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56テールズ ~聖杯の伝説~  作者: 曽我部穂岐
第一章 始まりの物語

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第四十八話 信ずるは己

 刀(かたな)、銘(めい)道興(みちおき)。


 附(つけたり)、黒漆鞘打刀拵(くろうるしさやうちかたなこしらえ)。


 鎬造(しのぎづくり)、庵棟(いおりむね)、細身、小振りながら反り返し、中峰(ちゅうきっさき)。茎(なかご)は刃上がり栗尻(くりじり)、目釘穴二つ。


 鍛(きたえ)は板目よくつみ、地沸(じにえ)厚く煌めき、地景しきりに入り、地斑(じふ)まじる。刃文は互(ぐ)の目に小乱れ交(まじ)え厚くつき、金筋(きんすじ)、砂流(すながし)かかる。


 帽子は火焔状に焼詰(やきつめ)。


 彫物(ほりもの)は表裏に角止(かくどめ)の棒樋(ぼうひ)。


 九郎が真剣勝負のためにレイへ渡した刀に対する、ジルの鑑定だ。


 葦原(あしはら)愚竜坊(ぐりゅうぼう)道興(みちおき)は十年ほど前、インドラ大陸ナカツの刀工界に突然現れた気鋭の新人である。


 元はラテライト大陸出身の賞金稼ぎ。師につかず独学で刀鍛冶を学んだという異色の刀工で、作は細身ながら均整のとれた古久野津(こくのつ)風。帽子火焔に互の目小乱れ交りという独特の刃文を特徴とする。

 いずれの作品にも完成された品格があり、工歴は浅いながらもナカツ二十一名工の一人に数えられる。


 ジルは数年前から九郎に頼み込み、何度か所持する刀の鑑定をさせてもらっていた。その際レイも立ち会うことが多く、この刀は特にレイが気に入った一本だった。


 ジル曰く、

「道興の評価は鰻昇り。現状でも四十マモンは下らない。五年経ったら倍以上の値になってるはず。数打ちじゃないから多分、師匠に贈られたものだと思うけど、とにかくレイには勿体なすぎる」


 そのレイは、皆伝伝授の真剣勝負を言い渡された直後から、ロベルトが病み上がりを心配して止めるのも聞かず、刀を持って一心不乱に素振りをしていた。


 素振りと言っても、烏丸流の仮想敵を想定した演武である。


 レイは壱ノ型の基本の構え、正眼からやや利き腕のほうへ刀を傾けて構える。しばらく眼前の空間とにらみ合った後、鋭い掛け声を発して一気に歩を詰める。

 そして勢いのまま右袈裟斬り。


 鋼の刃が空気を裂く鋭い音が響き、レイは振り下ろした姿勢のまま止まった。


「あー、今のも死んだな」


 外野から呑気な声がして、張りつめた空気が緩む。

 ロベルトは板間に胡坐(あぐら)をかき、右足に肘をつきながら、先程から何十回と繰り返される動作を評した。


「鍔鳴りは高速で抜刀と納刀を行う技だ。その名の通り動作が早すぎて、刃筋はおろか剣閃すら見えねえ。間合いの内にいるなら回避はまず不可能。構えから予測して防御に徹していたとしても、連続で撃たれりゃ対処のしようがない」


 レイはようやく姿勢を崩して呼吸を整えると、再び最初の立ち位置へ戻っていく。


「つまり勝機があるとすれば、間合いの外から攻撃すること。これ以外に無え」


 それを見ながら、ロベルトは浅く溜息をついた。


「だからさっきから言ってるが、お前から跳び込んでいっても分が良くなるわけじゃねえ。そもそもお前、鍔鳴りを見たことがあんのか?」


「……無い」


 レイはすでに前を見据え、刀を構えている。


「——だったら尚更、無理だろその方法は。いくら踏み込みと振り下ろしの重力加速が剣に乗ったとしても、剣速は到底敵わねえ。勝ってるのは剣圧だけだ。刃を抑え込む前に身体が斬られてんだよ」


 ロベルトが目で追った動きは、先程とまったく同じ残像を視線に刻むだけだった。


「伊達に『不破剣技』と呼ばれてるわけじゃねえんだぞ。お前と九郎殿の体格はほぼ同じで、間合いの広さもそうは違わねえ。リーチで優位に立とうとすりゃ得物を変えるしかない。

