第四十六話 二度は、成らず
「帝国は当時、連盟に加盟してなかったんだろ。だったら古代兵器を取り締まる何とかって条約の制限を受けていなかったわけだから、古代兵器をいくつか持っていたんじゃないのか? 魔術や銃弾が効かないのなら、それを使えばよかったのに」
突然のレイの質問に、ロベルトは意外そうな顔をした。
「ほう。よく知ってたな、遺物管理条約か。確かに帝国はその制約を受けていなかった。だから当時、かなりの数の古代兵器を保有していたはずだ。それに、あれほどの軍事帝国なら古代兵器を扱える人間の養成もしていただろう。実際、ウィーグ共和国侵攻の際も『タンデムキャノン』を数門持ち込んでいたことが確認されてる」
「何だ『たんでむきゃのん』って。食えるのかそれ」
「……食えるかよ。二頭馬車砲。大世界連盟指定遺物B2階級の古代兵器だ。
大気中の電子を凝縮して砲弾化し、横二連の砲口から撃ち出す。対聖銀兵装用に造られた荷電粒子砲だ」
「ミスリルは頑丈で熱にも強いが、電気抵抗がほぼゼロでな。電気を引き寄せ、完全に通してしまう。
見た目は普通の大砲より少し小ぶりでも、殺傷力は桁違いだ。堅い城壁でも簡単に吹き飛ばす。人間に直撃すれば——まあ、死ぬ。というか蒸発するな。身体が」
「それを使わなかったのか?」
「戦争に持って行った以上、使わなかったとは考えにくい。フェルディナントがそこで死ななかったってことは——使っても効かなかったんだろ」
「ええっ……そいつ人間かよ」
「魔剣で防いだんだろうな。電子に反発する磁場で電界を無効化したか、あるいは因子崩壊でも起こして電子そのものを強制消滅させたか……」
「専門用語で喋られても全然わかんないんですけど……」
憮然とするレイを無視して、ロベルトは話を続けた。
その後、フェルディナントは帝国軍本隊——十九万の前に、たった一人で姿を現した。
待ち構えていた帝国軍は、砂漠の竜騎士団の誇る長銃槍三千丁の集中砲火を浴びせた。
この帝国が独自に開発した兵器は、その名の通り長銃と長槍を組み合わせたもので、拳大の流線形鋼鉄弾を火薬で撃ち出す重火器である。
元々は対人用ではなく、高火力の攻城兵器を極限まで小型化し、携帯できるようにした兵器だ。
弾丸の巨大さから単発式だが破壊力は凄まじく、「竜騎士団の一斉射撃に耐えられる城壁は存在しない」とまで言われていた。
一斉射撃の轟音と射撃煙の凄まじさを「竜の咆哮」に例えたものだが——煙の中から現れたフェルディナントは、まったくの無傷だった。
「ま、いずれにしろ奴にはいかなる攻撃も効かなかったってことだ。
デニス・ザグレブ——通称『魔銃のデニス』って奴がいてな。今じゃハンターギルドの副長だが、当時は竜騎士団の総隊長をやってた。A3級古代兵器『魔銃デザイア』の使い手でもある」
「この古代兵器は、銃身に『欲せよ、汝の望むままに』って古代文字が装飾された虹彩鉱製の長銃だ。
『欲望』の名の通り、所持者のイメージを銃口内に物質化して、それを弾丸として撃つ……とんでもねえ代物だ。なにせAランクだからな」
「ずいぶん後になって本人から聞いたが、具現化した火炎弾や魔法金属弾はおろか、反物質弾すら結界に入った瞬間、真っ二つに斬られて消滅したらしい。鋼鉄弾や荷電粒子砲ごときが効くわけねえ」
竜騎兵隊は、標的に銃弾が当たらないと悟るや否や、命令を待たずに撤退し始めた。
彼らはほとんどが賞金稼ぎ上がりで、傭兵も多かった。勝ち目のない戦闘を放棄したのだ。
