ネロ
反聖母軍……?
その単語の方が、大人の男の人より現実的だった。
三匹のネコを庇って、一歩前に出た。
そんなぼくを見て、ネロが初めて笑った。
「何を考えているのか知らないが、ネコもお前も取って食ったりはしない。安心しろ」
そう言って、ゆっくりと近づいてきた。
良い香りがした。
「匂いが気になるか?」
「にゃー」
声を出せないぼくの代わりに、キジトラが鳴いた。
「これはフランキンセンスの香水なんだ。香水をつけている男になんて会ったことがないか」
首を横に振るのが精一杯だった。
反聖母軍への恐れと、目の前のネロに対する興味が渦巻いて、まるでスギライトの湖に沈んでいくような感覚だった。
恐怖と誘惑のカクテルだ。
「ここには水と食料を分けてもらうために立ち寄っただけだ。すぐに出発する」
その時、もう一つの足音が培養センターの裏口の方からした。
「ネロさん!」
「よお、いつも悪いな」
駆け寄ってきたのは、世話役の少年の一人だ。
ぼくがここに来た時にはすでに世話係だったから、もうすぐ十九歳かもしれない。
年齢よりずっと幼く見える。人のことは言えないけど。
「食料はいつもの大岩の所に運んであります」
いつもの――ということは、これが初めてではないんだ。
ここに三年もいたのに、全然知らなかった。
ネロと彼が親しげに話す様子を見て、何故か内臓がざわざわした。
「悪いな。車に積んだらすぐに発つ。必ず君のことも迎えに来るから、もうしばらく待っていてくれ」
掠れた声が、あまりに優しい。
何だよ……。
ぼくだってここにいるのに。
『嫉妬』という言葉は知っていたけど、実際に経験したそれは、毒を飲んだみたいに身体を熱くした。
「あの!!」
突然大きな声を出したぼくに、二人が驚いた顔を向けた。
「ぼくも連れて行ってください! 仲間に入れてください!」
糸をぴんと張ったような沈黙が流れた。
その時間を、ぼくはこぶしを握って耐えた。
「……お前、何を言っているのかわかっているのか?」
ネロがゆっくりと口を開いた。
でも、その目の色がわずかに変わったことを、ぼくは見逃さなかった。
「はい。ぼくは、反聖母軍に入りたいです。絶対卵にはなりません!」
ぼくの姿を上から下までゆっくり確認して、ネロが静かに告げた。
「歓迎する。仲間は一人でも多い方がいい。でも、まずはアミクスに会ってもらってからだ。そのうなじのチップを読み込ませてもらう」
その言葉で、アミクスというのが聖母脳の一種だとわかった。
チップを読み込む、とはそういうことだ。
ぼくが実は頼りない下位の人間を装ったスパイかもしれないし、当然のことだ。
でも、ぼくには隠すことなんてなにもない。
そして連れていかれたのが、彼らの浮遊車だった――。




