第四十七話 心法道定
「と、まあこんな次第だ」
ぱしんと膝を叩いてロベルトは話を終えた。
「なんか最後の方は自慢が入っていたような気がするんですけど」
「俺は事実を述べたままさ。そもそも、俺はあの件には関わっちゃいねえから、他人の功績なんざ自慢する気にもならんしな」
半眼を向けるレイに、乱れた銀髪を掻きながら他人事のように言い返す。
「とにかく、俺が言いたいのは『聖信者の魔剣』はそれほど危険な古代兵器だということだ。」
「なあなあ、それよりこの魔剣のランクって何なんだ?」
しかし、忠告よりもレイの興味は別のところにあるようだ。あれほど血生臭い話を聞かされておきながら、魔剣に対する惧れを抱いていないのは驚嘆すべきだが、これは逆に手を焼きそうだとロベルトは呆れた表情をしながら答えた。
「あー、それは少し事情が入り組んでいてな。セント・クレドは連盟指定遺物ではあるが階級は付けられていない。そもそもフェルディナントから連盟の手に渡ったこと自体が機密事項なんだ。公式では『三万人殺しの謎の魔剣』は彼の死と共に喪失したことになっている。 『聖信者』って呼び名もジェタクト聖教会がフェルディナントを聖人化するために付けた名だからな。世間じゃ『神の鉄槌』なんて呼ばれてるから定着はしなかったみたいだが」
連盟が隠匿していることが帝国にでも知れたらまた面倒事になるだろうな、と思いながらロベルトは付け加えた。
「しかし、A3ランクの魔銃デザイアを無力化する程の性能だ。階級を付けるならAランク入りは間違いないだろう」
おおー、とレイが嘆息を上げる。
「ただしフェルディナントが使っていれば、という条件付きだがな。どうやら、この魔剣は使用者の意志の強さに応じて姿かたちを変えるようだ。『信ずる者の剣』がどの階級に属するかはお前次第、といったところだ」
そこまで言って、ロベルトは声調を急に変えた。
「さて、そしてここからが本題だ」
ロベルトは座ったまま、片手を自分の前方の床につけた。自然と体が正対するレイの方に乗り出す形となる。
「いいか、レイモンド・カリス。今から俺は原罪の騎士団員としてお前に話がある。これは大世界連盟の最重要機密に関わることだ。この道場内で聞いた話は一切他言無用だ。いいな?」
ロベルトの鋭い目が一層野性味を帯びて、レイは思わず生唾を飲み込んでうなづいた。
それを確かめたロベルトは一呼吸置いてから、まるで別人のような畏まった口調で彼が何百回と繰り返してきた口上を言い始めた。
「大世界連盟治安機構『原罪の騎士団』ロベルト・ディアマンは、連盟加盟国エクベルト王国、フレンネル在住、レイモンド・カリスが大世界連盟指定遺物『聖信者の魔剣』の資格所持者となった事をここに認める。 ――ついては連盟国の批准する遺物管理条約第4条3項に基づき、連盟本部における適性試験の受験及び古代兵器使用者としての登録を命ずる。また、条約の発動に伴い資格所持者の身分は一時的に所属国より離れ、登録確定までの期間、大世界連盟治安機構に属するものとする」
「なお、使用者登録は連盟加盟国民の義務であり拒否は認められていない。条約違反者の裁定は治安機構に委ねられること予め通告する」
以上だ、とロベルトは口上を締めくくったが、レイは文言の意味を理解しかねて首を傾げたまま固まっていた。
ロベルトは、さすがに解らんかと呟いて、彼にも理解できるよう極めて端的に要約して言った。
「つまり、俺と一緒にミクチュアまで来てもらう」
「――えっ、本当か!?」
レイは弾けるような歓喜の声をあげて、今にも跳び上がりそうになる。
「…ぬか喜びは未だ早いぞ、レイよ」
しかし横から聞こえてきたその声に、はっとして壁際に座っている九郎の方を見る。
「お主はまだわしとの約束を果たしておらぬ」
九郎の言う約束とは、外の世界に出たければ自分との勝負に勝て、というものだ。
「――っ、じゃあ今からここで――」
レイは途端に不満気な表情になり、立ち上がって九郎に勝負を持ちかけようとするが、九郎は片手を掲げてその挙動を制した。
「じゃが――お主の実力はしかと理解しておる」
そして、ゆっくりと腰を上げ、二人の方に歩みを進める。
「わしはお主の可能性を信じておった。お主はわしの教えを良く実践し、自分の信念を貫き心の闇に屈することなく、見事魔剣を使いこなして悪しき者どもを打ち払った。もはやわしが教えることはない…」
九郎は過ごしてきた日々を思い起こすかのようにしみじみと語って、向き合う二人の中間で歩みを止めた。
そしてレイの方に顔を上げる。
「――と言いたいところじゃが」
しかしその表情は満ち足りたものではなく、いまだ険しさを残したものだった。
「わしはお主に一つだけまだ教えておらぬことがある」
「――っく、じいさん、さっきから勿体ぶり過ぎだぞ。言いたいことがあるならさっさと――」
レイは痺れを切らして九郎に詰め寄ろうとした。
「我が三番弟子、レイモンド・カリスよ」
不意に神妙な顔つきになった九郎の視線がレイの足を止めた。そして、九郎は静かに口を開いた。
「心法、道定」
齢七十を超えた老人とは思えぬ、凛と通った声が道場の中に響いた。
九郎は真っ直ぐレイの瞳を見据えている。二人の間に緊迫した空気が漂って、ロベルトはその様子をただ見守るしかなかった。
「心法道定」は「皆伝問答」と呼ばれる独歩毘沙門流の流れをくむ剣術一派に古くから伝わる皆伝伝授の口上である。
師の問いに適切な答えを返して初めて皆伝伝授の資格を得ることができる。
「作麼生」
九郎はレイを見据えたまま言い放った。
「説破」
レイはすぐに返す。
「汝、誰が為に剣を振るう」
その問いにレイは言い淀むことなく口を開いた。今までの彼なら言葉に詰まっていただろう。
「誰が為にも非ず」
彼は見つけたのだ。自分の剣は何を成すために在るのか。命を懸けた戦いの中で、敵と己に打ち勝ったその先に答えはあった。
レイは一度視線を落とし、改めて師を見つめ直した。
そして、自らの決意と共に口を開いた。
「――ただ護る為に」
レイが揺るがぬ信念に満ちた表情で言い終わると共に、九郎は静かに瞳を閉じた。
静寂と共に両者の間の空気が停滞し、ロベルトは時が止まったような感覚を覚えた。
しかし、次の瞬間には九郎は破顔一笑していた。
「――道は定まれり。レイよ。お主の出した答えがお主の心法じゃ。その法、剣を持つ限りゆめゆめ忘れるでないぞ」
その表情はレイでさえ、今まで見たことのないような達成感と満足感に満ち溢れたものだった。
「明後日、烏丸流剣術『壱ノ型』皆伝の最終試験を行う」
九郎は帯びていた刀を外すとぽかんとするレイの胸元に押し当てた。
「真剣勝負じゃ。――わしの『鍔鳴り』、見事打ち破ってみせよ」




