ひとときの…
翌日、襲撃事件のあらましを語ったり、騎士団へ手続きした私は椅子に座り込んでいた。
「ふぅ…」
「お、お茶です。領主様」
「あら、ありがとう。パレア」
一息ついた私に、パレアがお茶を差し出してくれる。
緊張しているようで、その手が震えて今にもこぼれそうだ。
「パレア。しっかりと持ってください。お嬢様にかけたりしたら許しませんよ」
「は、はひ!」
パレアの後ろでつぶさに仕草を観察し、厳しい叱咤を飛ばすマリアに私は微苦笑。
マリアによると、未だに私の世話をするには行儀作法がなっていないとのことだが、昨日のことを考えた私はマリアに無理を言ってパレアをそばに置いてもらった。
ただでさえ、昨日の夜は気持ちがおかしくなってマリアを襲ってしまいそうだった。
あんなことは二度とだめだ。マリアは私の欲望の捌け口なんかじゃないのだから。
「依存、していたのかしらね」
「お嬢様…?」
マリアは好きだ。女の子だけど大好きだ。愛しているって、心から言える。
けど、自分の気持ちとマリアの優しさに甘えて依存してしまっているのではないか。
それがあんな行動をとってしまったと、私は考えた。
目を伏せていた私は、心配そうな表情をしているマリアに微笑む。
「パレアを見ていたら、私の所へ来たばかりのマリアを思い出すわ」
「は、恥ずかしいので忘れてください…一生の恥です」
「ふふ。だーめ。忘れてなんかあげないんだから」
こうしたやり取りが出来るだけで、充分幸せな事…今はまだ、抑えないと。
少し熱めのお茶を一口ついた私は、カップを置いて「それはそれとして、」とパレアを見る。
「もう少しお茶の勉強もしましょうね。パレア」
「は、はひぃ…」
早速マリアのお茶が恋しくなって来た。
◇
セロースの襲撃を退けた私たちは山賊の自供によって壁に城壁に穴が空いている事が分かった。
「どうして報告しなかったのよ…」
「も、申し訳ありません。何分、この辺境の街に盗賊たちが収奪に来るとはおもわず…」
「これからは誰もが来たくなる街にするんだから、しっかりと管理しなければだめでしょう。私が来た時に報告するべきだったわね…いえ、騎士団を設立した時点で調べさせるべきだったかしら」
彼らのせいにしても仕方がないし、街が荒れ果てている事は分かって居た事だ。
その時点で城壁にも綻びが出ていることを思いついてしかるべきだった。
私は目の前で恐縮しきった衛兵に微笑む。
「もういいわ。次からは気をつけなさい。何かあったら必ず報告させて、貴方が判断出来ない事はリディルに言うように。他にも今回みたいな穴がないか調べさせて」
「は!」
リディルは今、騎士団長として衛兵たちの半分を鍛えてくれている。
彼が満足いくレベルまではまだ遠いらしい、残念ながら彼の求める身体はいないのだとか。
その時、衛兵と変わるように扉が叩かれた。
「えっと…次は、」
「商業ギルドと職人ギルドの支部長です。お嬢様」
「あぁ、そうだったわね。入りなさいッ」
マリアの補足を受けて声を張り上げると、程なくして二人が入って来た。
商人然とした丸顔の男に、浅黒い肌をした職人肌の男。
だが、職業ギルドの支部長の頭が変化している。
「領主様、昨晩は大変だったとか。ご無事で何よりです」
「えぇ。貴方たちもって言いたいけど、貴方の方が元気良さそうね」
「へへ。それはもう…」
職業ギルドの支部長が勢いよく顎を引く。
ツルツルとした彼の頭部は、僅かに毛が生え始めていた。
「どうやら効果は証明出来たようね」
「はい。こいつはすごいです。一日で効果を実感できるとは…」
「だからって、一日に何度も塗らないようにね。あくまでそれは薬。日に一度が適切な量よ」
「わ、分かっております」
一瞬目が泳いだのを私は見逃さなかった。自己責任だから、いいんだけど。
「その効果を目の当たりにした商業ギルドの意見は?」
「絶対に売れます。国中、いえ、世界中のハゲがこれを求めるでしょう」
「そう、よかったわ」
食いつくように、ギラついた瞳を見せる商業ギルド長に私は頷く。
自信はあったけど、実は試した事がなかったから不安だったのよね。上手く行ってよかった。
ほっとした私は、二人を執務机の前のソファに座らせ、私も対面に移動する。
「さて、まずは製作工場と生産数、販路を決めないとね…
それから私は二人の支部長とあーでもないこーでもないと相談し、陽が暮れるまで議論を続けた。
その後、食事を終えた私はマリアを部屋に置いて一人、地下室へ来ていた。
湿り気の多い階段を降りて、松明の明かりを頼りに扉に着く。
かり、かりと音が漏れており、私は中にいる人を確信して扉を開ける。
「邪魔するわよ」
「ひ…ぁ、領主様!」
中には、作業机に向かい合っているパレアがいた。
道具の他、厳重に保管された木箱が棚に置かれているが、まだまだ空箱は多い。
「どう?順調かしら」
「はい!領主様のおかげで怯えずに済むので、捗りますぅ!」
「そう。よかったわ」
上機嫌に書いてある紙を見せてくれるパレア。
その紙には、恐らくリディルがモデルであろう偉丈夫と小さな男の子が描かれていた。
胸元をゆっくりと指でなぞっている様は、妙に臨場感がある。
「紙が足らなくなったら私に言いなさい。すぐに用意してあげる」
「はい!」
元気よく返事をしたパレアに私は満足して背中を向けようとする。
けど、ふと頭によぎった考えが離れずに、再びパレアを見た。
