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詰めの一手

 

 ピエール・アウナ・マエストロの表情が固まった。

 理解が出来ないと言いたげに目を丸くした彼は数秒固まり、直後に動きだす。


「申し訳ありません。もう一度お伺いしても?」


 ぱちぱちと、自分の目を疑う様子で瞬きをするピエール。

 その動揺っぷりを小気味よく思いつつ、私は扇子で隠した口を開く。


「あら、聞こえなくて?貴方は潰すって、そう言ったのよ」

「…面白い冗談だ」


 きっぱりと断言した私にピエールは不満顔。

 玩具を取り上げられたような顔をした彼は、私の目をじっと見てくる。


「ご自分が置かれている状況を理解していますか?」

「理解しているわ。アスセーナの街は猛獣の群れに襲われ、領地を潤す為の金策は関税の前に無意味に。このままでは私の領地に住んでいる領民は死に絶える」

「では、なぜ…」

「でもそれは」


 貴方の認識の話でしょう?と、私は笑った。

 彼は目を丸くした後、私の意図を汲み取ろうとするがーー


「私はね、知っているんですよ。ピエール公爵」

「…何を、知っていると言うのです?」


 戸惑いに揺れるピエール公爵に私は口元を歪める。


「決まっているでしょう。貴方と第二夫人…義母様との関係を」

「…なんですって?」

「貴方は度々、第二夫人と二人で密会し、不貞を働いているのでしょう?」


 目を丸くした彼は短くない時間固まっていたが、やがて「は」と笑声をこぼす。


「何を言いだすかと思えば…根も葉もないことを」


 肩を竦ませて、失望を滲ませた彼は呆れの息を吐いた。


「確かに。第二夫人にはよくしてもらっていますし、二人で会っていた事もあります。ですが、証拠も何もない状態でどうして不貞を働いていたと断じられなければ?言いがかりも甚だしい」

「証拠ならあるわ」


 ピエールの言葉を遮って、私は一つの書類を胸から取り出す。

 ぱさりと机に置いた紙を見て、私に移した彼の視線に頷きを返す。


「これは…」


 紙をめくるに連れてピエールの視線が険しくなる。

 そこに書いてあるのはサニエル伯爵に連なる中立派の貴族達の名前だ。

 徐々に凍りついていく瞳に、胸がすいていく気分だった。


「これだけの目撃情報があって、まだ隠し通せると思って?」

「…告発状、ですか。よくぞここまで多くの者たちを出鱈目に巻き込んだものですね」


 吐き捨てるように紙を投げ捨てたと同時に彼はため息を吐いた。


 …正解。やっぱり分かるわよね。


 ピエール公爵が本当に義母様と関係を持っているのかは分からない。

 ただそんな噂が中立派の貴族の中で出回っているのも事実。それに、だ。


「でも本当かどうか関係ないのよ。それが国王の耳に入ればどうなるかってだけでね」

「…貴方は」


 噂は噂だ。だけど、火の立たないところに煙は立たない。

 大勢にとっての真実とは、多くの証言と噂を信じた者達の多さで決まるのだ。


 つまり、嘘を真実にすればいい。


「私を脅す気ですか?」

「そうね。そう受け取ってもらって構わないわ」

「こんなもの、すぐにでも握り潰せるんですよ?ここに書いてある名前は全て覚えました。貴女の策が失敗に終われば、表向き中立を保っていた貴族の大勢は削ぎ落とせるんです」


