露見
「お疲れ様でした」
「あ、ありがとうございます」
私はお嬢様の終えた事務書類を財務長官に渡しました。
リーチャズさんは書類を受け取ると、一仕事終えたという風に脱力します。
「ようやく終わりました…」
「ふふ。さすがはリチャーズさんですね」
お嬢様が期待されているだけのことはあり、リーチャズさんは優秀な方です。
どんな仕事も申し付けられた以上は根性を発揮して遂行する。
ご主人様の意向を汲み取り、言われる前に動く侍従にも向いているかもしれません。
私が微笑むと、リーチャズさんは僅かに頬を染めながら視線を逸らしました。
「あの、マリアさん、良かったら今度食事でもいかがですか?」
「え?私ですか?」
「はい。実は前から話してみたくて…」
頭を掻きながら、リチャーズさんは笑います。
私はほんの少しだけ迷いましたが、すぐに首を振りました。
「お申し出は有難いんですけど、私はお嬢様のお世話がありますので」
「…マリアさん、休みは貰ってるんですか?」
目を丸くしたリチャーズさんは心配そうに眉を下げました。
「いいえ。休みは要らないんです。私は、いつ何時でもお嬢様のメイドでありたいので」
「そうですか…」
首元につけているブローチを触りながら言った私に彼は息を吐きました。
リチャーズさんはいい人だと思います。優しくて頼り甲斐があり、収入も安定しています。
私なんかに声をかけるより、もっと素敵な方に甘い言葉を囁けばいいと思うのです。
きっと、男女の集まりに行った時にはモテモテですよ。
「では、私は仕事に戻りますので」
「あ、はい」
リチャーズさんに会釈をして、私は財務長官の部屋を後にします。
領主の屋敷の東側半分は行政の為に開け放たれているので、人の行き交いが多いです。
ふかふかの絨毯を歩きつつ、私は執務室のある場所へと歩いていきます。
これからまた、お嬢様の手伝いをしなければ。少しでも楽をさせて差し上げないと…
お茶を入れて差し上げて、お菓子でも食べてもらいますか。
そう思った私は、厨房に行ってお湯を沸かし、お盆にお菓子を置きます。
甘味は、お嬢様がお好きな砂糖をふわふわ状にしたものです。
以前街にお忍びで視察しに行った時、お嬢様は美味しそうに食べていましたからね。
お嬢様のお好きなものはいつでも食べられるようにしておくのが、メイドの嗜みというものでしょう。
「ふふ。お嬢様、喜んでくれるでしょうか」
ただでさえ、最近は貴族との会合や商会の運営で頭を回しているお嬢様です。
せめて近くにいる私だけは、お嬢様の疲れを癒せるように頑張らなければ。
そう思って、私は一階の廊下を歩き、階段へと向かおうとします。
ですが、曲がり角を進もうとしたところで、見慣れた裾が翻りました。
「ぁ…」
お嬢様です。
華やかな金髪を揺らしながら、お嬢様は左右を見渡します。
誰もいない事を確認された後にさっと目の前の扉を開きました。
すぐにお嬢様の姿は見えなくなり、音が聞こえなくなりました。
「また、地下室に…」
最近、お嬢様の様子がおかしいです。
領地をお忍びで視察して、最初のお貴族様がやってきてから、でしょうか。
どこか浮かない顔をしていて、私の方を見ると切なげな瞳をするのです。
それだけではありません。
それ以前にも、お嬢様は『剣聖』リディル・アウストロスや、パレアを連れてきました。
お嬢様の身の回りの護衛強化と、街の見回りを強化し、治安を良くする為だと仰っていました。
『剣聖』は私が思っていたような騎士じゃなかったのが残念です。
最初はお嬢様に向かって粗暴な物言いをする彼が好きになれませんでした。
けれど、彼が来てからお嬢様はよく笑うようになった気がします。
私がどんな事をしても見せなかった笑顔を、彼はすぐに引き出したのです。
その後に連れてきたパレアの前でも、お嬢様はよく笑顔を見せます。
パレアは午前中は私や他の侍女が行儀作法を教え、午後からは地下室に篭りきりになります。
何をしているのかと聞いても、「ご領主様に口止めされています」と言われました。
そう言われてしまっては、それ以上問い詰める事は出来ないのですが…
気になります。
なぜでしょうか。お嬢様に護衛が増えて、安全になり、笑顔を見せるのはいい事のはずなのに。
リディルやパレアと笑っている様子を見ると、胸が締め付けられるくらい痛いのです。
時折、私に仕事を命じて、パレアと二人で執務室に籠られている事も知っています。
もやもやです。
お嬢様は事あるごとに、私にお礼の言葉や好意的な言葉をかけてくれます。
それだけで充分すぎるほど幸せなはずなのに。
なのに、護衛でも、お世話でも、私は自分が必要とされているのか不安になります。