 悪いことは言わん。勝ちたいなら俺と魔剣具現化の練習をしろ。セント・クレドなら一瞬の具象化でも、間合いで圧倒的優位に立てる」


 しかしレイは聞く耳を持たず、元の立ち位置に戻って剣を構える。


「……そんなもの使って勝っても意味が無いんだよ。俺は俺の力だけでじいさんを破る」


「お前の言い分も分からんでもねえが……俺は九郎殿から、お前の最終試験のために魔剣の扱い方を教えろと言われてんだ。九郎殿は対セント・クレドを想定してるんだぞ」


「それならなおさら嫌だね。そんなものに頼るって思われてんのが、まず癪だ。何度言われてもこれは譲れない」


 視線も合わせず言い切り、再び素振りに没頭するレイに、ロベルトは呆れ顔でぐしゃぐしゃと銀髪を掻き乱した。


(ったく、頑固にも程があるだろうが。魔剣の力に溺れてねえのは見事なもんだが——いや、こいつの場合は信用してねえんだろうな。信ずるは己の力のみ、ってやつか。

 この齢で武人の鑑とは恐れ入るが、これはこれで扱いにくいぜ……)


 考えあぐねているロベルトの思考を、背後の引き戸が開く音が遮った。


「おーい、レイ。師匠に聞いたら道場に……っとと——って、何やってんだ?」


 黒髪の少年が引き戸の間から勢いよく入ってきたが、すぐ前に座るロベルトの大きな背中にぶつかりそうになり、よろめいた。


「——お、ジルか。ありゃあ斬られる練習だ」


「斬られる練習?」


 ジルはレイを見ながら首を傾げる。


「おう。明後日、皆伝伝授の真剣勝負をするんだとよ」


「なっ……ついにか!? あの動きを見るに、もしや鍔鳴りを!?」


「ほう、演武を見ただけで分かるのか」


「いや、だってあれ。前からレイが師匠の鍔鳴り対策にやってる素振りだからな」


 ジルによると、九郎の逸話を散々聞かされたレイと彼が、鍔鳴りが「不破剣技」かどうかで口論になり、「自分が破って証明してやる」と言って始めたらしい。


 レイは試行錯誤を繰り返した末、下手な小細工では破れない——ならば真っ向勝負で打ち破るのみ、と考えたのだろう。


「壱ノ型から踏み込んでの右袈裟は、レイの一番得意な技だからな。師匠と試合する時も、とどめをいっつもそれにこだわる。いい加減手を変えろって言うんだけどさ。あいつ、一度言い出したらやりきるまで絶対聞きやしないから」


 言いながらロベルトの横に、同じく胡坐をかく。

 そして、レイの振っている刀に気付いた。


「あー、あれ道興じゃないか! やっぱり師匠、レイに渡すつもりだったのか。くそう、うらやましい……」


 ウチで扱ってる商品の中に、あれと似たような刀なかったか。すげ替えても分からんだろ——などと不穏なつぶやきをしている。


 しかしそれも、鋭い空気を斬る音に途絶えた。

 二人は無言のまま、同じ動きをひたすら繰り返すレイを見つめていた。


 刀を右傾(みぎかたむ)きに構え、眼前を見据える。


 じりじりと両足が床板を擦(す)り、不意に止まる。


 そこから一気に床を蹴っての踏み込み。


 同時に大きく刀を振りかぶり、渾身の力で振り下ろす。


 時間にすれば五秒にも満たない。

 だがロベルトは、一心不乱に振り下ろされる刀の軌跡に、どこかで見たような既視感を覚えていた。


 何かを思い起こそうとするが、思考のどこかに引っかかって、なかなか頭の中に出てこない。

 こういう時に限って、深く考えれば考えるほど余計な雑念ばかり浮かび、埒が明かない。


 いつもなら「大したことでもない」と思い込んで記憶の深掘りを諦める。

 だが今回は、何か重大な違和感を見落としている気がした。


 そこで、あえて頭を空にして——何も考えず、しばらく動作をぼうっと眺めていると、不意に記憶の隅からそれが湧き出てきた。


 ロベルトは突然、両膝を打って勢いよく立ち上がる。


 あまりに突然だったので隣のジルは驚いて胡坐を崩し、レイも思わず動きを止めてロベルトを見た。


「レイ。お前の信念は分かった。俺の負けだ。

 それが最良の選択だと言うなら、自分のやり方を貫いてみろ」


 ロベルトは言いながらレイに歩み寄る。

 神妙な顔つきを作ってはいるが、内心の感情を読み取られはしまいかと、心もそぞろでならなかった。


「——だが、俺のアドバイスを一つ聞け」


 それは彼とレイの思惑をどちらも満たす名案だった。

 ただし真意を悟られてしまっては意味がない。


 ポーカーフェイスは得意ではない。だが表情を殺すことに注力しながら、レイの肩に手を置いて言った。


「俺が教えたいのは——『心構え』だ」

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