貫け、我が道を
衝撃が身体を貫いて、私とリディルは固まっていた。
ただ男と男が描かれている、だけではない。
美形の男同士が唇を合わせ、互いの肌を撫で回している官能的な絵だ。
それどころか、視線をめぐらせばもっと凄い絵が描かれている紙もある。
宝物を見つけたかのようにリディルはそれに目を釘付けにされ、私も目が離せない。
「えぇぇぇぇん…もう、終わり、ですぅ、ぐす。煮るなり焼くなり犯すなり好きにしてくださいぃ…」
少女の声が、絵に釘付けにされていた私の視線を引き戻す。
少女は滂沱の涙を流し、天を仰いでいた。
「わたし、磔にされて死んじゃうんだ…身体中の穴という穴から針で刺されて、下の穴から犯されて開発されてから死んじゃうんだ…えぇえぇん…」
「そんなことしないけど!?」
「モデルを見ながら外で描いてみたのが間違ってたんだぁ…殺される、殺されちゃうよぉ…うぅ…」
「だから何もしないってば」
被害妄想が逞しすぎる。まぁ、だからこそこんな絵を掛けたのだろうけど。
私の言葉に彼女はぴたりと泣き止んで、ぱちくり、と目を丸くした。
「ほ、本当ですかぁ…?」
「本当よ。絶対にそんなことしないわ。マリアに誓ってもいい」
「まりあ…?」
私にとってマリアに誓うとは最上級の約束だけど、分からないか。まぁ、分からなくてもいいや。
とはいえ、胸に手を当てた私の誠意はちゃんと伝わったらしく、女性は手を重ねて頭を下げてきた。
「どこの誰かは分かりませんが、このご恩は決して忘れません…」
「いいのよ。私たち、扉も壊しちゃったし」
「それはよかったですぅ…って、あぁぁぁああ!!私の家の扉が!扉がぁぁ!?」
…忙しい子だ。
慌てふためいて扉の前に屈み込んだ彼女は再び顔を歪める。
またぞろ泣き出す前に、彼女の肩に手を置いた私は「それよりも」と話を進めた。
「あの絵のこと聞かせて欲しいんだけど、教えてもらえない?」
「え、えぇ…?」
戸惑い隠せぬ様子の彼女は不承不承ながらも椅子に座り、私と対面する。
ちなみにリディルは紙をしきりに動かして食い入るように見たままだ。
「申し遅れました。わたし、パレアと申します。しがない村娘なので食べても美味しくありません」
「イリス・オルタミアよ。あっちはリディル・アウストロス」
「はぁそうですか。いいお名前ですね。けど、どこかで聞いたような…イリス、イリス…イリス!?」
びっくりした顔の彼女はたたらを踏んで後ろへと下がる。
目を見開いて、私とリディルを交互に見やる彼女は指をさしてきた。
「ままままま、まさか!新しいご領主様ーー!?」
「えぇ。そうよ」
「し、しかもこの方はかの有名な剣聖様!?ご、ご無礼をお許しください!」
私の正体に気がついた彼女は再び土下座の姿勢をとってきた。
顔をあげようとしないパレアに溜息を吐いて、私は首を振る。
「顔をあげて座りなさい。そんなんじゃ話も出来ないじゃない」
「で、ですけどぉ…」
「領主命令よ。従わなければ望み通り裸に剥いて犯してもらってから噴水に飾るわ」
「ひぃッ!?」
慌てた彼女は再び椅子に腰を下ろす。
この子、落ち着きという言葉と無縁に生きてきたのではないかしら。
「あ、あのぉ…ご領主様が、どうして私に…」
「決まってるじゃない。そこの絵を見てしまったからよ」
「や、やっぱり私を磔に…!?」
「いいえ。違うわ。私は…」
「おい、お前」
私の言葉を遮って、ようやく絵から視線を逸らしたリディルがパレアの前に立つ。
仁王立ちで立っている彼の威容はパレアには相当脅威に見えたらしく、全身が震えていた。
「お、お許しくださぃ…!私、私、どうしても…」
「すげぇぇじゃねぇか!お前!」
「へ?」
恐怖に震えるパレアに対し、『剣聖』は快活に肩を叩く。
『戦争の英雄』『砦落とし』の異名で名を轟かせる彼にパレアは目を丸くした。
「お前ぇ、これ、すげぇよ。こんなに綺麗に描いて、こんなに…とにかくすげぇ!」
語彙が少なすぎる。
「ほ、本当ですか…あ、けどそれは自信作です。ここの線を描くのに苦労して…」
「おぅ!確かに絶妙な尻加減だな。だが、もう少し筋肉が付いていた方がいいんじゃねぇか?」
「え、エミル君に筋肉はいらないんですよぉ!?エミル君はエミル君だから、手と足とか…」
私をほったらかしで、二人は会話に熱を入れて議論を交わす。