 にっこりと笑って、私の小細工を嘲笑うピエール公爵。

 彼にとってこの程度は痛手にもならない。さすがは大派閥の主。だけどね。


「なら、貴方は王都に住む者達全員を殺すというわけなのかしら?」

「…どう言う事です?」

「どうも何も…その紙の一番後ろにある絵を見れば、お分りいただけるでしょう?」


 扇子で示し、促した私の言葉に疑念が渦巻く瞳でピエール公爵は紙を手に取る。

 そして紙束の一番後ろにある絵を手にした瞬間、凍りついた。


「これは…こんな、もの…!」

「貴方と義母様の関係の絵なのだけど、似ているかしら?」

「…っ」

「目撃者が、ご丁寧に描いてくださったの」


 公爵と第二夫人をモデルに描かれた官能絵。男女の交わりが描かれた決定的な絵だ。

 それをくしゃっと紙を握ったピエールの顔が憤怒に歪む。

 堪え切れない怒りが湧き上がっているような表情。

 でもまだよ。こんなもので、怒りを覚えてしまっているようでは困る。


 ーーマリアに怪我を負わせた罪、償わせてやる。


「これが三百枚あるわ。私が指示をすれば、すぐにでも王都にバラまける。私に何かあった時にもばらまくように指示はしてある。さて、民衆達はこれをどう信じるかしら?」

「それは…っ」

「噂とは不思議なものよね、否定すれば否定するほど真実味が増してくる。大貴族の貴方が必死に否定したら、それこそ民衆はこれを信じる。逆に否定をしなければ噂は噂を呼び、王の耳にまで届くかもしれない…いいえ。何としてでもお父様の耳に入れるわ。この絵と一緒に」


 どれだけ情報の制限を敷いたところで人の口に戸は立てられない。

 貴族の口を封じたところで、民衆達に圧政を引くようでは、公爵は社会的に終わる。

 かといって第二夫人の不倫を国王が知れば、公爵は今の権勢を確実に失う。


 真偽はともかく、大勢の貴族の署名と民衆の噂、トドメにこの絵。一度疑いの目を向けられれば、彼は第二夫人と距離をとらざるおえないだろう。つまり、第二夫人の後ろ盾になれなくなり…将来的に国の実権を握る予定だった彼の将来は潰える。


「私の言っていることが、理解できて?」

「要求は、なんですか」


 無視できない問題だと悟ったのだろう。苦渋を噛み締める表情で彼はつぶやく。

 関税問題を取り下げる。アスセーナの街の復興に尽力させる。あるいは貴族社会への復権も。

 彼が想像しているのはこんなところだろうけど、そのどれもが私の望みではない。


「言ったでしょう?私は貴方を潰すと。私の望みは、貴方の破滅だと」

「な…っ」


 だからこそ中立派であるサニエル伯爵は手を貸してくれたのだ。

 アスセーナの街にしか利益がないようなことを、彼がやるはずが無い。


「正気ですか?そうなれば貴方の街は終わるんですよ?」

「私は至って正気よ。それに、アスセーナの街は終わらない」


 確かにピエール公爵領の手助けがなければ危機的状況を迎えているアスセーナは終わる。

 サニエル伯爵から支援するにしても、全く足りないだろう。


「私が貴方の領地を丸ごと頂ければ、話は別よね?」

「…なんです…って?」

「不運の死を遂げたピエール公爵は遺書を残した。自分の死後、元王女でありアスセーナを復興させたイリス・オルタミアに全てを譲ると。当然、こんな勝手な遺書は通らない。領地は王のものだものね。だけど、新しい領主が来るまで、私が物資を借り受けるのは自由よね?だって、ピエール公爵はアスセーナの猛獣達の襲撃には何も加担していないんですもの。隣の領地を支援するのは当然でしょう?」

