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宣戦布告

 

 突然の来訪者の名前に先ほどまでの興奮など吹き飛んでいた。

 慌てて用意をしつつ、待たせた相手がいる応接室までマリアを伴って向かう。


「どうしていきなり…っ」

「分かりません…ただ、事前連絡をすると会えなさそうだと仰っていました」

「…っ」


 確かに言う通りかもしれないが、それ以前に貴族として非常識だ。

 事前連絡を受けていれば何らかの策や相手の意図を探る時間があった。

 体調や政務を理由にして会わない事も考える事が出来たのに。

 唇を噛んだ私は、一歩後ろを歩くマリアを見やる。


「騎士団に連絡は?」

「既に。今、リディルが公爵様の相手をしてします」

「なにそれすごい不安なんだけど」


 嘘をつけず、すぐに顔に出るリディルは交渉ごとが天敵だと言っていい。

 自分だけのことに関しては突っぱねるだけで済んだだろうが、事は領地の問題だ。

 そもそも、セロースを殺した疑惑もある公爵がなぜいきなり。

 電光のように頭の中で思索を巡らせるけど、あいにく、答えが出る前に応接室に辿り着く。


 深呼吸した私は、気持ちを切り替えて扉を開ける。


 そこには、ソファに向かい合って座っているピエール公爵とリディルがいた。

 華やかな金髪に穏やかながらも油断のならない瞳の公爵は、私の来訪に頬を緩ませる。


「イリス様、突然の来訪をお許しください」

「ご機嫌麗しゅう。ピエール公爵。そのままで結構でしてよ」


 堅苦しい挨拶は不要。そう言った私にピエール公爵は目礼で返す。

 リディルの横に座ってピエール公爵と相対する。


「お元気そうで何よりです。イリス様」

「そうね。公爵の尽力のおかげでこうして元気でいられますわ」

「ほう…?」


 私の言葉に公爵は片眉をあげて続きを促す。

 腹の探り合いにうんざりしつつも、私は肩を竦めた。


「だって、政治的平和のために貴方が自らアスセーナの街を私にくれたんですもの。互いにメリットのある結果になって良かったと心底思っていますよ」


 ピエール公爵が勝手にくれた、という点について強調しつつ、私は釘を刺す。

 表向き、互いに貸し借りはない状態であることをこれで共有出来ただろう。

 頷いたピエール公爵。私は本題を切り出した。


「それで、こうしてお出向きになられた理由は、聞かせてもらえるのでしょう?」

「勿論です。本日は釈明に伺いまして。セロース財務長官の件です」


 ぴりっと空気が変わった。


 肌でそれを感じたのは私だけではないだろう。

 後ろに立っているマリアの眉が険しくなっているのは見なくても分かる。


「ご存知の通り、アレは元々私が拾った人材でして。荒れ果てたアスセーナの街の財務を任せていたのですが、増長してしまい……彼は、イリス様が処断してくれたとか」

「えぇ。そうね。どこでそれを?」

「市井の間ではもっぱらの噂ですよ。悪徳な財務長官を追い出し、次々と街を改革する新領主。日に日に良くなる街の景観を見て、民衆も期待が高まっているようですね」

「…」


 私を持ち上げているのか、試しているのか、判断がつかないところね。

 いや、彼の目を見れば…観察しているのか。探るような目が気持ち悪い。


「領民が豊かになっているなら良かったわ」

「えぇ。そんな民の期待がかかっている貴方に楯突いた愚かなセロースは、私のところに泣きついてきたのですよ。どうにかしてくれと。当然私はそれを突っぱねましたが、彼の空気があまりに不穏で…手のものに後をつけさせたところ、山賊たちを使って、イリス様を襲おうと画策したというではありませんか」


