思い出しながら、ボクは問う。

 エルシーが『魔女の秘密道具』を、どれも一つ一つ大切にしているのを知っているから。 

 しかし彼女は意外にもあっけらかんとしていて、笑顔のまま答えた。


「いいのいいのっ。あれはね、『勇気の手巾(しゅきん)』って言うらしいの。痛みとかに負けそうな体と心を奮い立たせてくれる、そんなお守り」

「そうなんだ?」

「そう。だから、アウロラには『怪我を治すもの』って教えた気がするけど……ちょっとだけ嘘なんだよね」

「……むぅ。ひどいよ! よりにもよって、こ(・)の(・)ボ(・)ク(・)に嘘をついて無茶するなんて」

「ごめんって。心配させたくなかったからさ。……それに、全部が嘘じゃないんだよ。実際、おばあちゃんはそういう風に使ってたしね」


 そういえば、と思ってボクは彼女と魔女とのいくつかのシーンを思い出す。

 確かに、魔女が所謂(いわゆる)『痛いの痛いの飛んでいけ』みたいなことをしているのは見たことがない。毒々しい色の薬草やら軟膏を塗って、例の手巾を巻いて、彼女の目を真っすぐ見ながら小さく優しく言うのだ。


『あなたは、強い』


 ……ちなみに、ボクも一度だけやってもらったことがある。

 当時意味はよくわかっていなかったが、不思議と痛みが消えた気がしたのを覚えている。


「……まぁ、気休めだと早めに分かって良かったよ。次からちゃんとお医者さん行くよ?」

「えー、怖いよ」

「そんな、子どもみたいなこと言って。はぁ……」

「あははっ。次からはちゃんと言うから」

「はいはい。――でもさ、エルシー」


 ボクは、雪風を切って旋回するアオサンを捉えながら言う。


「エルシーって、心配性だよね」

「そうかな?」

「そうだよ。いっつも、他人の心配ばっかり。今回も自分の事はさておいて、アオサンや老主人(おじさん)の事だけ考えて奔走してさ。だからさ……もっと自分のことも、心配してあげてね」

「……うん」

「エルシーは、村でもずっと他人の為になることを考えてきたじゃない? ――雪の事を知ったのはつい最近だったけど、みんなが気遣っているのをどこかで感じ取ってたんだよね、きっと」

「……」

「どうせエルシーのことだからさ。『みんなのために、早く雪を止めなきゃ』『おばあちゃんが消えたのは私のせいだから、早く雪解けを探さなきゃ』『この雪を止めるのが、次の私の生きる道』とか、そんなことばっかり考えてるんでしょ?」

「……えへ」

「良いんだよ、エルシーはエルシーなんだから」

「……そっか」

「雪を降らせようがなんだろうが、それがエルシーの全てじゃないよ? もしそれが何か分からないならさ、一緒に探しに行こうよ。せっかくちっぽけな村を出たんだから、『雪解け』だけじゃなくて、エルシー自身のこともさ」

「うんっ。…………うん?」

「大丈夫。そのために、ボクはこうして隣に居るんだから」

「アウロラっ」

「エルシー。ボクは何があってもキミと――」


 ボクが横を向いて、エルシーのまん丸に見開かれた潤んだ眼(まなこ)と見つめ合った、その瞬間。


「んぬぉぉぉおおおぉぉおっ⁈」  


 大音量の絶叫と共に襲ってきた、後頭部に何か硬い物が激突する衝撃で。

 この野郎、良い所だったのに! などと悪態をつく間もなく、ボクの意識は雪と共に散った。

あの時、彼らの間に言葉はなかった。

それは今も同じ。でも、喜びを分かち合うことはできると思う。


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超絶素敵なイラストは「ハレのちハレタ」様より

 └ Pixiv:https://www.pixiv.net/users/1079498

声優・船戸ゆり絵様による朗読動画も、Youtubeにて公開中!

▼Part1▼

https://youtu.be/-ymWI-OtTBE?si=gebAx3Jl4YF_cBvm


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