「あの、パレア、お願いがあるのだけど…」
「何でしょう?」
薄桃色の髪を揺らして小首を傾げるパレアに、私はそそそっと近づく。
誰にも聞かれていないと分かっているけど、いざ口にするとなると気恥ずかしい。
彼女を手招きして耳を引き寄せる。息がかかりそうな距離で私は言う。
「お、男同士もいいのだけど…女の子同士の絵って、描けないかしら」
「女同士!?」
「しー!声が大きい!」
「んむッ…」
地下室で音が反響するとやけに大きく聞こえる。
聞こえないはずだけど、口にしている言葉は聞かれていいものじゃない。
パレアの口を押さえた私は周りを見渡し、音が静まったのを見て距離をとった。
「ど、どうかしら、描ける?」
「か、描いた事はありませんがぁ…領主様のご要望なので、やってみます!」
「お願いね。あ、絶対にマリアには見つからないように!」
「勿論です」
私の念押しにパレアは大きく頷きを返す。
マリアには地下室への立ち入りは禁止と言っているから、大丈夫だと思うんだけど。
「今描いているものが終わったらでいいから。じゃぁ、その、楽しみにしてるわ」
「任せてください!」
元気よく返したパレアに頷きを返して、私は地下室を出る。
「あ、お嬢様」
「ま、マリアッ」
地下室を出て廊下を歩いていると、件のマリアに行き当たった。
悪いことはしていないのけど、マリアの顔を見るとなぜか罪悪感がある。
それを振り払おうと、彼女が持っている荷物を引き取った。
「ぁ…」
「私も運ぶのを手伝うわ!」
「だ、だめです。これは私の仕事なんですから!」
「いいからいいから」
「お嬢様っ!」
手を伸ばしてくるマリアを避けつつ、私は逃げるように部屋へと戻った。
五日後、私はマリアに用を頼んだ隙に執務室にてパレアと密会していた。
「領主様、完成しました!」
「出来たの!?」
がたりと立ち上がった私にパレアは大きく頷く。
あまり眠れていないのか、瞼の下には隈が見て取れた。
「ありがとうパレア…早速、見せてもらってもいいかしら?」
「勿論です!」
頷き、パレアは厳重に封印を施した封筒から封筒を取り出し、さらに封筒を取り出して紙を出した。
何枚にも渡って描かれているそれを、私は慎重に受け取る。
「領主様、手が震えていますよ」
「う、うるさいねっ、仕方ないでしょ?」
ゆっくりと受け取って、カモフラージュにしている書類を退けて、私は紙を見た。
そこには、女と女が口づけを交わし、抱き合い、愛撫を繰り返している絵があった。
「これは…っ」
「いかがでしょうか…?」
私はそれを食い入るように見つめつつ、読み進めていく。
紙をめくるに連れて行為の度合いも跳ね上がり、ついには生まれたままの姿に…
すごい。すごすぎる。読んでると頬が熱くなって、鼓動が高まって来た。
しかも、そこに描かれていた人物はーー
「これ、もしかしてマリアと私…?」
「そ、そうです!二人をモデルに描いてみました!よ、喜ぶかなと思いまして…」
「…」
ごくり、と私は唾を呑み込む。
すぐに言葉を返す事が出来なかった。ただ絵を見つめて、ゆっくりとなぞるばかり。
…だって、こんなの、すごいんだもの…身体まで熱くなってむずむずしてきた。
頭に靄がかかったようになって、胸が何かに突き動かされるようだ。
そんな態度を見て不安に思ったのか、パレアが眉尻を下げた。
「だ、だめだったでしょうか?」
「そんな事ないわ!素晴らしい、素晴らしいわよ!」
パレアの言葉に私は慌てて首を振る。
少々やりすぎていると思わなくもないが、気にしまい。
「ほ、ほんとですか?よかったですぅ…」
「ただ、マリアの胸はもう少し大きいわ。あとお尻も少し引き締まっているかも。そこのところ、次は調整してもらっていいかしら」
「わ、わかりました!」
侍女の世話と称して、パレアとマリアを一緒にお風呂に引きずり込むのもいいかもしれない。
そんな画策をしつつ、私は百合の絵を厳重に封印し、机に置く。
「これは貰ってもいいかしら?」
「勿論です!そのために描いたんですし!」
「じゃ、じゃぁ貰うわね。宝物に…いいえ、我が家の家宝にするわ」
「そこまで!?」
当然だ。なんせマリアのあんなところやこんなところまで描かれている。
絶対に誰にも触らせないし、誰にも見させてはいけない。
特にマリアには絶対ダメだ。もしも気持ち悪いって思われたら…死にたくなる。
ともあれ。
「じゃぁ、この代金はパレアのお給金に上乗せして置くわね」
「え、いいんですか?」
「当然よ。働いたものには対価を。貴女のこれはそれだけの価値がある」
「あ、ありがとうございます!」
パレアが頭を下げているのをみて私は満足して頷く。
本当は全財産をかけて手に入れたいくらいだけど、流石にそれは出来ない。
その時、コンコン、扉の音が鳴って、慌てて百合絵を執務机の奥にしまい込んだ。
「どうしたのかしら?」
「イリスお嬢様、お客様がお出でになっています」
扉の向こうから聞こえてきたのはマリアのものだった。
少しの硬質さを帯びた声に首を傾げつつ、私が入室を促すと、マリアが入ってくる。
「マリア、どうしたの?」
よもや先ほどの会話が聞かれていたのかと、背筋に悪寒が走った。
けど、そんな私の想像はいともたやすく切り捨てられ、それ以上の衝撃が襲う。
強張った頬を動かし、心配そうに眉を下げたマリアは言った。
「ピエール・アウナ・マエストロ公爵がお出でになっています」