 大仰に手を動かしながら、彼は嘆かわしそうにこめかみを抱える。


「彼は元々私が拾った者。とんだ不始末をさせてしまいました。本当に申し訳ありません」


 口ではそう言ってはいるが、ピエール公爵は何とも思っていないのだろう。

 その証拠に、頭を下げず、視線は私を見たままだ。

 全ては財務長官の独断と凶行によって行われたこと…全部なすりつけるつもりね。


「そうね。もう済んだことだもの。仕方がないわ」


 十中八九ピエール公爵の仕業だと分かってはいても、確たる証拠がない。

 証拠がなければ糾弾も出来ず、逆にこちらが公爵を陥れようとしたと思われるだろう。


「それは良かった。なら、この話はこれで…ずっと気になっていたのですが」


 仮にも公爵の身分である私を襲った件をすぐに終わらせて、ピエール公爵は視線を動かす。

 そこには、今の今まで腕を組んで黙っていたリディルがいた。


「『剣聖』リディル・アウストロス殿。国王陛下からの要求も突っぱねた貴方が、どうしてイリス様にお仕えしているのでしょう?」

「俺は俺のやりてぇように生きてる。それだけだ」

「ふむ…?」


 顎に手を当てて、無愛想なリディルの言葉を吟味するピエール。

 残念だけど彼の言葉に裏はない。そもそも、考える事が苦手でしょう。


「イリス様。どうやって彼を口説き落としたのですか?」

「あら。私は誠心誠意"お願い"をしただけですわ。十七歳の身の上で、何度も命を狙われることの恐怖…ピエール公爵にお分かりになって?」

「残念ながら、殺傷沙汰とは無縁でして」


 裏でどれだけ殺しの指示をしているか分からない人間の言葉じゃないわ。

『嘘だ』と口を開こうとしたリディルの膝を指で弾きつつ、私は笑みを浮べる。


「それは良かったですわ。私も、こんな恐怖を他人に味わってほしくはないもの」

「貴女ほどの方が失われるのは国の損失だ。警護の人数を増やして見ては?」

「結構よ。物々しいのは嫌いなの」

「確かに、『剣聖』殿がいてくれるなら心配はいらないでしょうね」

「そうね。彼はよく働いてくれているわ」


 一言一言に、私を試しているような響きがある。

 不快すぎて胸がムカムカしてくるけど、それこそが彼の狙いだろう。

 落ち着いて気を鎮めて張り付けた笑みを崩さないようにしないと。


「イリス様は領地経営が初めてにも関わらず、アスセーナの街の雰囲気を変えていらっしゃる。私も、学びたいところが多いです」

「私が知っている事など、王城の本に全て書いていますわ」

「理論を実践に移すのは口では易く、行うのは難しい。それはまぎれもない貴女の才能だ」


 私に口を滑らせて自分たちで利益を掠めとろうとしているのね。そうはいくものですか。


「…それで民たちが豊かになるのなら、そう取ってもらって結構ですわ」

「確かに」


 くくっと笑いながら、ピエール公爵は膝を叩く。

 直後、私を見た彼の瞳は暗い光を宿した。


「そんな才気溢れる貴女がこんな街で埋もれるのは惜しい。どうでしょう?王城へと戻ってきませんか?」

「…どう言う意味かしら?」


 そもそもこのアスセーナの街に追いやったのは彼のはず。

 彼の言っている意味を掴みかねた私に、ピエールは口元を歪めた。







「第一王子と婚姻を結びませんかと言う事ですよ」

「…っ」


 一切の迷いなく、彼はそう言った。

 扇子で口元を隠しながら、私の中に怒りが起こってくる。


「腹違いの弟と子を成せと…?」

「えぇ、別に、歴史を紐解けば珍しい事ではないでしょう?」


 確かに、エルヴァン王国の歴史の中でも兄妹で結婚している者達はいた。

 王家の血を出来るだけ汚さず、子孫を繁栄させるためには手っ取り早かったのだ。

 だがーー


「お断りよ。あまりふざけないで頂戴」


 私の目的はマリアと一緒になる事。結婚など論外だ。

 ましてや、第二夫人やピエール公爵のいる貴族社会に戻るなど、考えるだにゾッとする。

 睨みながら強い口調で言った私に、ピエール公爵はーー


「そうですか。何、言ってみただけですよ」

「…っ」


 ーーやられた。


 彼は私の返答はどちらでも良かったのだ。ただ、どう反応するのか見てみたかっただけ。