『剣聖』、それでいいのか。まぁ、こうして同じ趣味を語れる相手は初めてなんでしょう。
見守っていると、ふとした拍子にパレアが我に返ったように目を見開いた。
「え、でも、『剣聖』様がどうして私の絵に理解を…」
「あ、あぁ…それは」
「それはこいつが男色家だからよ」
私の投げた爆弾にぽかん、としたように硬直したパレア。
リディルはバツの悪そうな、次に来る言葉を予想しているように目を瞑る。
そして、徐々に唇を震わせてきたパレアは目を見開いて剣聖を凝視し、口を開く。
「ーーほ、本物ッ!本物の男色家様!?しかも、しかもしかもそれが剣聖様だなんて!?きゃーー!これは捗りますぅ!筋肉むちむちの偉丈夫にショタでイケメンの男の子が犯されてぇ…きゃーー!」
興奮しながら頬に手を当てて、うっとりとした表情でパレアは腰をくねらせる。
手をウズウズと動かして今すぐにでも描きたい気持ちが伝わって来るようだ。
見ていて楽しいけれど、あいにくと時間が有り余っているわけじゃないのよね。
「リディル。声が聞こえる距離に人はいる?」
「…いや、いねぇな」
「そう。なら、貴方は扉の前に立って見張ってなさい。誰か来たら追い返して」
「おうよ」
少なくとも、今はまだこの話を誰にも聞かれるわけにはいかないのだ。
リディルと視線を交わした私はぽかんとしているパレアと向かい合う。
「パレアと言ったわね」
「は、はひ!」
「貴方は、どうしてこうした絵を描こうと思ったのかしら?」
前方に散らばっている紙束を見やる。そこに男女が描かれているならわかるけど、男女の絵は一枚もない。ただただ男同士のものばかりが描かれている。
「そ、その…わたし、昔から美形の人の絵を描くのが好きで…美形と美形がくっついたら、超美形になるじゃないかって思って、試しに描いて見たら…」
「ドツボに嵌ったと」
「は、はい…」
パレアは恐縮といった様子で何度も顎を引く。
話し出すに連れて、徐々に熱に浮かされたように頬が紅潮し始めた。
「いけないことだと分かってるんです。この国では同性愛は禁じられている…私がこの絵を描いたって知られたら、磔にされて殺されちゃう…!けど、止まらないんです…!」
目の前で手をくねくねとさせて、彼女は語る。
「男同士でまぐわっている姿を想像すると、興奮して眠れないんです!それを描いて少しでも発散しないと気がおかしくなってしまいそうで…!いけないことだって思うと、余計に苦しくなって…!」
「そう」
「分かってもらえなくてもいいんです。わたしは、それでも描きたい!美形と美形がくっついている様子を!心惹かれ合う様を!身体を重ねている様を!それを想像するのが大好きなんですよぉ…!」
熱が入った彼女は、ハッとした様子で顔をあげて、我に返って息を落ち着かせる。
「だから」と胸に手を当てて、私に頭を下げて来た。
「後悔はしておりません。いかようにもしてください…」
「ーー分かったわ」
頷いた私に、パレアは諦めたようにうなだれる。
けど、その瞳に後悔は微塵も浮かんでいなかった。そこまでいくと逆に清々しい。
「なら、パレア。貴女に領主から命令を下します」
「は、はい…」
ごくり。と生唾を呑む音が聞こえる。
真剣な瞳になったパレアを前にして、私は息を吸った。
「私のところへ来なさい。そして、それを描き続けるのよ」
「…分かりました。出来る限り苦しまないようにして…ぇ、え!?」
首を差し出すように頭を下げたパレアは言葉途中で顔をあげる。
驚愕で満ち満ちた瞳は、私の言葉が信じられない様子だ。
「何を言われると思ったの?」
「磔にされたり牢屋に入れられたりとかは…」
「そんなことしないって言ったじゃない」
彼女は釈然としない様子で目を白黒させている。
私は後ろに立っているリディルに目配せをする。彼は頷いていた。
「私はね、恋をしているの」
「こ、恋、ですか…まさか、剣聖様と?」
「いいえ」
悪い人間じゃないと思うけど、あんな筋肉ダルマで犬並みの嗅覚を持つ男は嫌だ。
あくまで彼は同志であり協力者であり共犯者なのだ。
「私が好きな子は…女の子なの」
「え!?」
「しかも、その子は私のメイドをしているの」
「え、えぇ!?」
驚きを二重にして示したパレアはこれ以上ないほど目を見開いている。
