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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語
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第四十七話 心法道定

「と、まあこんな次第だ」


 ぱしんと膝を叩いて、ロベルトは話を終えた。


「なんか最後の方、自慢が入ってた気がするんですけど」


「俺は事実を述べただけだ。そもそも俺はあの件に関わっちゃいねえ。だから他人の功績なんざ、自慢する気にもならん」


 半眼を向けるレイに、乱れた銀髪を掻きながら他人事のように言い返す。


「とにかく俺が言いたいのは、『聖信者(セント・クレド)の魔剣』はそれほど危険な古代兵器だってことだ」


「なあなあ、それより——この魔剣のランクって何なんだ?」


 しかし忠告よりも、レイの興味は別のところにあるらしい。

 あれほど血生臭い話を聞かされておきながら、魔剣に対する畏れを抱いていないのは驚嘆すべきだ。だが、それはそれで手を焼きそうだと、ロベルトは呆れ混じりに答えた。


「あー……それは事情が入り組んでいてな。セント・クレドは連盟指定遺物ではあるが、階級(ランク)は付けられていない。

 そもそもフェルディナントから連盟の手に渡ったこと自体が機密事項なんだ。公式には『三万人殺しの謎の魔剣』は、奴の死と共に喪失したことになっている」


「『聖信者(セント・クレド)』って呼び名も、ジェタクト聖教会がフェルディナントを聖人化するために付けた名だ。世間じゃ『神の鉄槌(カール・ハンマー)』のほうが定着してたみたいだがな」


 連盟が隠していることが帝国にでも知れたら、また面倒事になる——と思いながら、ロベルトは付け加えた。


「ただ、A3級の魔銃デザイアを無力化するほどの性能だ。階級を付けるならA級入りは間違いないだろう」


 おおー、とレイが嘆息を上げる。


「ただし、フェルディナントが使っていれば——って条件付きだがな。

 どうやらこの魔剣は、使用者の意志の強さに応じて姿形を変えるらしい。『信ずる者(クレド)の剣』がどの階級に属するかは、お前次第……ってところだ」


 そこまで言って、ロベルトは声調を急に変えた。


「さて。そしてここからが本題だ」


 ロベルトは座ったまま、片手を自分の前方の床につけた。自然と身体が、正対するレイのほうへ乗り出す形になる。


「いいか、レイモンド・カリス。今から俺は原罪の騎士団員として、お前に話がある。

 これは大世界連盟の最重要機密に関わることだ。この道場内で聞いた話は一切他言無用。いいな?」


 ロベルトの鋭い目が一層野性味を帯び、レイは思わず生唾を飲み込んでうなづいた。

 それを確かめたロベルトは一呼吸置き、まるで別人のように畏まった口調で、何百回と繰り返してきた口上を述べ始めた。


「大世界連盟治安機構『原罪の騎士団』ロベルト・ディアマンは、連盟加盟国エクベルト王国フレンネル在住のレイモンド・カリスが、大世界連盟指定遺物『聖信者(セント・クレド)の魔剣』の資格所持者となったことを、ここに認める。


 ——ついては、連盟国の批准する遺物管理条約第四条第三項に基づき、連盟本部における適性試験の受験、ならびに古代兵器使用者としての登録を命ずる。


 また条約の発動に伴い、資格所持者の身分は一時的に所属国より離れ、登録確定までの期間、大世界連盟治安機構に属するものとする」


「なお、使用者登録は連盟加盟国民の義務であり、拒否は認められていない。

 条約違反者の裁定は治安機構に委ねられること、あらかじめ通告する」


 以上だ——とロベルトは口上を締めくくったが、レイは文言の意味を理解しかね、首を傾げたまま固まっていた。

 ロベルトは「さすがに分からんか」と小さく呟き、彼にも理解できるよう極めて端的に要約した。


「つまり、俺と一緒にミクチュアまで来てもらう」


「——えっ、本当か!?」


 レイは弾けるような歓喜の声を上げ、今にも跳び上がりそうになる。


「……ぬか喜びは、まだ早いぞ。レイよ」


 横から聞こえた声に、レイははっとして壁際に座る九郎を見た。


「お主はまだ、わしとの約束を果たしておらぬ」


 九郎の言う約束とは、外の世界に出たければ自分との勝負に勝て——というものだ。


「——っ、じゃあ今からここで——」


 レイは途端に不満気な表情になり、立ち上がって九郎に勝負を持ちかけようとする。だが九郎は片手を掲げ、その挙動を制した。


「じゃが……お主の実力は、しかと理解しておる」


 そう言ってゆっくりと腰を上げ、二人へ歩み寄る。


「わしはお主の可能性を信じておった。お主はわしの教えをよく実践し、自分の信念を貫き、心の闇に屈することなく——見事、魔剣を使いこなして悪しき者どもを打ち払った。もはや、わしが教えることはない……」


 九郎は過ごしてきた日々を思い起こすようにしみじみ語り、向き合う二人の中間で歩みを止める。そしてレイへ顔を上げた。


「——と言いたいところじゃが」


 その表情は満ち足りてはいない。なお険しさを残している。


「わしはお主に、一つだけまだ教えておらぬことがある」


「——っく、じいさん、さっきから勿体ぶり過ぎだぞ。言いたいことがあるならさっさと——」


 レイは痺れを切らして詰め寄ろうとした。


「我が三番弟子、レイモンド・カリスよ」


 不意に神妙になった九郎の視線が、レイの足を止めた。

 九郎は静かに口を開く。


心法(こころはかりて)道定(みちさだめよ)


 齢七十を超えた老人とは思えぬ、凛と通った声が道場に響いた。

 九郎は真っ直ぐレイの瞳を見据える。二人の間に緊迫した空気が漂い、ロベルトはその様子をただ見守るしかなかった。


「心法道定」は「皆伝問答」と呼ばれる、独歩毘沙門流の流れを汲む剣術一派に古くから伝わる皆伝伝授の口上である。師の問いに適切な答えを返して初めて、皆伝伝授の資格を得る。


作麼生そもさん


 九郎はレイを見据えたまま言い放った。


説破せっぱ


 レイは即座に返す。


「汝、誰が為に剣を振るう」


 その問いに、レイは言い淀むことなく口を開いた。今までの彼なら言葉に詰まっていただろう。


「誰が為にも非ず」


 彼は見つけたのだ。自分の剣は何を成すために在るのか。

 命を懸けた戦いの中で、敵と己に打ち勝った、その先に答えはあった。


 レイは一度視線を落とし、改めて師を見つめ直す。

 そして決意と共に口を開いた。


「——ただ護る為に」


 揺るがぬ信念に満ちた言葉が落ちた瞬間、九郎は静かに瞳を閉じた。


 静寂と共に空気が停滞し、ロベルトは時が止まったような感覚を覚えた。

 だが次の瞬間、九郎は破顔一笑していた。


「——道は定まれり。レイよ。お主の出した答えがお主の心法じゃ。その法、剣を持つ限りゆめゆめ忘れるでないぞ」


 その表情は、レイでさえ今まで見たことのない達成感と満足感に満ちていた。


「明後日、烏丸流剣術『壱ノ型』皆伝の最終試験を行う」


 九郎は帯びていた刀を外し、ぽかんとするレイの胸元へ押し当てた。


「真剣勝負じゃ。——わしの『鍔鳴り』、見事打ち破ってみせよ」

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