「貴女は、一体…!」


 どこまで計算しているのかと、ピエール公爵の口が動く。

 もちろん私が言っていることは暴論に過ぎない。本当にそうなるかも分からない。

 私が話した筋書きはあくまで願望であり、そうそう上手くいくとは思えない。


 だけど、それは全てピエール公爵の死後の話だと言うことを忘れては困る。


「死んだ後のことなんて関係ないわよね?」

「私が貴女と会談していることは周知の事実。臣下の者達はそれを伝えるでしょう。そうなれば貴女は、公爵殺しの罪で死刑になるのですよ?」

「ここで貴方を殺せば、の話よね」

「ーーも、申し上げます!」


 だんっ!と叩き破る勢いで扉が開け放たれた。


 公爵と公爵との会談中への乱入者に、ピエール公爵の目は細まる。

 ぴりぴりとした彼はぎろりとした視線を乱入者へと向けた。

 そこには、冷や汗をだらだらと流した騎士の姿がある。


「何事ですか。会談中ですよ」

「も、申し訳ありません。しかし、至急、お耳に入れたいことが…」


 視線を私と公爵に行き来させ、人払いを要求する騎士。

 一瞬だけ逡巡した公爵は首を振って続きを促す。


「構いません。私だけ彼女の内情を知っているのもフェアではない。言いなさい」

「は…」


 告げた言葉に胸に手を当てて、騎士は言い放つ。


「あ、アスセーナの方向から公爵領へ、猛獣の群れが押し寄せています!数は、三百以上!」

「な…っ!」


 告げた言葉に衝撃を受けて固まるピエール公爵。

 目を見開いていた彼は直後に硬直を解き、勢いよく私に振り向いた。


「まさか…!?」

「あら、大変な事になりましたわね?」


 扇子で笑っている口元を隠しながら、私はピエール公爵を見据える。

 当然、今回の森の主による襲撃は私の仕業だ。

 人間に子供を攫われて怒っていた森の主の協力を仰ぐ事は賭けでしかなかったが、上手くいった。


「き、騎士団は何をしているのですかっ!?」

「太刀打ち出来ていませんッ!い、一匹の巨大な狼に、持ち堪えるのが精一杯です!」

「…っ」

「あらあら、怖い猛獣もいたものですわね」


 その獣の正体を知っているのだろう。

 先ほどと打って変わって蒼白な表情を浮かべたピエール公爵は、私に引き攣った笑みを向けた。


「い、イリス様…民衆の危機です。貴方の騎士団長をお借りしても?」

「お断りだ。こっちを見捨てようとしたお前を、なんで俺が助けなきゃならねぇ」


 私が口を開く前に、リディルがきっぱりと断言する。

 報告を持ち込んだ騎士は、責めるような視線を公爵へと向けた。


「さて、公爵も大変な事だし、私はそろそろ自分の領地へと帰りましょうか」

「ご、ご自分だけ逃げるとでも…?」


 彼は弱みを見つけたと言いたげに嗜虐的な笑みを見せた。

 でも、こんなものは全く弱みにならないのよね。他ならぬ彼のお陰で。


「あら、すでに領地が危機的状況にあるにも関わらず救援を要請しに来た私が帰るのは当然のことではなくて?貴方は、私の救援を断ったのに」

「…っ!」


 私には、大義名分がある。だけど、貴方にはない。


「か弱い私が逃げるのを責めるというのなら、救援を断った貴方こそ責められるべきでは?それに、命が惜ければ貴方だけ逃げればいいじゃない。そのあと、どうなっても知らないけど」

「それ、は…」


 仮にここで公爵が領民を捨てて王都に行ったとしても、社会的に死ぬ。

 自分たちを見捨てた公爵を領民達が許すわけがないし、他ならぬ公爵が森の主を怒らせたのだから。その真実は必ず私が公表し、彼は社会的に、そして怒り狂った領民によって殺され、無様に死ぬーーそれがお似合いだ。


