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発見

 


 リディルを迎えてから三日後、私たちは領地を視察することにした。

 商人の娘らしい格好に着替え、マリアとリディルを伴って私は進む。

 偉丈夫であるリディルが隣にいて私に手を出してくる者はいなかった。


 かん、かん、と槌音が絶えず鳴り響いている。

 崩れた壁、屋根などを修理している途中なのだ。

 主に職人ギルドが行っている事ではあるが、人手が足りない時は衛兵も使っている。


「で、衛兵達の様子はどうなの?今日は休養に当てたけど」

「奴ら、身体が弱すぎていけねぇ。腕立て千回で倒れるような貧弱さだ」

「それって普通じゃないの?」

「普通じゃねぇよ。騎士団ってんなら、二千回は出来なきゃいけねぇ。まずは身体を鍛えるところからだな。だが、見かけに反して根性はある。やりがいはあるぜ」

「ならいいわ」


 何はともあれ、彼らが嫌がっていないのであれば問題ない。

『剣聖』と呼ばれるほどの達人に教えてもらうのだ。多少の無茶は目を瞑ってもらう。

 マリアが何か言いたげにしていたが、私は気づかなかった。


 そうして通りを歩いていると、甘い匂いが鼻に届いて来る。


「あそこのお店、美味しそうな匂いがするわ!行きましょう!」

「おい、一人で突っ走んなよ」

「癪ですけど、この男の言う通りですよ。お嬢様っ」

「…俺、お前に何かしたか?」


 二人の言い分を背に受けながら、私は出店の前に立つ。


「へい、らっしゃい!」


 ハゲ頭の店主がやっている店は、どうやら鳥を炭火で焼いたもののようだ。

 香ばしい匂いに私の頬が緩み、食欲が湧き上がってくる。


「美味しそう。四本お願いするわ」

「はいよ!」


 マリアに大銅貨一枚を支払ってもらい、私とマリアが一本ずつ、リディルが二本受け取る。


「俺だけ二本でいいのかよ?」

「いいのよ。お腹膨れないでしょう」

「へぇ。意外と気が効くな。全く足りねぇけど」


 言っている間にリディルは既に串を平らげていた。

 その早さに唖然とするが、買い占めて悪目立ちするようなことは避けたい。


「この街、最近までこんなのなかったわよね?」

「あぁ。治安が悪かったからな。けど、最近になって衛兵たちが通りを回ってくれるようになったし、なんでも新しい領主様が『剣聖』っていう凄い方を連れてきてくれたらしい。ここで店を出しておきゃ、儲けられるかもって思ってな」

「ふぅん…」


 言いながら鳥を頬張る。鮮度はあまりよくないが、しっかりと血抜きや内臓の処理は行われているようだ。平らげた私は「ちなみに」と問いかける。


「新しい領主っていうのは、どんな人なのかしら?」

「あぁ、それが俺も詳しくは知らねぇんだけどよ。滅茶苦茶やってた役人を追放したり、教会の寄付金を減らしたり、井戸を増やそうとしてくれたり…誰もやってくれなかったことをやろうとしてくれてるんだよな」

