表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/31

エピローグ

 大量の食糧を公爵に準備をさせ、私達はアスセーナの街へと戻ってきた。

 短い間しか領地を開けていなかったというのに、平原は戦いの跡が殆どなくなっていた。

 がたがたと揺れる馬車に乗っているのはパレアとリディル。二人の同志だ。


 ピエール公爵は彼の領地に残してきているが、特に問題はないだろう。

 最後の別れ際、物欲しげに股を擦り合わせていた彼を見た時は閉口したものである。


「まさか彼に元々男色の毛があったとは…」

「あぁ、あいつの性格は最悪だと思ってたが…可愛いとこもあるし、身体はいい感じだぜ」

「そ、そう…パレア、目を輝かせるのはやめなさい」

「だ、だってぇ、一度は見て見たいんですよぅ…」


 二人の変わらない様子に息を吐き、私は窓の外を見ながら息を吐く。

 ともあれ、ピエール公爵が従ってくれるようになれば、目的は半ば達成だ。


「…ありがとね、二人とも」

「え?」


 戸惑いの声を上げる二人。

 気恥ずかしくて、視線を合わせられない私は続ける。


「二人がいなかったら…途中で折れてたかもしれない。ここまで来れたのは、私を理解してくれている貴方達がいたからよ」


 マリアに拒絶された時、死んでしまいたいくらい辛かった。

 あの時に立ち上がっていなければ、今頃アスセーナの街も終わっている。

 …そう考えれば、二人こそがアスセーナの救世主じゃないかしら。

 おかしくなった私は笑いつつ、二人の返事が返って来ない事に訝しんだ。


「…どうしたの二人とも」


 二人の方へと視線を移すと、彼らは目を丸くして固まっていた。

 首を傾げれば硬直していた彼らは動き出し、パレアが恐る恐るといった様子で切り出す。


「領主様、熱でもあるんじゃないですか?」

「は?」

「だってぇ、領主様がそんなことを言うなんて、ねぇ、リディルさん」

「あぁ、随分としおらしいじゃねぇか」

「いつもなら、これからも私に付いてきなさい!とでも言いそうなのに」


 二人の歯に布着せぬ物言いに、私は鼻白む。

 が、笑みを交わす二人に段々と腹が立ってきて、口をへの字に曲げる。


「何よ…私だって弱気になる時くらいあるわ」


 息を吐きつつ、二人が分かりあっているのを見て、私は立ち上がった。


「いいわ。そんなに言うなら、これからも働いてもらうわよ!」

「え、あの、ほどほどに…」

「いいえ。私達は世界を変えるのだもの。これくらいで満足しちゃダメなのよ!」


 胸を張り、鼻を鳴らしながら息を吐くと、二人は顔を見合わせ、肩を竦める。


「っへ、それでこそだぜ、お嬢サマ」

「どこまでも付いていきますよ。領主様!」

「えぇ。当然よ。私達は同志なのだから」


 きっとこれからも大変なことはたくさんあると思う。

 だけど私はもう一人じゃない。王城にいた頃とは違うのだ。

 あらゆる手を借りて、二人が誇れるような主君であろう。

 差し当たってはーー


「まずは、気持ちを伝えないとね」


 つぶやいて、私はアスセーナの街に帰還した。



 ◇


 まるで戦勝記念パレードのように、私達は民衆達に迎えられた。

 通りに立って目を輝かせる民衆に手を振りつつ、屋敷への道を進む。


 役人達が精力的に動いてくれたおかげか、特に暴動などは起きていないようだ。

 食糧が少なくなって飢えに苦しんでいる者達には、教会が炊き出しを行なっている。

 メシア教はもちろん、元々この国に根付いていた宗教も、である。


 ともあれ、そうした街中を見ていると、あっという間に屋敷へと着いた。


「なんか、久しぶりな気がするわ」

「わたしもです」

「あぁ、俺が鍛えた奴ら、サボってなきゃいいがな…」


 クォーツェルトに赴いてサニエルの協力を取り付け、その後古き森で冒険をして。

 ピエール公爵との対決まで及んだ日々は、怒涛の日々だった。

 感慨深く息を吐いた私に二人が同意するように頷いて、歩き出す。


 すると、私達が扉を開けるよりも早く扉が開いた。

 そこには、息を切らしてエプロンドレスを纏った女性メイドがいた。

