表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/31

反撃の狼煙

 

 屋敷へと帰り着いた私は、マリアを医者に見せた後、役人達を集めた。

 幸いにも、マリアは極度の疲労と出血ということで、大事には至っていない。

 それでも二、三日は目覚めないかもしれないと、医師から判断されていた。


 だけどちょうど良い。面倒ごとを終わらせるには充分過ぎる時間だ。


「あの子が寝ている間に終わらせるわ」

「領主様、まだ安静にされた方が…」

「私はもう大丈夫。寝ていたら体調が悪くなるから…気遣ってくれてありがとう」


 役人達の気遣わしげな視線に礼を言うと、彼らは引き下がってくれた。

 気持ちはありがたいけど、寝ている場合じゃないのは本当だ。

 今、猛獣達に攻め込まれてアスセーナの街は疲弊している。

 これを仕組んだ公爵は、こちらが反撃の機会を伺っていることは知る由もないだろう。


「今がチャンスよ。今を逃せば、次はない」

「ですが、実際、どうするのですか?」

「いくつか手はあるけれど、一番効果的なのを打つわ」


 生きた喜びに沸いているアスセーナの街の夜、領主の館で私は役人達に言う。

 山場を乗り越えた事で、彼らは連帯感が生まれているのか、誰もが引き締まった表情だ。


「五日間、私は領地を空ける。全てを終わらせて帰ってくる。貴方達には領地を任せたいの」

「五日間も、ですか…」

「えぇ。お願いできるかしら」


 生き残った者達への説明や死んでしまった騎士達への追悼金、崩れた城壁の修理。

 古き森の生態系の変化、値上がりする食糧事情…対処すべきことはいくつもある。

 この大変な時に、と役人達が思うのも無理はないけれど。


「任せてください。それくらいしないと、聖女様の臣下は務まりそうにないですからな」

「普段の仕事の無茶振りに比べれば、これくらいは…」


 彼らは、遠い目をしながらも頷いてくれた。

 その物言いに気になるところもあるけど、まぁいいでしょう。


「ならお願いね。悪いけど、護衛として騎士団長は連れて行くわ」


 役人達への説明を終えて、私はリディルとパレアを引き連れて領地を出る。

 未だ散らばっている猛獣の死骸を尻目に、南へと進んだ。


「まさか、貴女の方から尋ねてくれるとは。光栄にございます」


 やってきたのは、アスセーナの領地に隣接するクォーツェルト。

 豪奢な屋敷の前で私を出迎えてくれたのはサニエル・ウォルドだ。

 華やかな金髪を揺らし、嫌味なほど整った美貌で笑みを作ったサニエルに、私は息を吐いた。


「まどろっこしいのは好きじゃないの。単刀直入に言うわね」


 彼の顔つきが変わる。ぴりりとした雰囲気に変わって、口元が引き締まった。


「サニエル・ウォルド。取引をしましょう」


 さぁ、反撃開始よ。




 ◇



「本当にそれが可能なのですか?」

「女に二言はないわ」


 豪奢な家具や内装があしらわれた室内、緊張感が二人の間に橋を作る。

 サニエルは探るような瞳で私をじっと見つめ、私は目を離さない。

 彼は迷っていた。作戦の成功率は私の行動のいかんによって決まるのだ。当然だとは思うけど。


「貴方にとっては、デメリットは少ないんじゃなくて?」

「確かに。ですが、失敗した時のリスクは小さくはないものです」

「…」

「私たちとしても協力したい所ですが、もう一声、欲しいですね。踏み出すには足りません」


 頭の上から足先まで、探るような瞳が不快感となって身体を駆け巡る。

 男の我欲に満ちた視線に怖気が立った私は、決意を固めた。


「いいでしょう。もしも失敗すれば、私は貴方と婚約します」


 室内の空気が変わった。


 後ろに立つ互いの臣下は視線を交わし、動揺を隠している。

 けれど、私の一言でサニエルの顔つきが変わり、笑みを浮かべたのは事実。

 王族の血を引いている私と結ばれるメリットは、デメリットを消してもお釣りがくる。


「なるほど。イリス様はよほど自信がある様子」


 息を吐いた彼の雰囲気が弛緩し、柔らかなものに変わる。


