大人の手
「で、お前はなんでわたし達の仲間になりたいんだ」
ぼくが怪しいものではないとわかると、ネロの表情が少し和らいだ。
「あなたを見て、大人になりたいと思ってしまったんです」
ネロがとても優しく笑った。
同時に、とても悲しそうだった。
人にこんな表情があるのを、初めて知った。
ぼくはきっと、聖母脳のアミクスより感情を知らない。
数年おきに培養センターを移動してきたけれど、誰かと感情を共有したことはなかった。
みんなそうだった。
それが普通だった。
「わたしのせいだな――すまない」
ネロはそれだけ言って、ぼくの手の上に自分の手を置いた。
大きな手だった。
大人の男の人の手だった。
ごつごつしていた。
力強かった。
温かかった。
「ぼくも、こんな手になれるかな」
置かれたままの手を見て、ポツリと言った。
ぼくが反聖母軍に入りたい理由なんて、それだけで良かった。
「お前のような若者の、ささやかで純粋な夢を叶えるため、わたし達は戦っている」
今度は、ネロが動機を話す番だった。
「わたしの血縁者は全員、聖母会に奪われた。お前が生まれる少し前、複合企業だったヤツらは突然『聖母会』を名乗り出した。そしてまずは高齢者を収監したことは知ってるな? その時点で聖母会に全面降伏を誓った人間が、今の上位階級だ」
この辺の話は、培養カプセルでも見たことがある。
高齢者の保護と説明していたけれど。
「次に聖母会の標的になったのは労働者――現役世代だ。わたしの両親も、その時の施策でヤツらの管理下に入った。わたしはヤツらの嘘を許さない」
嘘ってなんだ?
今まで興味すらなかったのが不思議だ。
「ぼくの父さんと母さんは今、どうしているんだろう? ぼくはどうして両親と離れ離れにされたんですか?」
急に不安になったぼくとは反対に、ネロは満足そうだった。
「お前も知りたくなったか。どうだ? 今、怖いだろ」
図星だったので、頷いた。
「お前は素直だな。わたしの従弟によく似ている。なにも考えなければ、全ては平和に過ぎていく。聖母会が利用した人間の心理がそれだ」
なんとなく、わかる気がした。
ぼく達は、考えなくても生きていける幸せを享受している。
下位市民のぼくでさえ、労働もせず、そこそこ飽きのこない食事を与えられ、培養カプセルの中で娯楽に興じていた。
「気を付けろ。『聖母』は優しい母の仮面をかぶっている。わたしたちは――」
その時、浮遊車を外から激しくノックする音がした。
「ああ、邪魔が入ったな」
ネロが言うと、窓が下がった。
「邪魔ってことはないじゃない。あんた、誰のおかげでこんな車に乗れてると思ってる――誰? その子?」
暗がりにやっとぼくを認めて、その人が言った。
こっちこそ、本当に驚いている。
女の人だ。
瞼や唇を派手な色で塗っていて、睫毛も異常に長い。
なにより驚いたのは、この人が培養カプセルで知った『老人』に該当する年齢に見えたことだ。
この年代の人は、とっくに聖母会に回収されたと思っていた。
「なに、じろじろ見てるのよ。美人を見るのは初めてかい?」
ネロが「やれやれ」と実際に口にしながら、額に手を当てた。
「新人に絡まないでやってくれ、バルバラばあさん」
「ば、ばあさん?! 夫人でしょ!! せめて!! とにかく中に入れなさいよ!! わたしも新しい仲間を手に入れたのよ!!」