 まあるいエメラルドの瞳が喜びで見開かれ、彼女は優雅にお辞儀をする。


「おかえりなさいませ。お嬢様」

「…ただいま、マリア」


 目を覚ましたマリアの身体を上から下まで眺める。

 服の上から見た限りでは、彼女の傷は癒えているように見える。

 けれど、運ばれた時の重傷具合を考えれば、まだ動いてはいけないだろう。


「マリア、身体の方はどう?」

「大丈夫です。寝てなんていられませんよ」


 肘に手を当てて力拳を作るマリアに私は微苦笑。

 彼女の近くまで歩み寄って、その強がりが嘘か本当か確かめる。


「え、あ、あの、お嬢様…っ」

「ほら、まだ痛いんでしょう?寝てなきゃダメよ」


 太ももに触った時に眉を動かしたマリアを私は見逃さない。

 ふにふにと柔らかくて気持ちがいいけど、怪我をしているなら話は別。


「仕事はいいから、まだ寝ていなさい。ほら、顔も赤いわよ?」

「は、はひっ!?」


 すべすべの頬に手を当てる。

 見える場所に傷が残っていないことだけは、マリアが持っていた幸運だろう。

 可愛らしくて綺麗な肌をしているのだし、私のせいで傷が付くのは我慢ならない。

 マリアは私の手に挙動不審に肩を震わせて、慌てて視線をそらす。


「ぁ…」


 その姿を見て、あの時のことをちゃんと説明していなかったことを思い出した。

 急に気恥ずかしく、目を合わせられなくなり、私の手も下がる。

 肘に手を抱いて、私達が黙っていると、後ろから声が。


「あー、通してもらっていいか?」

「わたしも自分の部屋に帰りたいのですが…」


 その声で我に帰り、マリアは慌てて道を開けて、二人を屋敷へ招き入れる。

 私はおとなしく寝室へと帰ろうとするマリアの背中に声をかけた。


「マリア、その、後で、話したいの。いいかしら?」

「え、あ、はい!勿論です」


 慌てて振り向いたマリアの笑顔に私の心は溶かされる。

 と、私の声を聞きつけたのか、役人や使用人達が駆け付けてくれた。

 私の顔を見てほっとしたように頬を綻ばせる皆は、私に揃って頭を下げてきた。


「おかえりなさいませ。領主様」


「えぇ、ただいま」




 ◇


 足音だけが響くような静謐な廊下を歩き、扉の前へと辿り着く。

 私はその部屋の扉を開けて、見慣れた絨毯を進み、左の扉の前に立つ。


「ふぅ…落ち着け、私」


 朝起きて、夜寝ている部屋の筈。

 それなのに、その扉だけが私を部外者のように阻んでいる。

 深呼吸を繰り返し、鼓動を刻む心臓を押さえつけて、手を上げる。


 こん、こんと、硬質な音が響く。


「どなたでしょうか?」


 聞き慣れた声。耳慣れた声にも関わらず、その声音は私の耳を強く打った。

 頭から響き渡り、身体中に染み込んで行くような爽やかな音色。

 たったそれだけで頬が熱くなるのを感じながら、口を開く。


「マリア、私よ。入ってもいいかしら?」

「お、お嬢様っ!どうぞお入りください!」


 扉の向こうからどこか慌てた様子のマリアに首を傾げつつ、私は「入るわね」と一言。

 ドアノブを回し、ゆっくりと押し開いて行く。


 扉の向こうの景色は、以前に入った時と何も変わらない。

 飾り気がなく、広々と見える室内の奥に、窓に沿って置かれた寝台。

 その上にマリアはいた。

 休んでいろと言ったのに、彼女はメイド服を着て私を迎えてくれた。


 私の姿を見て、しきりに髪を気にしながら彼女は立ち上がる。


「いいわよ。そのままで、休んでいなさいって言ったでしょう?」

「いえ、ですが…」


 なおも言い募ろうとするマリアに私は首を横に振る。

 渋りながらも、マリアは私の言葉に頷いてくれた。

 寝台に座り直したマリアの正面に椅子を持っていき、私は腰を下ろす。

 あっちにこっちに視線を流し、目を合わせようとしないマリアに微苦笑。


「ごめんね」

「え?」


 謝罪から入る私に、きょとんしたマリア。

 私は胸にちくりと刺さる傷と向き合いながら、結んでいた唇を開いて。


「あの…絵のこと。気持ち、悪かったでしょう?」

「い、いえ、あれはっ、」

「いいの。分かってる…マリアの声、聞こえちゃったから」