その姿に苦笑いをして、ふぅと一息ついて、続ける。
「私が恋をしているのは女の子…しかも、自分のメイドに。異端すぎて貴女のこと言えないでしょう?」
「そ、それは、そうかもしれませんが…どうして、それをわたしに…」
「決まってるわ。私たちは同志だからよ」
「同志…?」
頷く。彼女の絵を見た時から、私はその絵を描いた人物を連れてくる事を決めていた。
「ね、女の貴女から見て、やっぱり女の子に恋をする私は変かしら…?」
「そうですね…って、あ、や、じゃなくて!」
「ふふ、分かってる。それが世間一般の反応よね」
理解を示してくれる人間が少ないことは知っているし、百も承知だ。
だからこそ王城を飛び出し、アスセーナの街を手に入れた。
「でもね。私は諦めたくないの」
「…ご領主様のメイドなら、言って聞かせればいいのでは…?」
「いやよ。あの子は私の肉欲を満たす玩具じゃないもの」
確かに、命令すればあの子は従ってくれるかもしれない…だけど、そんな事は絶対にしたくない。
「私はメイドと…マリアと対等になりたい。対等になって、恋をして、色々な事をして…ずっと一緒にいたいの。主人と主従じゃなくて…一人の女として、あの子と」
「…険しい道のりですね」
心中を吐露した私にパレアはそう言って苦笑いを浮かべた。
「この国では、同性愛が禁じられていますけど…」
「そうね。だから何?」
「え」
私はリディルの時と同じように立ち上がり、彼女を見下ろした。
「法がなんなの?世間一般が何なの?私はそんなことで諦めたりしない。逆に聞くわ。貴女は、それが異端だからといって、男色の絵を描く事をやめるの?」
「それは…」
「やめないわよね。さっき、私に命を差し出したように」
見上げた覚悟だ。騎士となった男でさえ、こうまで潔くはないだろう。
男よりも男らしく、女の中でも凛々しい彼女の生き様は眩しい。
「私も同じ。誰がなんと言おうと、私は止まらないわ。まだ、想いを伝えることは出来ていないし、その覚悟もないけど…その前に、私の気持ちが伝わりやすいような土台を作る。宗教が壁なら鞍替えする。世間が壁なら世間を変える。常識と法が縛りつけるなら、全部壊して世界を作り直す!その為のアスセーナよ!」
「ぁ…」
「選びなさい。パレア」
両手を広げていた私は打ち震えるパレアに手を差し出す。
「ここで見つからないように怯え、いつ死ぬかも分からない生活をしながら好きな絵を描いていくのか。それとも、私の所へ来て、好きなだけ絵を描いていくのか。選びなさい」
「わ、わたしは…」
「貴女の絵は素晴らしい。貴女の絵は誰にも咎められるものじゃない。間違っているのは世界よ!」
パレアの身体が震えた。私は畳み掛ける。
「誇りなさい。大切になさい。そして、今度はその絵を世界中の人々に見せつけてやるのよ!これが、貴女の愛する男と男の姿だと!これこそが、貴女の大好きなものなのだとッ!」
「わたしの絵を、世界に…!?」
「命を保証しましょう。衣食住を提供しましょう。貴女の想いの全てを肯定しましょう。その代わり、貴女は絵の奴隷になる。貴女の好きなもののために一生を捧げ、生きていく事を誓うなら、この手を取りなさい」
そこで言葉を切り、私はパレアを見つめる。
俯いていた彼女は身体を震わせて、ぎゅっと拳を握る。立ち上がり、そして、言った。
「わたしは、描きたいです…!」
顔を上げた。そこには、決意を秘めた女の顔がある。
「わたしは間違っていると思っていました。わたしは、咎められるべき罪人だと。こんなの気持ち悪いって言われるって…でも、ご領主様はそれは違うって言ってくれました」
「そうね。貴女は間違ってない。貴女は正しい。世界が間違っている。なら、どうするの?」
「決まってます」
手が握られた。ペンの豆が出来ている手は、細くともたくましい。にやり、と彼女は笑った。
「わたしは、初めてわたしの絵を肯定してくれた貴女についていきます!付いていかせてください!」
「…なら、私たちはこれから同志よ。そこの剣聖もね」
「おう」
差し出された手の上に、リディルの手が置かれた。
にやりと、笑った彼に顎を引いて、わたしは手を上に上げる。
「このあばら家から、世界を変えるのよ!」
『おぉ!!』
同志を得た三人の叫びは誇らしさに溢れていたのだった。