「一体、どうやって…!」

「さぁ。案外、獣と人間も心が通じ合えるのではなくて?お話でもしてみては?」

「出来る、わけが…!」


 悔しげに歯を噛み締める公爵に私は「そうでしょうね」と笑った。

 だが、そんな二人のやりとりを見ていた騎士に我慢の限界がきたのか、


「こ、公爵様、一体、どうすれば。このままでは、この街は滅びます!」

「取り込み中のようなので、私はここで失礼しますわ」


 立ち上がり、私はリディルとパレアを伴って公爵の部屋を後にしようとする。

 縋るような目で見てくる騎士には申し訳ないけど、こればかりは仕方がない。

 隣を通り過ぎ、扉を通ろうと足を進めてーー


「お、お待ちください、イリス様…!」

「あら、何かしら?」


 振り返ると、屈辱と焦燥に表情を歪めたピエール公爵がいた。

 ソファに座ったまま、拳を握りしめた彼は漏らすようにつぶやく。


「要求は、なんですか」


 先ほどと同じ言葉を繰り返したピエール公爵。

 どうにか手は打てたであろう先ほどまでと違い、その意味は違っている。

 今、彼は崖っぷちに立っているのだ。


「私の望みは先ほども言ったでしょう?」

「本当に私の破滅が目的なら、貴女がここにくる必要はないはずだ。黙って全ての策を実行に移せば

 私は死んでいたはず。何か目的があるのでしょう」

「…あらあら、ふふ」


 正解だ。破滅、というのは何も死を指してだけの言葉だけではない。

 社会的死を受け入れ、身勝手な権勢を振るえないような状況に追い込めばいい。


「アスセーナの街の関税撤廃を受け入れましょう。街の復興にも手を貸します。貴女が貴族社会に戻れるように尽力してもいい。何をすれば、助けてもらえますか」


 私に彼を助ける手段があるのだと、彼の声は確信しているようだった。

 それについては本当に保証が出来ないけど、口には出さない。


「…そうね。なら、」


 私は縋るような目で見てくるピエール公爵に人払いをさせて、リディルに視線を移す。

 彼は私を見て目を見開きーーにやりと、口を釣り上げた。


「貴女はこれから私と剣聖に絶対服従を誓いなさい。そして、私が目指す理想の社会のために手を貸し続けるのよ」

「貴女が目指す理想の社会…?」


 おうむ返しのように問いかけてくるピエール。

 私は頷きを返しながら、「ところで」と懐から紙を取り出して。


「貴方と第二夫人を描いた紙のほかに…こんなものもあるのだけど、どうかしら」


 ひらり、とピエール公爵の足元にその紙を落とす。

 彼は立ち上がってそれを拾い上げて、再び目を見開いた。


「これは…っ」

「どう?貴方にそちらの趣味はあって?」


 彼が見ているものは、リディルとピエールがまぐわっているのを描かれた絵。

 パレアが嬉々として書いていたものであり、最高傑作と呼ばれるモノ。

 リディルはこれを見て宝物にしようとしたくらいだ。


「『剣聖』のモノになるのなら、私は貴方を助けましょう」

「そんな、こんな、ことが…」

「受け入れるなら貴方の全てを許します。悔い改め、私の目指す社会に協力なさい」


 これが、私がここへ来た本当の目的。

 ピエール・アウナ・マエストロは国内外から名の知れた公爵だ。

 そんな彼の醜聞と失脚は、ただで破滅させるには余りにも惜しすぎる。


「どうせなら、同性愛禁止法を撤廃して剣聖と結ばれるのも一つの手だと思いましてよ?」


 …嘘。本当は私がマリアと結ばれたいだけ。これを利用させてもらう。


 サニエルには悪いけれど、公爵には私の手となり足となり働く道具となってもらおう。

 戦争で得た利権の殆どは手放してもらうつもりでいるから、彼も許してくれるはずだ。

 第二夫人の絵と噂だけでは足りず、森の主の襲撃を受けて追い詰める最後の一手。

 私の反撃を受けたピエールは肩を震わせて、拳を握りしめるがーー


「ねぇ、早く決めてくださるかしら? 私も時間が有り余っているわけではないの」

「……っ」


 私は追い討ちをかける。


 私に時間がないことは本当のことだし、彼にはもっと切羽詰った問題だ。

 なにせ、今なお猛獣たちはピエール公爵領に攻め込んでおり、騎士たちは戦っているのだから。

 公爵の判断を待っている騎士は、外で今か今かと焦っているに違いない。


「ねぇ、ほら、()()を手に取れば、あなたは楽になれるのよ?」


 ピエール公爵の前にリディルが立った。

 彼は立ちはだかる巨躯に目を見開いた後、じっと、股間のあたりを凝視している。


「別に恥ずかしいことじゃないわ。誰だって性欲を持て余している。それが異性に向けられずに同性に向けられたって、自分を卑下することじゃない。領地の危機に、欲を解放しても……咎められる謂れは、ない」