 私を傷つけまいとするマリアの心遣いは嬉しい。

 けど、私はあの時に彼女と向き合わずに逃げてしまった。

 今度こそちゃんと向き合いたい。ちゃんと、伝えたい。


 心臓が波打つ。汗ばんだ拳を握りこんで、決意を固める。


「あの時、マリアの前から逃げてごめんなさい。私、怖くて…」

「い、いえ、違います。私こそ…」


 嘘だ。決意なんて固められていないし、今でも拒絶されるのが怖い。

 怖くて怖くて、以前のように話せなくなると思うと、心臓が締め付けられる。


「前にも言った通り、マリアは悪くないの。私が怖がっただけ。だから、ちゃんと言うわね」


 嫌われると思ったら怖くて。だけど、今の関係のままでいるのも嫌だから。

 例え、これで私とマリアの距離が開いてしまっても、それでも私の想いは、変わらないから。


「私、マリアが好きなの。メイドとしてじゃない。友達としてじゃない。一人の、女の子として」


 だから私は、この想いを伝えるのだ。


「ーー」


 マリアは、どんな顔をしているのだろう。どんなことを、思っているのだろう。

 ううん、関係ない。マリアがどんな顔をしても、最後まで言いたい。


「マリアは、言ってくれたよね。王族でも、貴族としてでもない。『私』のそばに居てくれるって。あれ、すごく嬉しかった。生きていて良かったって、本気で思ったの」

「ーー」

「でも、私は、マリアと対等になりたい」


 彼女は私のメイドでありたいと言ってくれた。

 嬉しく思う。誇らしく思う。だけど、私はそれじゃ嫌だから。


「同性同士なのに、変なのは分かってる。でも…私は本気で、貴女が好き」


 女の子が女の子を、そういう目で見ることは普通じゃないのは分かってる。

 子供も産めないし、そもそもがそういう対象になる人が少ない。

 だけど、伝えないままに抱えて終わるなんて、あまりにも悲しいから。


 私は言葉を切って、息を継いだ。

 呼吸を思い出したかのように深呼吸をして、マリアの答えを問う。


「だから……私と、これからも、一緒に居て欲しい…私の…恋人として」


 言いたいことを全て言えたか分からない。

 もっと伝えたいことも、分かって欲しいことも沢山あって。

 けれどその全部が、『マリアが好き』に集約してしまって、言葉足らずになってしまう。


 きゅっと、私は伏せていた目をあげて、マリアの目を見る。

 嫌悪感、不理解、戸惑い、拒絶、彼女の目に浮かんでいたのは、そのどれでもなかった。

 想いが溢れて形となった雫が、彼女の瞳から零れ落ちていく。


 その儚げな美しさに息を呑んだ私に、マリアは告げる。


「ごめんなさい…お嬢様」


「…っ」


 分かり切っていた答えに、私は唇を噛み締めた。

 女の子同士、主人からメイドに抱くような想いじゃないことは分かっていた。

 だけどお腹が締め付けられるように辛くて、苦しくて。今すぐ、逃げ出してしまいたかった。


「私は、やっぱりお嬢様のメイドでありたいです」


 崩れ落ちそうになる身体を、マリアの声音が支える。

 逃げ出したくなる心を、見つめてくるマリアの瞳が捉えて離さない。

 彼女は、息継ぎするように嗚咽を呑み込んだ。


「胸が、苦しいんです」


 懺悔するように胸の前で手を組んで、彼女は口を結ぶ。

 閉まり切った口元が震えていて、彼女の表情に私は何も言えなかった。


「お嬢様がいない間、ずぅっと苦しかった。寂しかった。胸が痛んで、いつ帰ってくれるか、無事で帰って来られるか、気が気じゃ、なかったんです」

「それ…って」

「お嬢様が私以外の誰かにお世話をされているのを想像するだけで、嫌なんです。リディルさんとも、パレアとも…ずっと仲良く話しているのも、見ていて苦しかった。私は、要らないんじゃって」

「そんなこと、ないわ」


 声が震える。浮かび上がってきた涙をかろうじて堪える。

 今は涙にすら邪魔されたくない。彼女の顔を見ていたい。声を、聞いていたい。


「こんな感情、おかしいんだと思っていました。抱いちゃいけない想いだって。お嬢様は領主様ですし、元々は王族の方ですし…私なんかが、思っちゃいけないことだと、思ってました」