「嫌っている私に対して、仮にでも婚姻を持ちかけるお覚悟。何が貴女を変えたのですか?」

「…さぁね。ただ私は、決めただけよ」

「何を決めたのか、お伺いしても?」


 興味深げに目を輝かせた青年の光に私は唇を緩めた。

 きっと、他の誰でもしていた覚悟を、私はようやく決められたと思うから。


「振られる覚悟、かしらね」


 きょとんと、サニエルは目を丸くする。

 直後に相好を崩して、声をあげて笑い始めた。


「はっははははッ!あぁ、はは。面白い。ますます貴女が欲しくなりました」

「そう。私は貴方が嫌いなのは変わらないわ。私と目的の達成、どちらを狙うのかしら」

「悩ましい選択肢ではありますが、目的の達成ですね。何より、女性は取引で手に入れるようなものでもありませんから」


 悩ましいなどといった言葉を使っている割に、彼は考える時間もなく答えた。

 まぁ、私としては失敗するつもりもないから、どちらでもいい。


「なら、手筈通りに頼むわ。貴方の切り札は剣聖に渡しておいて」

「分かりました。ご武運を祈ります」


 背を向けた私に、彼は頭を下げて見送ってくれる。

 リディルとパレアを引き連れた私は馬車に戻って二人と対面した。


「パレア、頼んでいたものはどれくらい出来たかしら」

「…四割、くらい、です。なかなかイメージが掴めなくてぇ…」

「それじゃ間に合わないわ。リディルに協力してもらっていいから、あと二日でなんとかしなさい」

「ひいっ」


 密室の中で口調を強めた私にパレアは怯えた様子で何度も顎を引く。

 それでもどこか嬉しげに口元が緩んでいるのは、被虐体質の表れかしら。

 ともあれ。


「おい、なんで俺を勝手に使ってんだ」

「…わたし達、同志でしょう?」

「そりゃぁそうなんだが…あー、くそッ!」


 小首を傾げてにっこりと笑った私にリディルは頭を掻く。

「立ち直った途端これだぜ…」とぶつぶつ言いつつも、その話題には触れず。


「で、次はどこに行くってんだ?」

「見たら分かるわ…ほら、もう着いた」


 ガタガタと揺れていた馬車が止まる。

 窓から入ってくる風はむわっとする緑の匂いを孕み、湿り気を帯びている。

 鼻を鳴らしたリディルが「こりゃ、まさか…」と呟くのと同時に私は馬車を降りた。


 目の前には、鬱蒼と生い茂る緑が延々と続いた樹海がある。

 樹々の隙間から見える暗闇を覗くことは叶わず、一度入れば引き摺り込まれそうだ。

 アスセーナの街に隣接する森にして、エルヴァン王国の建国より前から存在する魔の領域。


「古き森…こんなところに、何しに?」

「決まっているじゃない」


 私はパレアと御者に指示をした後、リディルに振り返る。

 煮えたぎる怒りと、復讐の炎を燃やしながら私は笑った。


「落とし前をつけさせるのよ」


 森の中は暗闇と殆ど変わらない状態だった。

 ホウ、ホウ、と、鳥達や獣達の唸り声が聞こえてくることも多々ある。

 けれど、あの戦いで鬼神の如き戦いを見せたリディルを恐れてか、近づいてくる獣はいない。

 鋭い枝葉などに外套を裂かれて、普段から森に入る者達の労をねぎらった。


「森の奥地の入り口に馬車を止めたとはいえ、結構かかるわね」

「…お嬢サマ、何をするつもりなんだ?」

「見たら分かるわ。黙って私を連れて行きなさい」


 一人では絶対に遭難している自信がある。

 獣並みの嗅覚を持つリディルがいるからこそ、私たちは迷いなく進めているのだ。

 おそらく常人の数倍の早さで進んでいるのだとは思うけどーー


「ぁ…」


 森の奥地を進むこと、三時間。樹々の隙間から、それは現れた。


「くぅん」


 小さな白銀の狼。森の主の子供だ。

 ようやく姿を現した目的への鍵に、私はほっと胸を撫で下ろした。

 周りを見渡せば、薄暗い森の中は不自然なほどに静寂で満たされている。


「いるんでしょう?話があるのだけど」


 呟きに、森が答えたかのように風が揺れる。

 現れた巨大な狼を見てリディルが臨戦体勢となるが、それを押しとどめて。


「お願い。協力して欲しいの」


 私は、賭けをする。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