「わ、た、しは……」

「いいのよ? ここでのことは誰も知らないもの。素直になりなさい。助かりたいのでしょう?」

「ぁ、ぁあっ……!」


 リディルがピエール公爵の手を取り、自分の内腿へと導いた。

 指をつつき、つまんで、感触を確かめた公爵は息を呑んでいる。


「柔けぇだろ?」

「そ、そんな事……」


 彼の指摘に図星を突かれ、ピエール公爵は肩を震わせている。


「強くなるためには鍛えるだけじゃなくて、柔らかさも必要だからな。女のそれも柔らけぇが、男のそれはまた違った良さがある。なぁ、わかるだろ?」

「分かる、わけが…!」

「いいや分かるさ。その証拠にお前、手、離してねぇじゃねぇか」

「……っ」


 ピエール公爵の手を取ったリディルの手は既に離されている。

 にもかかわらず彼の手が離れていないのは、紛れも無く公爵の意志だ。

 私は彼の頬が赤くなり、瞳の中にこれまでと色の違う熱があるのを見て取って、背中を向ける。


「ち、ちが、私は…」

「安心しろや。俺が優しく教えてやるよ。お前も、気持ちよくなるぜ…」

「ふぁぁ……ッ!?」


 そんな声を聞きつつ、私は最後に振り返った。


「それではご機嫌よう。ピエール公爵」


 すでに彼は半裸に剥かれ、私は始まりつつある男同士の交わりから目を逸らす。


「ぁ、あぁ……そんなところ……っ!?」


 扉を閉めて、使用人達を下がらせた私は息を吐いた。


「私もマリアに会いたいわ」




 ◇





 三十分後、パレアとともに馬車で待っていた私の元に二人が出て来た。

 汗を流しつつ、スッキリとした表情のリディルと、消沈して尻を抑えたピエール公爵だ。


「うぅ、わたしも見たかったですよぅ。男同士の生交わり…」

「貴女、襲われるわよ?やめておきない」


 パレアは口を開かなければ美人と言って差し替えない外見だ。

 マリアには及ばないが、桃色の髪を揺らした彼女は愛らしい。

 獣となった男がいる空間にいれば、間違いなく襲われる。

 隣にいる侍従に呆れつつ、私はリディルへと視線を移す。


「どう?満足した?」

「あぁ、最高だったぜ」


 満足げに頷くリディル。その横に視線を移せば、


「私は…私はなんと言うことを。汚されてしまった…」

「おいおい、お前も最後にはいい声で鳴いてたじゃねぇか、もっと、もっとくれってよぉ」

「ちょ、それは…!」


 消沈しきった様子だったピエールがいきなり顔を赤くし、私はドン引き。

 ずっと攻める側だったから、攻められる喜びに目覚めてしまったと言うことか。

 一歩下がった私の反面、パレアは目を輝かせていた。


「こ、これは捗りますぅ!もう一生分描いたと思っていましたが、まだまだ足りませんっ!」

「貴女も貴女で大概よね…」


 指をうねうねと動かしているパレアは見ていて微笑ましくもあるけれど。


「し、しかしあのような……の…に」

「あぁ?心配しなくても、これからはずっと一緒なんだ。安心しろ。好きなだけ可愛がってやるよ」

「…!?」


 何を言ったのか知らないけど、リディルの地獄耳は獣並みだから諦めて公爵。


「いい加減に負けを認めなさい。貴方はもう、リディルのモノなのだから」

「…………………………………はい」


 蚊の鳴くような声で、小さく頷いた公爵に私は満足する。

 彼が思い通りに動けば、私たちの目的に一気に近づく。


「さてと、なら終わらせましょうか」


 つぶやいて、私はリディルを伴って暴れている猛獣達のところへと馬を進めた。


 元々はのどかな平原だったピエール公爵領の入り口に向かう。

 その関門付近は跡形もなく破壊されて、瓦礫が積み上がっていた。

 猛獣達の最前線で戦っていたであろう銀狼は傷一つついておらず、威風堂々の有様だ。

 銀狼に従うかのように背後に佇む猛獣達と相対するように、離れた位置で騎士団の者達が並んでいる。


 倒れている者も少なくはない。けれど、死んでいる者はいないようだった。

 居並んでいた者達は私達、もとい、『剣聖』が来た事に歓喜の表情を浮べる。

 その期待を裏切るかのように、私は猛獣達の前に進み出た。


 後ろから声が届いてくる。届いてくるけど、私は気にしない。


 白銀の大狼と私は向かい合って、金色の双眸を見つめる。


「全部終わったわ。協力してくれて、ありがとね」

「ーー」


 私の言葉を受けて、白銀の大狼は小さな子供の方へ目を向けて、また戻す。

 その仕草の意図を汲み取った私は「えぇ」と頷いた。


「これで貸し借りはなしってことでしょう?元々、私に貸しがあったと思わないけど」

「ーー」


 森の主は答えない。答えずに、小さな狼の首元を口で摘んで、背を向けて去っていく。

 猛獣達もまた森の主に背を向けながら、公爵領の入り口を去って行った。

 私は息を吐いて振り返る。そこには、どよめきに揺れる騎士団の姿が。


「アスセーナの聖女、イリス・オルタミア様が森の怒りを鎮めてくださった!聖女様、万歳!」

「ーー万歳ッ!」


 集団の中から、パレアの声が平原へと響き渡る。

 同時に、動揺していた騎士団の表情が歓喜へと変わっていき、生の実感を噛み締める。


「わぁぁあああぁぁぁぁぁああああッ!!」


 歓声が響き渡り、平原中に届くかのように大気が震える。

 私は私を迎えてくれるリディルやパレアに頬を緩めつつ、足を進めた。


『聖女様、万歳!』聖女様、万歳!』聖女様、万歳!』聖女様、万歳!』


 祝福のように煌めいている太陽の光は、眩しかった。



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