「マリア…」


 初めて聞かされるマリアの心情。伝わってくる心が暖かい。

 言葉の一つ一つが染み込んで、零れ落ちる涙を、拭ってあげたくなる。


「私も、お嬢様が好きです。一人の女性として、愛しています」

「ぁ…っ」


 限界だった。ずぅっと堪えていた涙が零れ落ちて、私は思わず立ち上がる。

 駆け寄ろうとして躓いて、倒れこみかけた私はマリアに抱きとめられた。


「マリアぁ…」

「愛しているからこそ、お嬢様のメイドでありたいんです」


 遠慮がちに背中に回された手に、私はこみ上げてきた嗚咽を漏らす。

 背中に手を回す。マリアの身体は暖かくて、心臓の鼓動が伝わってくる。

 告げられた言葉は本当に現実なのか、これは、夢ではないのか。

 そんなことを思ってしまう私は、やっぱり臆病なのだろう。


「お嬢様の恋人とメイド…どちらもというのは、駄目でしょうか?」

「駄目なわけ、ないじゃない…!」


 心の底から湧き上がる歓喜を込めて、私はマリアを抱きしめる。

 ずっと望んでいた事だったけれど、本当にこんな時が来るなんて。

 それでもやっぱり確認したくて。私は息がかかるほどの距離で、マリアの目を見つめた。


「本当に、いいの?」

「はい」

「私、貴女のこと離さないわ。重いって…思うかもしれない」

「いいんです。私も、お嬢様を離したくありませんから」


 頬を赤らめながらも、視線を逸らさないマリアに私の心は震えた。

 周りの音も、景色も、匂いも、今はマリアだけしか感じない。感じたくない。

 世界に私とマリアだけが取り残された場所で、私はゆっくりと顔を近づける。

 ほっそりとした睫毛が動き、マリアの瞳が閉じられて。


「…んっ」


 私はマリアと、最愛の人と唇を重ね合わせる。

 触れ合うだけのキス。優しくて甘いそれは、幸せの味がした。

 多幸感に身を包まれた私は、息継ぎをするように唇を離して、もう一度。


「マリア…」

「お嬢様ぁ…」


 名前を呼んで、背中から彼女を抱きしめながら、私はマリアに口付ける。

 ふと漏らした声を聞いて、唇を離した私は鼻先でマリアに微笑む。


「だめ。二人っきりの時はイリスって呼んで。…恋人なんだから」

「……はい。イリス」

「…んっ」


 堪らずに再び口付ける。

 今までで一番長くて、暖かくて、幸せは私の身体を駆け巡った。

 やがてどちらからともなく離れて、銀色の橋が作られた。


「愛しているわ、マリア」

「私も、愛しています。イリス」


 互いに愛を確かめ合い、私達は何度もキスをする。

 月明かりが二人を照らし出し、踊るようなステップを刻んで何度も。


「行きましょう、マリア」

「はい。どこまでも一緒に」


 二人で並んで、手を繋いで、歩き出す。


 これからも一緒にいれば、ぶつかって、喧嘩することもあるかもしれない。

 だけどこの最初の気持ちだけは、絶対に忘れないと誓おう。


 私がマリアを愛していると想うこの気持ちだけは、絶対に。


「これからも、ずっと一緒にいてね。マリア」



これにて完結です!ここまでお読み頂きありがとうございました!


以下、作者あとがきです。





















初めましての方は初めまして。山夜汐月です。

ここまでお付き合いくださり重ねてありがとうございます。

この作品は「一人称を書こう!」と「女の子のために頑張る女の子を書こう!」と「内政モノを!」が混ざり合って思いついた作品でした。

正直言ってまだまだ書けるお話は沢山あります。

パレアのお話やリディルとピエールの今後、第二夫人との対決や諸外国の介入……etc。

色々考えもありますし続きも書けるんでけれど、ひとまずこのお話は終わります。

最後の展開については厳しい意見もありましたが、ピエール君が堕ちるお話を書いているとノクターンの内容になりそうで。許してください。

言い訳はここまでにして、次回はカクヨムのサイバーセキュリティコンテストに向けてSFモノの資料&書籍を漁っているところで、大筋ができたらカクヨムやなろうにも掲載する予定です。

もしまたそこで会えるなら、ぜひとも応援宜しくお願いします。


この作品で感想やブクマ、評価をしてくださった方々、大変励みになりました。ありがとうございます。


それではまたどこかで。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