「へぇ…」

「そういえば嬢ちゃん、見ねぇ顔だな?」

「まぁね。ご馳走さま。美味しかったわ」


 感づかれる前に私は禿げ面の店主の元を後にする。

 と、リディルが私の隣に立って耳打ちしてきた。


「よぉ、あいつ、結構いい筋肉してたと思わねぇか」

「…確かに鍛えたわね。だけど、マリアの肉付きの方が気持ちいいわよ」

「いやいや、あの手の奴の尻は結構良い触り心地だぜ?」

「いいえ、マリアのお尻の方が凄いわ。絶対ぷにぷによ?…触ったことないけど」

「お二人とも、何を話してるんですか?」

「ーーっ!?」


 こそこそ話をしていた私にマリアが問いかけてきた。

 首を傾げ、私とリディルを交互に見ているマリアに私は慌てて首を振る。


「な、なんでもない!この男にマリアの素晴らしさを語っていただけだから!そうよね!?」


「あ、あぁっ!随分気が利いて腕も立つらしいじゃねぇか!女のくせに大したもんだ!」


 ぎろりと睨んだ私にリディルが咄嗟にそう合わせてくれた。

「そ、そうですか…」と頬を赤らめているマリアが可愛らしくて、私は腕を伸ばそうとーー


「きゃ!」

「あ、す、すいません」


 強い衝撃に、私は後ろへたたらを踏み、リディルが受け止めてくれた。

 礼を言って起き上がるが、向こうは受け止めてくれる対象がおらず、持っていたものをばら撒いている。


「ごめんなさい、大丈夫かし…ら」


 散らばっていたものを拾おうとして、私は硬直してしまう。

 そこにあったものが、これまでの人生で見たことがなかったものだからだ。


「あ、あ、ごめんなさい!」


 直後、ぶつかった方は散らばっていたものを瞬時に集めて立ち上がる。

 声からして女性だろう。薄汚れた短髪がちらりと見えた。

 外套を羽織った者に私が声をかけようとするけれど、彼女はそれよりも早く駆けて行く。


「お嬢様、お怪我は?」

「大丈夫よ。受け止めてくれたから」


 背中をさすってくれるマリアに微笑みを返すと、彼女はほっとした風に胸を下ろしている。

 走り去って行った者の方を見て僅かに眉間の皺を寄せていた。


「もう少し、落ち着いていればいいのですが…」

「いいのよ。怪我はなかったんだし、それよりも、マリア、さっきの見た?」

「さっきのというと…落ちていた紙ですか?」

「そうよ」


 私の頷きに首を傾げ、記憶の糸を辿るマリアだが、やがてゆるゆると首を振った。


「すいません。この男の身体がなかったら見えていたのですが…」

「悪かったなぁ、おい」

「男性が描かれていたような…?」


 リディルの言葉を無視してマリアが顎に指を当てる。

 申し訳なさそうにしているマリアには悪いけど、今回ばかりは見られなくてよかった。


「マリア、すぐに屋敷に戻って一人分の部屋を用意して頂戴」

「え?一人分…ですか?」

「そうよ。それと、小柄な女性が着れるような服と、熱々のお風呂もお願い。帰ったら食事にするから、いつもより大目に用意するように手配しておいて」

「かしこまりました。けど、お嬢様は…?」

「私はリディルと一緒にさっきの奴を追うわ。『剣聖』が一緒にいれば大丈夫でしょう」

「この男と…」


 リディルの方をじっと見て、なにやら逡巡しているマリア。

 男と二人きりになる状況に不安になってくれるのはありがたいが、彼にそんな心配は要らない。


「リディル、私を背負ってさっきの奴を追って」

「おうよ」


『剣聖』の背中に担がれて、私は「ぁ…」と手を伸ばしているマリアに言う。


「マリア、お願いね。頼んだわよ!」


 直後、マリアを置き去りに、馬車のような速さでリディルが動き出した。


「ちょっと、もっと優雅に走りなさいよ!揺れ幅が大きすぎよ!」

「無茶言うんじゃねぇよ!さっきの奴に追いつきてぇんだろうが!」


 腹が揺らされる感覚がひどく気持ち悪い。馬車よりも直接風を感じる分、速さも増しましだ。


「あぁ、マリアの背中が恋しい…。あなた、ゴツゴツしすぎだわ」

「惚気んじゃねぇ。振り落とすぞ」


 そんな冗談を交わしつつ、リディルはまっすぐに走っていく。

 ふと疑問に思った私は、彼に向けて問いかけた。


「あなたこれどうやって追ってるの?」

「匂いだ」

「犬なの?」


 どんな嗅覚をしているのよ。まぁ、そのおかげで今は助かってるけど。

 ともあれ、リディルの速さで走れば追いつけないものなどめったにいないだろう。

 やがて追いかけていた背中が見えて、彼女は一軒のあばら屋に滑り込み、扉を閉めた。


「突き破りなさい!」

「ぉぉっ!」

「ひぃ!?」


 バァンッ激しく扉が開かれ、壊された蝶番が地面に落ちる。

 同時に、あばら家の中で竦み上がっているひとりの少女を発見した。

 短い薄桃色の髪に片目を隠し、眼鏡をかけた気の弱そうな子だった。

 あばら家の中には一軒すれば普通の民家のそれだが、奥の方に布で隠されている一角がある。

 私はリディルの背中から降りて、ずかずかと踏み荒らし、その一角へ駆け寄る。


「あ、あのッ、そこは…!」

「リディル。その子を捕まえて離さないで」

「おぅ」

「きゃっ!だ、だめです!だめぇぇぇぇぇぇぇえええええッッ!!」


 少女の金切り声を無視し、私は布で隠されていた一角を開け放つ!

 瞬間、私以外の二人が硬直し、部屋は一瞬にして沈黙で満たされた。


「やっぱりね」

「お、おい…こりゃぁ…」


 布で隠されていた一角、そこには絵が描かれている紙が敷き詰められていた。

 男と男が乳繰り合い、あんなことや、こんなことまでやっている描画だ。

 上ずった声を出したリディルは、思わずと言った様子でこちらに歩み寄り、紙を拾う。


「こ、これは凄いわね…」


 私もまた、リディルと同じように紙を拾い、そこに描かれているものを凝視した。


 そこにあったのは、男が男を愛撫している絵だった———。


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