 私が頷けばその通りに整え、頷かなければそれでよし。

 けど、私は即断即答で感情を込めて蹴ってしまった。

 これで少なくとも、私がそちらの方面で揺さぶられる事が分かってしまう。完全に私の失態だ。


「それでは、イリス様は政務も忙しいでしょうから、私はこの辺で」


 立ち上がり、彼は一礼してから背を向けて去っていく。

 用は済んだとばかりに軽やかな足取りで扉の前に立つ。

「あぁ」と思い出したようにこちらに振り返った。


「どうです?今夜、一緒に食事でも」

「有難い申し出なのだけど、あいにく、仕事が溜まっているのよ」

「それは残念。ではまたの機会に。気苦労が絶えないでしょうが、私は応援しておりますので」

「…えぇ」


 頷くと、彼は満足げな表情を見せてから去っていく。

 ばたん、と扉が閉じて足音が聞こえなくなると、私は一気に肩の力を抜いた。


「はぁ〜〜…やってしまったわね」

「結局あいつ、何しに来たんだ?謝罪なら手紙で済ませるだろ」


 リディルが難しそうな顔をしながら首をひねる。

 気遣わしげなマリアが入れてくれたお茶を飲んで、私は息をついた。


「…それよりも貴方、よく大人しくしていたわね」

「そりゃぁお前ぇ…あいつが、その、なんだ」


 若干頬を赤らめながら視線を背けるリディルに、私の視線はきつくなる。


「貴方、何を言っているのか分かってる?あいつは敵よ?」

「何も言ってねぇだろうが!」

「顔に出てるわ」


 要するに、ピエール公爵の容姿はリディルのお眼鏡にかなったと言う事だ。

 私が神経をすり減らしている時に発情しちゃって…どちらがご愁傷様か分からないけど。

 とはいえ、余計な事を話さなかっただけでも私にとっては朗報か…いやしかし。


「お嬢様、それよりも彼の本当の目的は…」


 マリアに言われて、私はリディルを睨むのをやめて咳払い。


「ごほん、そうね…まず一つは、私を探りに来たってところでしょう。王城から殆ど出たことのない私は、彼にとって未知数だったろうから」


 "分からない"というのはどんな事よりも恐怖だ。

 暗闇の中で落とし穴が散乱している中を歩くようなもの、といえば分かりやすいかも。

 彼は少なくとも、私が婚姻をしたくないという事を感じてしまった事だろう。


「弟と結婚なんて論外よ。ありえないわ」

「…お嬢様は、ご結婚されないのですか?」

「…したくないわけじゃないけど、愛のない結婚は嫌よ」


 正直に言えば、第一王子である弟とは一度も会ったことがない。

 それに彼はまだ十二歳になったばかりのはずだ。対象外にもほどがある。


 ーーそれに。


 マリアと結婚したい。なんて言えば…彼女は何て言うだろう。

 寂しさや悲しみの入り混じったマリアを見て、私は首を振った。


「あとは、宣戦布告ね」

「あぁ?喧嘩売られたってことか?」

「そうよ」


 気苦労が絶えないでしょうが、と露骨に言われた。

 あの時の彼の頬が吊り上っているのを、私は見逃さなかった。


「受けて立とうじゃない…」


 私の恋路を阻むなら、潰すだけよ。














 ◇


「くくっ、若い、流石にまだ、若すぎますね…イリス様」


 アスセーナの街を出た馬車の中で、先ほどの問答を思って、ピエールはつぶやく。

 すると、近衛騎士の一人が眉を下げながら忠言する。


「あまり一人で動かないでください。公爵様」

「ふふ。すいません。つい気が早ってしまったもので」


 類稀なる美貌と智謀を持つ女性の、動揺した瞬間を思い出す。

 あぁ、突くべき場所が見つかった時の快感たるや!他の誰にも想像出来まい。


「あの場にいた『剣聖』でしょうか?それとも別の?あの娘が結婚に望みを抱くなんてね」


 この国の王女に生まれた時点で、婚約の道具と成り果てることは決まったようなもの。

 彼女があの歳になるまで婚約相手が見つからなかった事は、誰にとっての奇跡なのか。


 ともあれ、今回来た目的は果たした。


「さぁて…貴女の底を見せてもらいましょうか、イリス・オルタミア様…?」


 つぶやきは、溶けて消えていく。


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