これまでは私一人だったのでそんな不安は感じませんでした。
お嬢様にとって素晴らしい事が起きているのに、私は素直に喜ぶ事が出来ません。
こんなのおかしいですね。主人を思うメイドの心ではありません。
私がこんな事を考えていると分かれば、亡き母は平手をあげて怒るでしょう。
貴女はメイド。ご主人様の幸せを喜ばないなど、あってはなりません!と言って。
「気になります…けど、私はお嬢様のメイドですから」
言い聞かせるようにつぶやいて、私はその場を後にします。
階段を登って、執務室に到着しました。
扉を開けても誰もいません。役人たちも、各々が出かけているようです。
お嬢様は一度地下室に行かれると、十分は戻って来ません。
だから私は茶器とお菓子を置いてソファに座り込みました。
「ふぅ。少しくらい、良いですよね」
良からぬ事を考えているのも、疲れが溜まっているからかもしれません。
リチャーズさんに言われた通り、少しくらい休憩も必要ですね。
沈み込みそうな赤いソファに背中を預けると、眠気が起きて来ました。
「んん、いけません。少しでもお嬢様の仕事を楽にしなければ…」
思ったよりも早く船を漕ぎかけた私は頬を叩いて、首を振った私は立ち上がりました。
執務机の前に行き、書類の整理にかかります。
財務関係や決裁書類、医療費の請求…おや、医療費が少し多いようですね。
お嬢様が開発した薬の殆どは古き森に群生しているものを使っています。
それを取るために潜る必要がありますが、古き森は猛獣がひしめく危険地帯と聞いているので、仕方がないかもしれません。
そうして整理して、自分に出来る執務室の整理を行った私はお嬢様の寝室へと向かいます。
いつもいつも、夜遅くまでお仕事をされているお嬢様の寝台を整えるのです。
こればかりは他の侍女にやらせません。私だけの仕事です。
ふふ。幼い頃からお嬢様にお仕えして来たのです。これは譲りませんよ。
シーツの皺を伸ばし、髪の毛を払い落とし、布団をお日様に当てようとベッドから退けます。
普段はベッドにも汚れがないようにシーツがかけられているのですが、それも外してしまいましょう。ベッドから汚れを払い落とした後、私は床を掃く為に箒を取り出し、下に潜らせました。
「これは…?」
違和感を頼りに手で探ると、寝台の裏側に、錠のようなものがついていました。
「まさか、毒物…?暗殺の道具ですか…!?」
私は戦慄しました。
お嬢様はただでさえ公爵であり、元王女という特殊な事情をお持ちの方です。
アステーナの領主に就任したばかりの頃は襲撃もあったほど。
今では落ち着いていますが、お嬢様がいなくなればアステーナは再び地に堕ちるでしょう。
何よりも、お嬢様がいなくなってしまうという恐怖に私が耐える事が出来ません。
普段、ベッドの下まではなかなか掃除する事がありません。
眠っている最中にお嬢様に何かあってしまえば、一貫の終わりです。
「私が、守らないとっ」
決意がふつふつと湧き上がって来た私は違和感のあった錠を外します。
比較的簡単に外れるようになっているところが、暗殺実行のタイムロスを減らしているように見えました。開くと、厳重に封印された封筒のようなものが出てきます。
「これは…」
紙、でしょうか。これでどうやってお嬢様の命を狙っているのかは分かりません。
けれど、明らかに触った跡があり、何やらただならぬ気配を感じます。
ごくり。と息を飲んで、私は封印された封筒を外しにかかりました。
そしてそこから出てきたものに、私の背中に悪寒が走ります。
そこにあったのは絵です。それもただの絵、ではありません。
女と女が裸になり、唇と唇を合わせています。
それどころか、互いに胸を押し当てて、上下に動かしているような描写です。
その二人が手を伸ばしている先は、女の大事なところ…秘部です。
口と口との間に銀色の橋を作り、汗にまみれた女の絵が描いてありました。
「私と、お嬢様…?」
しかも、絵のモデルになっているのは私とお嬢様ではありませんか。
目を丸くした私は、何枚もある紙束を探ります。けれど、全て同じでした。
状況を変えて、場所を変えて、互いに愛を求めあっている紙が描かれています。
「な、なんですか、これ…」
胸がきゅぅんと締め付けられるように痛くて。身体の体温が上昇していきます。
汗ばんできた服が湿り気を帯びて、内腿と内腿がムズムズしてきました。
紙に目を通していた私は、自然と震えてきた唇を抑えます。
思わぬ身体の変化に、私の口は自然に開いていました。
「ーー気持ち、悪い…」
ばさり、と音がしました。
振り返ると、そこには泣きそうな顔をしたお嬢様がいたのです。