三千の砂漠の竜騎士団を失って、もはや帝国軍に勝ち目はなかった。誰の目にも、それは明らかだった。
だが皇帝は退却を許さなかった。
当時世界最強と呼ばれた誇り高き不敗の帝国軍が、たった一人の人間に敗北し撤退するなど——彼には信じられず、許せなかった。
退く者は斬ると叱咤し、無意味な突撃を繰り返して死傷者をさらに増大させた。
それはもはや戦争ではない。一方的な殺戮だった。
最終的に帝国軍は二十万のうち三万を失い、ついに大世界連盟に助けを求めざるを得なくなった。
連盟は機敏な対応を見せた。
原罪の騎士団を派遣しフェルディナントを始末する条件として、ウィーグ共和国からの即時撤退、ガスフォボス帝国の大世界連盟加盟、そしてそれに基づく全ての国際条約締結を皇帝に突きつけたのだ。
今まで連盟を歯牙にもかけず世界の覇者を自負していた軍事帝国が、連盟の元に束縛される。
それらの条件は皇帝にとって屈辱だった。
国際条約の中には古代兵器の管理をすべて連盟に委ねる条目や、他国領土への永久不可侵条約も含まれていた。
つまり、皇帝の最終目的——世界帝国建立の野望も断たれる。
だが選択肢はなかった。
このままフェルディナントを放置すれば、帝国軍二十万が全滅しかねない。皇帝は苦汁を飲む思いで、連盟の送ってきた書類すべてに署名した。
条約締結を受けてすぐ、治安機構はフェルディナントの首に史上最高額——金貨百万枚の賞金を懸けた。
これは本来なら「帝国の不法侵攻に抵抗する一般人」であるフェルディナントを、連盟が公的に討伐するための処置であった。
派遣された原罪の騎士団員は六名。
そもそも彼らの任務は魔剣の回収であってフェルディナント討伐ではなかったが——戦う必要はなかった。
フェルディナントは、ほとんど抵抗もせず拘束されたからだ。
彼にとって憎むべき相手は帝国であり、連盟ではなかった——そういう理屈も成り立つだろう。
真相はどうであれ、フランク・フランクリン・フェルディナントは魔剣の精神汚染から解かれ正気を取り戻し、「三万人殺しの超大量殺人犯」として王都ミクチュアの連盟本部に送致され、諸侯会議で裁かれることになった。
本来、連盟が罪人を裁く場合、いかなる重罪人であっても処置の全ては治安機構に委ねられる。
だがこの件では帝国からの何らかの働きかけがあり、諸侯会議による裁判という異例の手続きが取られたと考えられる。
そして諸侯会議は、古代兵器の不法所持および使用、ならびに大量殺人の罪状で——処刑という裁定を下した。
ウィーグ共和国はこの処置に強く反対した。
共和国にとってフェルディナントは国を救った英雄であり、攻め込んだ帝国に全面的に非がある。よって彼は罪人ではなく、処刑される謂れはない——という主張だ。
しかし三万人殺害という度外れの事態と、大幅に譲歩した帝国への配慮もあって、処置は覆らなかった。
共和国とは逆に帝国は公開処刑を強硬に要求したが、これも諸侯会議で否決された。
この事件は、世界情勢の勢力転換点とも言える出来事だった。
当時、大世界連盟と対等の力を持ち、同時に最大の対立者でもあった帝国が連盟の傘下に組み込まれた。
連盟の力は一気に増大し、世界情勢は現在に至る安定期へ入った。
さらに、最強と呼ばれた帝国軍でさえ歯が立たなかったフェルディナントを、一滴の血も流さず拘束したことで、連盟と治安機構は世間から最大の評価を得た。
そして、わずか十二名の原罪の騎士団は、二十万の帝国軍に代わって「世界最強」の名を手にした。




